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クリスマスの本当の意味

最近、煮詰まりすぎて教会に通っている。煮詰まらなければ、通わないのかと思うほど、自分はいいかげんなクリスチャンである。そう、もうかれこれ何年もクリスチャンだったり、親しい人に誘われて他のところに顔を出したり、本当に神様をないがしろにし続けた。そのくせ、なにかビビることがあると、神様助けてとお願いするのだ。
クリスマスのイエス様の誕生は、幼い頃から教えられてきた。両親はまったくのクリスチャンではなかったが、なぜかキリスト教の幼稚園に行かされ、クリスマスにはお決まりのイエス様誕生の劇をやらされるのだ。といってもあまりかわいくない私は、マリア様の役などとうてい回っても来ず、マリア様を馬屋に案内するおかみの役?だったような気がする。
ともかく、クリスマスになれば、イエス様の誕生のお話は何十回となく読んできた。けれども、イエス様を知らなければ、神様に願いをきいてもらえないということが、正直今ひとつ理解できていなかった。三位一体というのもよくわからない。けれども聖書は、特に新約はそこそこ読んできたし、教会に通えば、それだけで幸せになれるのだ、運がよくなるのだと信じていた若い頃の私は週に4回も教会の集まりに通っていた。そのうち仕事がそこそこ忙しくなり、教会からだんだん遠ざかっていくのだが。
今日、牧師先生より、聖書を読むと、神様は神様、人間は人間ときちんと区別するのがキリスト教であると教えていただいた。そういえば、最近読み続けている旧約も、歴史書ではあるが、人が神様から離れ、その掟からはずれ、神様が立ち返れと言い続けているお話がずっと続く。その繰り返しである。そして、神様の怒りが頂点に達したにもかかわらず、神様は私達をとても愛してくれたので、イエス様をこの世に贈ってくださったのです。だから、イエス様は神様と人間をつなぐ愛のパイプみたいなもので、親子喧嘩というか反抗して親を見捨てた子供をとりなしてくれる仲裁役を十字架を持って贖ってくださったのだ。だから、イエス様を信じる者は、神様につながれるのです。
クリスマスの本当の意味は、ここにある。
私は、何年もクリスチャンで、聖書もそこそこ読んで、教会に通っていたけれど、そこに気がつかなかったのだなとあらためて思い始めました。
神様の愛は、深い。
そして、イエス様は、本当に私達の救いであり、主なのです。
ただ、ケーキを食べたり、好きな人にプレゼントをあげるとか、パーテイをしたり、それも楽しいけれど、クリスマスは、イエス様の誕生を
神様からの私達への愛情を祝う日なのです。

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