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【境界知能】「忘れられた人々」1700万人が生きやすい社会にすることはできるか?

知能指数が70から85の「境界知能(グレーゾーン)」の人は、人口の約14%、1700万人に上るとされる。
ところが、新受刑者に占める「境界知能」の人の割合は約36%にもなると推定され、人口比の2.6倍にもなる。

「境界知能」の人たちの大多数は、社会規範を守って、普通に生活している。
他方で、「境界知能」の人は、知的障害とも発達障害とも診断されにくく、社会的な認識が充分でないために周囲の理解を得にくく、教育や福祉の支援にもつながりにくく、社会的な孤立や経済的な困窮に陥りやすい。

また、罪に問われた場合、その知能の特性として、過去の事実を記憶化し言語化するのが困難であることから、裁判のプロセスで充分な理解を得られなく、犯罪化と重罰化の流れになりやすいともいわれている。

「境界知能」の人が取り残されない社会にするために優先的にすべきことはなにか?

デリヘルの客の赤ちゃんをイタリア公園に埋めた女子大生

以下では、人々の好奇心と加罰意識を刺激したある事件の裁判を通して考えてみたい。

バイト先のデリヘルの客の赤ちゃんを羽田空港のトイレで出産直後に窒息死させ、新橋のイタリア公園に埋めた神戸の女子大生の裁判だ。
判決で裁判長は、
「強い殺意に基づく執拗かつ惨たらしい犯行」
「身勝手で短絡的な動機」
と指摘し、5年の実刑判決を言い渡した。

裁判の一面から見た女子大生

・女子大生は風俗店(デリヘル)でアルバイトをしながらCA(キャビン・アテンダント)を夢見ていた。
・鼻の整形費用に54万円をつぎ込んでいた。
・ジャニーズの追っかけに夢中になっていた。
・バイト先のデリヘルの、名前も知らない客の赤ちゃんを妊娠した。
・妊娠に気づいた母親に連れていかれた産婦人科で「中絶可能な時期を過ぎている」と診断された。
・しかし母親には「(お腹が膨らんだのは)ガスだまりと医者に言われた」と言い逃れた。
・CAの就職面接を受けるため東京へ向かう機内で産気づいた。
・羽田空港の多目的トイレに駆け込み、女児を出産した。
・その場で赤ちゃんの口にトイレットペーパーを3回詰めて首を絞めて殺害した。
・紙袋に入れた遺体を持ったまま空港内のカフェに入り、アップルパイとチョコレートスムージーを頼み、写真をSNSにアップした。
・その後、予約していたホテルにチェックイン。スマートフォンで遺棄場所を検索した。
・遺体を東京・港区の「イタリア公園」まで運び、土の中に埋めて遺棄した。
・翌日に航空関連会社の空港内のホールスタッフの面接試験を受けた。
・出産・殺害後に帰宅した時は、「用をたしたら、お腹がへっこんだ」と母親に伝えた。
・殺害動機を「赤ちゃんの存在に困った」「経済的な余裕がない」「就活の邪魔になると思った」と供述。
・事件後に約15万円の二重まぶたの整形手術を受けた領収書が出されたが、女子大生はこの手術を否定。
・取り乱すこともなく、冷静な表情で判決を聞いていたとのこと。

裁判のもう一面から見た女子大生

・女子大生はIQ74の「境界知能」だった。
・女子大生は、学力不問、試験は面接のみというごく簡単な選考により、偏差値35の私立大学に合格していた。
・「異性を好きだという感覚が理解できず、自分が男性か女性かもわからず、性的な興奮もなく、性経験を積むことで女性であると確認したかった」という理由で、大学1年から親に内緒でデリヘルのアルバイトを始めたと供述。
・「境界知能」について両親や学校など周囲の大人に気づいてもらえないまま成人した。
・女子大生の母親は、女子大生が小学校低学年の頃からつきっきりで勉強を教え、ときには髪の毛を引っ張ったり叩いたりすることがあった。
・女子大生は小学校低学年の頃からいじめを受けていたが、学校に相談するといじめはないと言い切られた。
・小さい頃から周りの人が簡単にできることが理解できず、「ずっとわかったふりをしてきた」という。
・両親が女子大生の「境界知能」について知ったのは、公判の場だった。
・就職活動で企業に提出したエントリーシートは、自己PRと志望動機の欄が空白になっていた。
・航空関連企業を中心に40社ほど受けたがすべて不採用だった。
・予定日より1か月早く神戸空港で陣痛が始まった。
・神戸から羽田までの1時間、激痛に耐え、羽田空港の多目的トイレにたどり着き、腰を下ろすと赤ちゃんの頭が出てきた。
・出産後、119番を押そうとしたが「9」が押せず、パニックで頭が真っ白になり首を絞めたと供述。
・空港内のカフェで写真を撮ったことなどはあまり記憶にないと供述。
・公園に埋めたのは「動物が死んだら土に埋めるから」と供述。
・裁判では「自首」「殺(あや)める」といった言葉の意味がわからず「自首ってなんですか」と問い返すなど、適切に答えられない女子大生に裁判長が苛立つ場面があった。
・女子大生が言葉の意味を理解できずに誤魔化すように笑い顔を浮かべるのを、傍聴人は気の毒だと感じた。
・証言台に立った社会福祉士は、女子大生がIQが低い「境界知能」のみならず、発達障害のひとつである学習障害でもある可能性を指摘したが、裁判長はこの指摘を却下した。
・最終意見陳述では涙を拭いながら「赤ちゃんに申し訳ない気持ちでいっぱいです」と述べた。
・裁判後に面会した社会福祉士により、女子大生は「9」だけではなく「8」や「3」も読めないことがわかった。
・女子大生はデジタル時計は読み取れず、針のついた時計では針の角度を絵で覚えていた。
・裁判後に診察した精神科医によれば、女子大生は学習障害以外に、自閉スペクトラム症と注意欠如多動症の特性も認められると指摘した。

女子大生について考えられる可能性

・出産後、119番を押そうとしたが「9」が押せなかったのは限局性学習症(学習障害)のなかの読字障害によるもの。
・赤ちゃんの口にトイレットペーパーを3回詰めて首を絞めて殺害したのは、極度のストレス下で混乱して衝動的に行動したものであり、ストレス対処の苦手さや衝動性という特性をもつ発達障害によるもの。
・「自首」「殺める」などの言葉の意味がわからないのは「境界知能」によるもの。難しい言葉や聞き馴染みのない単語は理解しにくく、裁判長やその他の人の話を円滑に理解することは難しかった。
・「異性を好きだという感覚が理解できず、自分が男性か女性かもわからず、性的な興奮もない」というのは自閉スペクトラム症の特徴である「他者に対する興味・関心の乏しさ」によるもの。
・「119番を押そうとしたが「9」が押せず、パニックで頭が真っ白になり首を絞めた」のは、ADHDの「衝動性」によるもの。
・空港内のカフェで写真を撮ったことなどの記憶が曖昧なのは、一時的な解離性の記憶障害によるもの。
・カフェでアップルパイと飲み物の写真を撮ってSNSに上げたのは、発達症の人はルーティンを好む傾向があり、それがルーティンだったから。
・公園に埋めたのは「動物が死んだら土に埋めるから」というのは、自閉スペクトラム症の特徴である「臨機応変に対応できない」「融通が利かない」によるもの。

こうした可能性を考えると、女子大生の「悪意」や責任能力、個人だけの責任だということに疑問が残るという指摘がある。
尊い命を救えず、この女子大生が犯罪者となることを許してしまった私たちの社会はどうするべきだろうか?
また、裁判で「境界知能」が考慮されず女子大生の学習障害も検討されなかったことを私たち社会はどう捉えればいいのか?

教育や福祉の支援の対象とならない

知的障害者や発達障害者に認定されると、障害者基本法、知的障害者福祉法、発達障害者支援法などにより教育や福祉の支援の対象となる。
しかし、知能指数の「境い目」の部分の、知能指数が70から85の「境界知能」の人は、知能検査の結果だけでは知的障害とも発達障害とも診断されないため、教育や福祉の支援につながりにくい。

「境界知能」の人は統計学上は人口の約14%、1700万人に上るとされる。
つまり7人に1人が「境界知能」である。

「境界知能」の人は、日常生活や勉強、仕事、人間関係などで困難を抱え、生きづらさを感じているにも関わらず、教育や福祉の支援を受けられずに社会的な孤立や経済的な困窮に陥り、罪を犯してしまうケースが多いとされる。
2020年の新受刑者に占める「境界知能」の人の割合は約36%と推定される(法務省「新受刑者の罪名別 能力検査値」矯正統計調査、2020年から推定)。

「境界知能」の人はなぜ生きづらいのか?

次の特徴から、「境界知能」の人は子どものときから生きづらさを感じているといわれる。

①認知力が弱い
見たり、聞いたり、想像することが苦手で、そもそも教育を受ける土台が弱い。
勉強が苦手。抽象的な話を理解するのが苦手。「言わなくてもわかるだろう」がわからない。

②対人力が弱い
人の気持ちがわからない、キレやすい、自分の問題点がわからない、基本的な人との接し方が苦手、融通が利かない、予想外のことに弱い。

③身体力が弱い
運動が苦手、手先が不器用など。

「境界知能」の人に対する社会の問題はなにか?

・生きづらく困っていても、自分から支援を求めることが難しいこと。
・他人からは支援を求めているような様子にはなかなか見えづらく、サポートを得られにくいこと。
・健常人と見分けがつかず、当然のように放っておかれ、「支援もあまり必要でない」と誤解されること。
・幼少期から学習や人との交流の苦手さがあるのに「努力不足」と解釈されて、自己肯定感を持てずに成長してしまうこと。
・本人も普通を装って支援を拒否したりするため、支援を受ける機会を逃してしまうこと。
・その結果、社会から「やっかいな人たち」と攻撃されたり、搾取されたりすること。
・またその結果、大人になっても反社会的な行動に至ってしまう可能性があること。
・1,700万人と数が多く、教育や福祉の支援は経済的にも簡単ではないこと。

「境界知能」の人も、学習の土台となる「認知機能」の強化に取り組めば、状況を少しでも改善できるという重要な指摘がある。

理解して受け入れる努力の重要性

社会が「境界知能」の人を理解して受け入れる努力をしないと、一部は「居場所のない人」となり、社会の分断を招いてしまうという指摘がある。
人は社会的動物であって、絶えず他者との関係において存在している。
人は自分を受け入れてくれる人間や組織に依存するようになるといわれている。
1700万人もいる「境界知能」の人を私たちが理解して受け入れていかないと、一部の人は居場所を失ってしまい、自己肯定感が得られる特定の集団に属してしまう可能性が指摘されている。

障害の種類

「境界知能」それ自体は、社会的な支援が必要な障害として認知されていない。
しかし、この事件の女子大生のように、何らかの障害と相互併存していることが多い。

障害は広く身体障害と精神障害に分けられる。
精神障害とは「脳の障害」で、何らかの原因で脳の一部の機能がうまく働かないことによって引き起こされると考えられている。

精神障害のなかには、「精神疾患」のほかに、「発達障害」というグループと「知的障害」というグループがある。
「精神疾患」には、うつ病、統合失調症、双極性障害、薬物依存症、てんかん、高次脳機能障害などがある。

「発達障害」と「知的障害」の違い

発達障害(日本には約800万人以上)

発達障害は、先天性の脳の機能障害が原因で生じる発達の遅れをいい、知的障害を伴う場合もある。

主な発達障害には、

・自閉症やアスペルガー症候群などの自閉スペクトラム症
・限局性学習症(学習障害)
・注意欠如・多動症(ADHD)

などが挙げられる。
発達障害は、最近になってようやく社会的な支援が必要な障害として認知されるようになった障害である。

知的障害(日本には約75万人以上)

知的障害は、記憶、知覚、推理、判断などの知的機能の発達の遅れにより社会生活などへの適応が難しい状態をいい、18歳までに生じるものを指す。
行政施策上では知能指数(IQ)70以下を指す。

知的障害の主な原因としては、遺伝子の病気、先天性代謝異常、脳形成異常など出生前の要因のものと、低酸素性虚血性傷害、外傷性脳損傷、感染、中毒(鉛、水銀)などの出生後の要因のものとがある。

SNSなどネット上の反応

・明らかな精神的な疾患があれば、量刑では配慮され、減刑されたり、無罪となったりするけど、ギリギリで社会に適応しているように見える人たちが事件を起こすと「きわめて無責任」「どうしてそんなことをするのか、理解不能の凶行」として糾弾されてしまう。
・「本人にとってはどうしようもない衝動」みたいなものを、すべて「障害」として認めて減刑や無罪にすれば、犯罪抑止はどうなるのか?
・日頃ちゃんと生活をしていて、知的能力も標準以上の人が、追い詰められておこなった犯罪や、みんなに動機が理解可能な犯罪だけが「責任能力あり」として裁かれるというのは腑に落ちない。
・人は、自分がやったことに対して、責任を取るしかない。理由を考えすぎると、キリがなくなってしまう。
・自分の子どもや愛する人が殺されたり、傷つけられたりしたら、「加害者が「境界知能」の人なら、仕方がないね」と思うことができるだろうか?
・風俗と発達障害、軽度知的障害者の問題を目にしたのだけど、「福祉に繋がっても誰も褒めてくれないし金にもならないが風俗ではじめて人に褒められて金を稼ぐことができた」という体験談がゴロゴロしている。
・特別支援学校の周りに風俗のスカウトが出没してるらしい。障害者とアンダーグラウンドは表裏一体で「障害者と風俗を引き離す」ことは難しい。
・境界知能の人達には「考えたら解るだろ?」が通用しない。彼らも考えてない訳ではなく、正しい答えが出せないでいる。そういうケースもあるからルールや法が必ずしも順守されるものではない。
・「発達障害・知的障害・境界知能」という言葉がどんなに流布されようとも、多岐にわたる特性・症状を理解してもらえる日は、まだまだ遠い。それでも次世代の人々が少しでも生きやすくなるよう、調和をあきらめず、出来る限り踏ん張りながら、未踏の荒野を歩き続けないといけない。
・境界知能は本当支援も助けもないから、結果福祉が刑務所になってるわけで。子供の頃からの適切な支援の重要さの声を上げてほしいと思う。

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