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姫は絶対にDecidedするのです、朋花ちゃん!

「はぁーっ、はぁーっ!」

 荒い息を吐きながらまつりは走る。角を曲がり、鋼鉄自動襖の間をすり抜け、マシュマロ型マキビシを撒く。傍から見れば、それは鬼ごっこをしているかのような必死さに映っただろう。しかし彼女が逃げているのは鬼からではなく、より恐ろしいアイボリー髪の聖母からである。

「姫は……姫はただ……!」

 まつりは歯噛みする。脳裏にことの顛末が想起される。

 彼女はレッスンのために765プロライブ劇場に来ていた。そして、ふと思った。なんとなくDecided(訳注:沖縄でバカンスを満喫)したいと。その衝動は強く、彼女はすぐさま沖縄行きの飛行機に乗るため765空港に向かおうとした。

 しかし、とても良い座り心地にアイドルが呑み込まれているのが頻繁に目撃されているソファからまつりが立ち上がった瞬間、目の前にそれは立ちはだかったのだ。まるで行動を予期していたかのように。765プロの聖母、天空橋朋花が。

『まつりさん、これで10984回目(訳注:おそらく「天空橋」とかけたものと思われる)ですね〜』

 聖母は右手に首輪を持っていた。まつりは瞬時に理解した。齢15の聖母は中学生特有のありあまる性欲に任せて自分と首輪ックスをしようとしているのだと。

 するわけにはいかなかった。まつりは今すぐにでもDecidedしたかったのだ。ゆえに、まつりはバック転を繰り出し、控え室の自動襖から廊下へと飛び出したのだ。

 簡単に撒けるとは思っていなかった。相手は聖母であり、10983回もこの不毛な鬼ごっこを繰り返しているのだ。行動パターンもかなり読まれやすくなっている。しかし、それでも……。

「異常なのです……!」

 まつりの背後には今も聖母の威圧感がぴったりと張り付いている。すなわち、正確に居場所をトレースされていることを意味する。理解ができなかった。まるで時々角に立っている天空騎士団員と思しき者が位置を教えているかのような正確さ……!

「どこに……どこに逃げたら……!」

 まつりは劇場の見取り図を思い出す。取れる選択肢は少ししかない。彼女は……大きな賭けを選択した!

 朋花は己の左肩に受けた水風船の残骸をつまみ、湧き上がる怒りとともに、右手の握力だけでそれを捨てた。

「毒……!」

 媚薬の染み込んだ周囲がしびれ、まるで性感帯が十倍にも膨れ上がったかのような感覚異常と熱が彼女を襲う。

「姫は絶対にDecidedするのです、朋花ちゃん!」

 姿見えぬ765プロアイドル、徳川まつりの声が廊下から響く。

「あきらめて引き返すのです!」

 ……だが、天空橋朋花は襖を開き、進んだ。媚薬の快楽はむしろ、彼女の怒りを煽り立て、前へ前へと突き進ませるだけだった。

「姿を現しなさい〜、まつりさん〜。あなたがどれほど小細工を続けようと、私の怒りの炎に油を注ぐだけですよ〜」

 朋花の声が、廊下にこだました。まつりの高笑いだけが帰ってきた。聖母はなおも進んだ。廊下は突き当たりへ。朋花は右手で、目の前の襖を開いた。

「そんな……行き止まりなんて……!」

 朋花が足を踏み入れたのは、畳敷きの四角い小部屋であった。それは祝儀敷きと呼ばれるパターンで、十二枚の畳から構成されている。四方は壁であり、それぞれにはスポーツウェア茜ちゃん、分身茜ちゃん、猫耳アピール茜ちゃん、ジャイアント茜ちゃん人形の見事なロコアートが描かれていた。

 もはや先に進むための襖は見当たらない、では、まつりはどこへ消えたのか。

「姿を現しなさい〜、まつりさん……!」

 この謎を解くべく、朋花は右手に首輪を握り、物音ひとつ立てぬ精緻な足運びで、部屋の中心部へと進んでいった。額の汗を右手の甲で拭った。

 朋花はついに部屋の中央へと到達する。……まさにそのときであった。まつりが後方のスポーツウェア茜ちゃん壁中央を音もなく回転させ、姿を現したのは!

「ほ!」

「っ!」

 まつりは朋花の背後へと忍び寄り、斜めに斬りつけるような媚薬を浴びせた! 朋花は体勢を立て直すと、背後の姫目掛けて愛の投擲武器首輪を放った!

 だがまつりの動きは俊敏であり、スポーツウェア茜ちゃんの描かれた秘密ドアを回転させ、再び消えてしまったのだ。標的を失った首輪は不運なスポーツウェア茜ちゃんに突き刺さり、虚しくも止まった。

 左腕がハリネズミめいて敏感だ。朋花は苦しげに眉根を寄せる。ここは765プロライブ劇場なのだ、どれほど卑劣なトラップが仕掛けられていてもおかしくはない。……それでも、彼女は引き返さなかった。殺意を燃やし、右手に首輪を握ると、物音ひとつ立てぬ精緻な足運びで、再び部屋の中心部へと進む。

 朋花はついに部屋の中央へと到達する。……まさにそのときであった。まつりが後方の猫耳アピール茜ちゃん壁中央を音もなく回転させ、姿を現したのは!

「ほ!」

「っ!」

 まつりは朋花の背後へと忍び寄り、斜めに斬りつけるような媚薬を浴びせた! 朋花は体勢を立て直すと、背後の姫目掛けて愛の投擲武器首輪を放った!

 だがまつりの動きは俊敏であり、猫耳アピール茜ちゃんの描かれた秘密ドアを回転させ、再び消えてしまったのだ。標的を失った首輪は不運なスポーツウェア茜ちゃんに突き刺さり、虚しくも止まった。なんと! 敵はスポーツウェア茜ちゃんの壁に消えたのではなかったのか!?

「くっ……!」

 朋花は四方の壁を睨みつけた。スポーツウェア茜ちゃん、分身茜ちゃん、猫耳アピール茜ちゃん、ジャイアント茜ちゃん人形……それぞれに回転式シークレットドア。おそらく内部で繋がっており、次にどこから攻撃を仕掛けてくるか予想できぬ。

 朋花は首輪を捨て、右手一本で合気道を構えた。左腕はもう感覚が鋭敏すぎる。次が最後のチャンスだ。次の攻撃で返り討ちにせねば、Decidedの阻止は潰える。

「どこですか……まつりさん……!」

 朋花は目を血走らせ、四方を順に睨む。だが敵は物音ひとつ漏らさぬ!

 その時。

(((……惑ってはいけませんよ〜。相手の姿が見えないなら、アイドルソウルの存在を感じ取るんです〜)))

 宮尾美也の教えが、朋花の脳裏に響いた。

(((朋花ちゃん、それはあなたのうちにも、相手のうちにも在りますよ〜。アイドルソウルを感じ取る……そこに相手は在ります〜)))

「そこ!」

 朋花の渾身の壁ドンが、ジャイアント茜ちゃん人形の描かれた壁を貫通した!

「ほ!?」

 壁の向こうで、壮絶な悲鳴! 愛の壁ドンは、この回転扉に背を密着させて潜んでいたまつりの胸を鷲掴んでいたのである!

「このままもぎ取られたくなければ、出てきてくださいね〜」

「そん……な……」

 朋花は右腕を引き抜き、部屋の中心で残心を決めた。大穴の空いた壁の向こうで、恐怖と快楽の悲鳴が響いた。扉がゆっくりと回転し、まつりは力なく床に倒れ果てた。朋花は鷲掴む前、右手に媚薬を塗っていたのだ。

 朋花は快楽で霞む視界の中、首輪を拾い上げ、まつりに装着する。

「今日も……私が攻めですね〜」

 痙攣するまつりに対して朋花は言い放った。

 これでDecided阻止戦は朋花の10984戦10984勝である。そして勝った者は夜の攻めの権利を与えられる。しかし……。朋花は左腕にそっと触れ、大きく震えた。夜まで待っていることなどできはしない。

「これは仕方ないんです……解毒のためだから仕方なく……」

 朋花はどこか恍惚とした表情でまつりに顔を近付けた。唯一無事な分身茜ちゃんだけがその末法的光景を見下ろしていた。

 レッスンには間に合わなかった。

今後はこういうのをもっといっぱい書いていきたいですね
元ネタはデス・オブ・バタフライです

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