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【小説】ウルトラ・フィードバック・グルーヴ(仮) 54話

「それって・・・」

「そう、お前の部屋にあったテープだ。どこかにしまっておいたつもりだったんだがな、なぜだかお前の部屋にあったというわけだ」

あまりの情報量の多さに、処理が追いつかないカズマサがなんとか発した言葉は、

「テープの音は聴いたことある?」

「ああ。あいつがいなくなってからかなり経ってから」

「何を歌ってた?」

「あぁ、デヴィッド・ボウイの「世界を売った男」だったな」

また違う曲だ。別のカセットテープが存在するのか。

「カセットテープは一本だけ?」

「うん、受け取ったのは1本だ」

 そういうと父は立ち上がり、何も言わず寝室に消えた。母親は気にせず洗い物をしている。その姿はなぜか嬉しそうであった。カズマサの混乱は治まらない。父親と坂口の関係はもちろんだが、父親の口から出てくる言葉ほとんどが衝撃的といえた。母の時以上だ。何から片付けていいのかすらわからなくなってきていた。数分後、父が何かを手にカズマサの前に戻ってきた。再び席に着くと、カズマサの前に一通の封筒を置いた。それは、信二郎の家で見たものと同じデザインで、同じように古びていて、書かれている宛名の字も同じ書体だった。

「この手紙が届いたときにテープを聴いた。そしてテープについて俺が知っていることは、全てここに書かれていることだ。後で読んだらいい」

カズマサはもう一つだけ尋ねてみる。

「坂口さんのバンドのメンバー、いや、信二郎さんとは面識はあるの?」

「いや。ライヴで見ただけだな。もしかしたら一言二言交わしたことはあるかもしれないが、お互い覚えちゃいないだろう」

「そうなんだ。父さんは彼が今何してるか気になる?」

「わからないな。」

 続けて何か言いかけたが、口に出すのは止めたようだった。父との話はそこで終わった。父は立ち上がり、母親のもとへ近づき、たわいもない話を始めた。その姿はいつもの父親のそれであった。カズマサは手紙を握りしめると自分の部屋に無言で戻っていった。

 対話ではなかった。対話ではないのだから言葉が食い違うこともなければ、焦点もぼやけない。父から何かを託されたような気もしていたが、なんだかぼんやりとしていて、つかみどころがないように感じた。ただ実際の手紙だけが手元に残った。

 ベッドに横になる。封筒を確認する。差出人の名前はない。ただ、父親宛の住所と名前が書かれているだけだった。封筒から手紙を取り出し、目の前に掲げてみる。蛍光灯の明かりがそれを照らす。少し古びた紙の上の文字を浮かび上がらせる。

 その手紙は唐突に始まり、唐突の終わっていた。

 僕は傷つきやすかった。些細なことで僕は傷ついた。冷ややかな言葉が、僕を刃物でえぐる。まるで拒絶されたような気がして、傷つくんです。でもあなたとは、心で結ばれている気がしていました。心の交わり、それが大切だし、それ以上のものは必要ないと思っていた。

 人生は一つの円、サークルだと考えています。長い一連の連なり、一つの輪のようである、と。だからその中から一つだけ取り出してみても、意味が無いと思うのです。ただ一瞬一瞬の燦めくような感覚を私は信じています。

 リアルに感じていたものをリアルと感じなくなっていった。リアリティがあるものにリアリティを感じずに、その背後にあるものに興味を持つようになっていった。そこに存在しないものに価値を見出していったわけだ。そしてその存在しない世界にあるものの価値というのはその人以外には知る由もない。意味があること、ないこと、価値があること、ないことの差なんていうのは、そうやって生まれてくるのかもしれない。

  僕達が実際に生きている世界は、いろんな意味に満ちていると思う。それは僕にとって、懐かしい場所であったり、思い出の場所であったりと同時に、諦めや、失望の場所でもある。いろんなことを考えすぎて、物事をはっきり考えていくことができなくなってしまった。

 自分がシンガーソングライターなのか、ロックンローラーなのか、それともただんおパントマイムなのか、それともそのどれでもないのか、わからなくなったんだ。

 余分なことを一切合切捨ててしまおうと思って、僕はここに来た。戻るつもりはない。決して居心地の良い場所ではないけれど、僕等が生きている場所よりかはまだましだ。ただこれは僕自身の考え方や生き方であって、他人もそうするべきだなんて強制もしないし、思って欲しくもない。ただ、僕がそうしたい、そうすると決めただけなんだ。自分が生きているという感じがあと一つつかめない感じがしていた、その時にここに辿り着いた、それだけのことです。

  人には人の人生があるし、正しく生きる場所がある。感じ方の違いってやつです。僕は少しだけ人と違っていた、それだけ。ニール・ヤングも言っていました、大切なのは愛情と思いやりだ、何をするにしても。そうすれば世の中はもっとましな場所になる。お前がいてもいなくても、もっと素敵な場所になる。私がいてもいなくても、と。

  随分時間が掛かってしまったけど、あなたには伝えようと思って手紙を書きました。だからどうか悲しまないで。

 ありがとう。

(続く)




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