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【小説】ウルトラ・フィードバック・グルーヴ(仮)㉒

 カズマサはまだどこか上の空の様子で、遠くの一点をぼんやりと見つめていた。

「ねぇ、ねぇってば」

 ナナミが立ちあがってカズマサの肩をゆすろうかと動作を始めた瞬間、ようやく我に返ったカズマサが反応した。
「え、あ、はい」
 自分と現実とのチューニングを合わせるみたいに、少しずつ自分を取り戻すカズマサ。
「すみません、すみません」
「大丈夫?カズマサ君。いったいどうしちゃったの」
「いや、その」
「今の曲に何かあったの?」

「実は先日家でカセットテープを見つけたんです。そこに入っていた曲が、まさにこの曲だったんです」
「へー、全くおんなじ曲だったってこと?」
「いや、曲は同じなんですけど、男の人が歌っていて、おそらくなんですけど日本人だと思います」
「有名な曲じゃなさそうだけど」ナナミが信二郎の方を見る。信二郎はそれに反応しない。
「そうですよね、だから余計驚いたというか」
「家にあったってことは知り合いの人なの、その歌っている人は」
「いや、心当たりがないし、見当も付かなくて」
「ふーん。すごい偶然・・なのかな」
「実は今も持ってて」

 カズマサはポケットからテープを取り出し、二人に見せた。ナナミがテープを受け取りまじまじとみつめる。
「カセットテープって実物初めて見るかも。なんかかわいいね」
小さな動物を可愛がるかのような手付きと眼差しでカセットテープを見る。そしてラベルの日付に目が留まる。
「「94/04/06」日付けかな?」
「おそらく。ただネットとかで調べても何の変哲もない日で」

「94・・0406・・?そう書いてあるのか?」
 信二郎が突然二人のやりとりに割って入った。
「本当に日付けかどうかはわからないですけど、940406って書いてあります」
 ナナミから奪うかのようにカセットテープを取り上げ、ラベルをまじまじと見つめる。
「カズマサ君、歌ってるのは男の人と言ったね?」
「はい、ギター一本で弾き語ってる音が入っています」
「嘘だろ、まさか、そんな…」
信じられないというような表情の信二郎。その様子はなにかに怯えているかのようにも見える。ナナミは、普段は静かで落ち着いた様子の信二郎が、こんなにも狼狽えていることに驚いていた。

「不躾な申し出かもしれないが、そのテープを聴かせてはくれないか」
「いや、不躾だなんて。是非聴いてみてください」

「ありがとう。ちょっと家内を呼んできてもいいかな」
「はい、もちろん」
 信二郎が先程の女性を初めて「家内」と呼ぶのを二人は聞いた。動揺し焦っているからなのか、普段と行動や言動が微妙に違ってしまっているようだった。

 数分もしないうちに二人で部屋に戻ってきた。すでに話を伝えてあるようで、奥様も心なしか表情が強張っている。オーディオの近くに信二郎が向かい、カセットテープを再生するためのセッティングを行う。ここでも若干の焦りからか、作業が円滑に進まない。けれどもしばらく待つうちに無事に完了したようだった。ナナミは普段とは様子が全く違う信二郎に驚きつつ、何かが起きていることを見逃すまいと、必死に信二郎の動きを追った。

「最初は何も流れないんです。けれどしばらくすると始まります」
「了解した」
 少しだけ早送りし、再生する。何度かそれを繰り返した後、再生ボタンを押すと、信二郎はソファに戻ってきた。
「ここからは流れるのを待とう」

 そしてあの音が聴こえてくる。波の音、二本の足が砂の上を踏みしめる音。金具を外しハードケースを開ける音、そこからギターを取り出し、チューニングを始める。

そして演奏が始まる。男が歌う、バート・ヤンシュの「ドリームス・オブ・ラヴ」が。

 カズマサはそっと信二郎の様子を見る。腕を組み、目を瞑ったまま微動だにしない。隣に座った奥様は信二郎の左腕を両手で強く掴んでいる。支えようとしているようにも見えるし、支えられようとしているようにも見える。何れにせよ、見えないものと戦おうかとしているかのようだ。少し震えているかもしれない。

 ナナミも目を閉じ音に聴き入っている。大きな目を閉じていても彼女の美しさは目減りしない。若さという武器をどこかに隠したとしても、そこにはきっと美しさが残るように思える、誰にも邪魔されることのない、そんな美しさだ。

 改めて皆で曲を聴くと、以前とは違った感触があった。音に集中できないからかとも思ったが、それとも何か違うような気がする。見えない何かがカズマサとテープとの関係を遮っているかのようだった。

 曲が終わり、テープは自動的に停止した。奇妙な沈黙が降りてきて、部屋を支配した。その空気を新二郎が打ち破った。
「単刀直入に言うと、このテープの人物を私達は知っている」
苛立ちのような、怯えているようなその言葉に奥様も同意の相槌を打つ。
「正確には、知っていた、だけれど」
「昔の知り合いってこと?」ナナミが質問する。
「そうだな。古い友人ていって差し支えないだろう」

少しの間を置いて、カズマサに、ナナミに問いかける。自分に、そして奥様に言い聞かせるように。

「少しだけ長い話になるが聞いてくれるかな」(続く)

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