【小説】ウルトラ・フィードバック・グルーヴ(仮)㉜
「遊びに行くような仲とかではなかったけど、バイト帰りに他愛もない会話をするようにはなっていって。でもある一線は超えないというか必要以上に人と関わらないような所はあったと思う。何かを抱え込んでるような部分もあったかもしれない。ただ今思えばってやつだけれど。信二郎さんとの一件は後になって知ったことだから。
そんなある日のバイト終わり、珍しく坂口君の方から私に話しかけてきたの。
「あの、ミズエさん、ちょっと頼みがあるんだけど」
「どうしたの、急に?金銭的なこと以外なら相談に乗れる余地はあるけど」
「はは。お金じゃないです。ちょっと預かって欲しいものがあるんだ」
「預かって欲しいもの?」
「そう。ちょっと大きいんだけどさ。ギターなんだけど」
「ギター?」
「そう、バンドのメンバーから借りてるものなんだけど、しばらく使う機会がなさそうで、家にも置いておけなくて」
ちょっと変な相談だと思ったけど、なんだか事情がありそうだったし、それと、彼の普段の生活にちょっと興味もあったから。
「どうしようかな。じゃあ、交換条件出していい?」
「なんです?」
「借りてる間、そのギター弾いてもいい?」
「えっ。弾くんですかギター?」
「ううん、でも一度弾いてみたいなって」
「そうですか。又貸しみたいな感じだから気が引けるんだけど、嫌がるような奴じゃないし、うーん、大丈夫かな。うん、いいでしょう」
「やった。じゃあ、交渉成立ね。いつまで預かってればよいの?」
「明確には決まってないんですけど、しばらくの間」
「そう。まぁ、いいわ。私、ギター弾けるようになっちゃうかもね」
そんな風に安請け合いして、預かることになったんだけど、その時ね、彼がこう言ったの。
「あの・・もしですね、もしもです、俺がいなくなったり、ここに来なくなったりした場合、持ち主に返してもらえませんか?」
唐突だったし、冗談交じりな感じだったから、私も、いいわよ、その時は責任持って持ち主に返してあげる、って返したの。そしたらそれが本当になってしまって。正直困ったわ。いつまでも預かってるわけにはいかないし、気持ち的に落ち着かないし。
「そのギターが信二郎さんのだったんですね」
「その通り。でもそこからが結構大変だったのよ。あの調子だから持ち主の連絡先なんて伝えてくれてないし、探し回る羽目になって」
「どうやって見つけたんです」
「まず大学行って、聞きまわって。軽音楽部にたどり着いて。ついにそのギターが村越って人だってわかったんだけど、卒業しちゃってるっていうし。もう!って感じだったわ本当に。でも、もうどうしても見つけてやるって逆に燃えてきてね。坂口君のバカー!って。もう持ち主にも会ったら文句いってやろうって思って。当人は悪くないのに。それでまたまた探しまわって、ようやくその人が現れる場所がわかって」
カズマサとナナミが声を揃える。
「ライヴハウスだ」
「そう。その界隈では結構有名だったみたいで。ごく狭い地域だけど。で、そのバンドが久しぶりにライブをやるってことがわかったの。しかもそれがラストライヴだっていうの」
「あ、坂口さんがいなくなったから・・」
「そうね。信ちゃんは悩んでたみたいだけど、結構義理堅い人でもあるから、周りの人にけじめのような形で見せて終わりにしたかったんだと思う。これも後から知った話だけどね」
「無事ギターは返せたんですか」
「うん。もうギターケースを見つけた瞬間飛んできて、どこでそれを、あいつはどうしたんですかって、それはもの凄い形相で」
「そこで私の知っている全てを話して。最初は驚いていてけど、徐々に冷静さを取り戻していって。最後にはやっぱり消えちまったのかなぁって」
「悲しい話ですね」
「うん、今でも不思議だし、わけがわからない。それでも坂口君には感謝してる。私は信ちゃんに出会えたから」
「そうだ、二人の馴れ初めを聞いてたんだ。その後どういう風に進展が?」ナナミが問いかける。
「ふふ。そこからは男女のことだから。ただ、彼は否定するかもしれないけど、アプローチしてきたのは信ちゃんの方ですからね」
驚きを隠せない二人は顔を見あわせる。そして普段の信二郎からはどうやっても想像できないその姿を思い浮かべ、同時に吹き出した。
「ごめんなさい、ミズエさん。ミズエさんに告白してる姿がどうしても想像できない」
「ふふ、そうでしょうね。だからこそ私はそれを大切にしているのよ」
ミズエは二人に優しく微笑んだ。
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