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【小説】ウルトラ・フィードバック・グルーヴ(仮)㊲

 カズマサは続ける。

「そのことに最近気づいたんだ。ずっとあったのかもしれないし、そうじゃないのかもしれない。とにかく最近このテープの存在に気づいたんだ。よくわからないけど中身が気になった。もちろん僕はテープを聴く機器を持っていない。だから余計に気になって聴いてみたくなった。それで学校にならカセットデッキとかラジカセとかあるだろうと思って持っていった。で、なんとか聴くことができた。けれど最初は何も聴こえなかった。ノイズのようなものだけが入っていて、カセットテープってこんなものなのかなとも思った。でもテープの最後に聴こえてきたんだ、誰かの歌う歌が。とても素敵な曲だった。とても綺麗なメロディ、そして歌声だった。話すと長くなるけど、その途中で隣町のレコードショップも知った。そこでこのテープの声の主のことを知る人間に出会った。でも、なぜこのテープがこの家の僕の机の中にあるのかわからないんだ。それを僕は知りたい。母さんなら何か知っているんじゃないかと思った。だからいろいろ質問した。」

 母親は黙ってカズマサの話を聞いていた。うなずきもせず、表情も変えなかった。
「どんな曲なの?」
「バート・ヤンシュって人の曲だってわかった。すごく静かでもの悲しい曲。けれどそれを温もりのある優しい歌声で歌っている。どこかで聞いたことがあるような気もしたけど、一度も聴いたことがない。そして一度聴いたら忘れられない声と曲だった。何より自分にとってとても大切なもののような気がして、このテープが何なのかをどうしても知りたくなった」

 母親は驚いていた。こんなにも饒舌に熱く語るカズマサを初めて見たからだ。
「そう。それは一度聴いてみたいわね。でも、がっかりさせちゃうかもしれないけど、そのテープのことはわからないわ」
「そう・・」
「ごめんなさいね」
「いや、いいよ。でも・・」
「でも?」
「そうなるとやっぱり、このテープのことを知ってるのは・・」
「パパ?」
「うん、可能性はある?」
「うーん、どうだろう。でもこの家の住人は残るはあの人だけよね」
「そうだね。あんまり気は進まないけど聞いてみるよ、いつ帰ってくる?」
「明日の午後ね。メールで聞いてあげようか?」
「いや、自分で聞くよ」
「そう。でも、歌ってる人のことはわかったんでしょう?」
「うん、坂口っていう人」
「え?坂口??」
「まさか知ってるの?」
「うん、いや、まぁ、知っているといえば知ってるわね。うん、そうか、なんだ坂口さんね」
 状況が一変した。母は坂口という男を知っている。
「知り合いなの?じゃあやっぱりこのテープは?」
カズマサが声を荒げる。母はその様子に少し驚く。
「知ってるってほどのことじゃないわ。うん、やっぱりパパに聞いてみて」
「父さんと坂口さんが知り合いなの?」
「詳しいことはパパに聞いて」

 会話はそこで終わり、夕食もほどなく終了となった。カズマサは無言で立ち上がり、食器をキッチンに下げ、自分の部屋に戻った。リビングを出る時に、母親をちらと見たが、何やら考え事をしているようだった。

 部屋に戻り、椅子に腰を下ろし、再びカセットテープを手に取る。ケースに入ったその物体を手でくるくると回転させてみる。何の変哲もないカセットテープ。そこに録音されている、ノイズの入った曲。ギターと歌だけのシンプルな演奏。バート・ヤンシュ。

 ただそれだけのものに、カズマサはどうしようもなく惹かれていた。それは、なぜこのテープが自分の机の中にあったのか、という疑問から始まったものかもしれないけれど、今ではそこに収められている音楽に純粋に心を奪われていた。だからこそ、真実を知りたいと強く思うようになった。その気持ちに一つの不純物もなかった。ただただ知りたいと強く思っていた。カズマサはふと、もう一度テープを聴いてみようという気になった。しかし、再生装置はない。先程の母親の口ぶりからしても、この家のどこにもないだろう。明日また学校の放送室に忍び込もうかとも考えたが、別の案が浮かんできた。ナナミはラジカセとか持ってるんじゃないかな。持っていたらそれを口実にナナミにまた会える。そんな不純な名案がカズマサの脳裡に浮かんできた。

 少し考えた後、カズマサはベットの上に放り出していた携帯を手に取った。登録したてのメールアドレスを探し出し、新規メールを選択した。 (続く)

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