星新一賞没案07「マッチングアプリ」

 マッチングアプリを始めた。理由はご多分に漏れず30歳を目前にして結婚できそうな気配がまるでなかったからだ。昔は結婚願望なんてまるでなかったのに最近は一人でいることに辛さを感じるようになった。
 早速アプリをインストールして基本的な情報を入力していく。そうして、住所や年齢、名前など簡単に入力できる部分は10分と経たずに終わってしまった。
 さあ、これからが本番だ。そう身構えているとアプリに何名かの男性が表示される。その中から20代くらいの快活そうな男性を選択した。そうしてロード時間を挟むと
「初めまして、A。オレは卓也って言います。」
 と、先ほど選んだ人物がフランクに自己紹介をした。なんとなくで選んだが年代の近いなんでも気軽に話せるような人物だった。
 これがこのアプリの大きな特徴だ。基本的なプロフィールは簡単にというか事務的に入力できるが、こと内面に関して他人に紹介するとなると大半の人間がつまづいてしまう。そこでアプリの用意した疑似人格との対話を通して内面の情報を収集していく。自分で色々と考えるよりも他人を通した方がより自分を知れるから、ということらしい。現にこの卓也は中学高校からの友人といった体でかなりリラックスして自分のことを話せた。
 私が加入したアプリのプランは最低限のものだったがさすがにぶっ通しではなく何度かアプリを閉じたりしたがそれでも、この疑似人格-卓也-との対話は累計で2時間にも及んだ。そうして一通りの情報が集まれば相性の良い人物を紹介されるはずなのだが、卓也が、
「残念だけど、君に合う人はオレの知り合いにはいないな。」
 そんなばかな。このアプリのカップル成功率はほかのアプリとは比べ物にならないし、男女合わせた登録者数は2000万人近いはずだった。となると自分の人格を否定せざるを得ない。かなりのショックを受けていると、卓也が、
「お金を出してくれたら、オレの知り合いの女の人にいい相手を探してもらえるかもよ。」
 そうくるか。足元を見られたものだ。人格を否定されたままではどうにも引き下がれない。私は課金して、より相性の良い相手を見つけてくれるプランにした。そうすると今度は、同じ年代くらいのおとなしそうな女性に代わった。
「初めましてAさん。ゆいといいます。」
 そうしてまた2時間ほどゆいと会話した。これで友人との関係と異性に対しての情報が入力されたことになるのだから見つからないはずがない。しかし、ゆいの口から出たのは
「ごめんなさい、私の知り合いにはいないみたい。」
 私はこんなにも世間からつまはじきにされる性格だったのか。明日からのコミュニケーションはどうとっていけばいいのだろう。
「もしかしたら、家族の方からお見合いとか紹介されてない?実家に帰るのにお金はかかっちゃうと思うけど。」
 もう、課金の理由付けも滅茶苦茶だ。しかしこうなりゃヤケだ。課金して最高のプランにした。そうすると今度は壮年の夫婦と小さな女の子が現れた。そうして今までのように会話していく。これで老いた両親との関係、そして子供との関係の情報も入力された。
 「残念だが、お前に合う人の見合い話はないな。」
 壮年の男性がむごいことを告げる。これはもうこの世からいなくなるしかないのか。
 すると女の子が、
 「あれ、そういえばここの欄なにも書いてないよ?」
 そうして表示されたのは血液型の欄だった。どうやら見落としていたらしい。もう疲れ切っていたがいちおう血液型を入力してみる。すると壮年の男性が、
 「おおー!お前と見合いしたいという人からの電話が鳴りやまないぞ!」
 結局、血液型占いかよ。

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