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☆50 芳心国師[ほうしんこくし]

 仙京に戻った(否、その少し前から)郎千秋の様子がおかしい。ずっと俯いて黙り込んだままだ。謝憐は心配して彼に触れようとするが、郎千秋は謝憐の腕を素早く掴み、歯を食いしばるようにして言った、「国師」。
 その瞬間、画面に映し出されるのは、杭の打たれる場面。重そうな槌と響く金属音。只事ではない何かが起こっていると想起させる場面だ。

 郎千秋が永安国の太子だった頃に国士を務めていたのは、芳心国師。妖道双師の一人と言われる人物だ。霊文がそれを説明してくれる。
「芳心国師は、鎏金宴[りゅうきんえん]で永安皇族を殺した事件があまりにも凄まじく、妖道双師に名を連ねました。ただ彼は、元々永安国太子である郎千秋の命の恩人である恩師です」
「鎏金宴は仙楽貴族の間で盛んに行われていた宴の一種で、宴で使われていたのは極上の金の食器で、豪華絢爛なことから命名されました。永安建国後数十年で、その贅沢な気風が復興し、鎏金宴も皇族の習わしとなったのです。そして、永安太子十七歳の誕生日、鎏金宴が盛大に開かれました。芳心国師はその宴の席で剣を手に取って、永安皇族たちを皆殺しにしました。唯一遅れて現れた太子、郎千秋は難を逃れたのです」

 鎏金宴は金の食器を使うとあるが、これは昔、永遠不変の黄金は永遠不変の身体を作ると考えられていたので、それにあやかる部分もあったのではないか。豪華・贅沢・美麗以外に長寿ということも、金食器の使用された理由なのではないだろうか。
 私はいつも思うのだが、そもそも長寿や不死を願う者は恵まれた者だ、と。幸福感を感じているから、それがもっと長く、できれば永遠に続いて欲しいと思うのだ。つらく苦しいばかりの生活をしている者が、どうしてそれを願うだろうか。今すぐそれから逃れたいと、命を絶つ者さえいるのに。

 話を戻そう。霊文が語ったところが「鎏金宴大虐殺事件」の一般的な認識と言える。そしてこの後永安国は滅びてしまう。
 事件の後、郎千秋は国王の座を継いだはずだが、今も「太子殿下」と呼ばれている…ということは、正式に継承する前に飛翔してしまったということだろうか。そして、鎏金宴の事件で皇族が全ていなくなったので、そこから別の者が統治者となり、国名も変えた、ということかも。
 ちなみに、一期で半月国師について語られた場面で、芳心国師はそれより百年前の者という話があったので、鎏金宴の事件は三百年前のことになる。

 芳心国師は常に仮面を身に付けていて、誰もその顔を見た者はいないという。なのにそれが謝憐だと分かったのは、郎千秋が十二歳の時、攫われそうになった場面で助けてくれた大道芸人(後にその功績と腕前から永安国の国師となった者)が目の前で振るった剣技と、今回郎千秋と花城が打ち合おうとした際、これを止めるために振われた謝憐の剣技が全く同じものだったから、と郎千秋は言う。

 六話の回想シーンに、この剣技に関する芳心国師とまだ幼さの残る郎千秋との会話があるが、芳心国師は「双方の力を打ち消したというのは正確ではない。鞘から出た剣の勢いは止められない。物で遮るか、誰かが受け止める必要があります。二人が争った場合、三人目は自ら攻撃を受け争いを止めたとしても、自分は傷を負うことになる」と言っている。
 つまり、一見剣を弾いて双方の力を打ち消したように見えるが、実際は剣の力を全てその身に受ける(ダメージを肩代わりする)ことで、相手に伝わることを防いでいる、と。

 郎千秋は東方武神なので、天界でも(君吾を除き)五本の指に入る強さ。しかもその剣は、磁山[じさん]の地中深くに眠る鉱石を鍛えて造ったという、この世に二つとない重剣だ。対して花城は、絶境鬼王と言われる程の実力者。手にしている物は妖刀と名高い「湾刀厄命」だ。
 この二人の真剣に打ち合おうかという武器の力を、片手で全て受け止めてしまった謝憐の腕は、相当酷いことになっていただろう。鬼市に行く前君吾に、湾刀厄命には気をつけろ、「触れたり傷をつけられたりしたら、どんな禍を招くか」と言われていたのに、自ら撫でたり、その力を受けに行ってしまった謝憐である。

 郎千秋が鎏金宴の場で見たものは、正確には父である永安王を刺す芳心国師と、周囲の惨殺された皇族たちの死体である。他に犯人と思われる者の姿は無く、芳心国師が全ての加害者と思い込んでも仕方がない。
 郎千秋は彼を捕らえて殺すと、棺に入れて上から杭を打った。棺は三重にして念入りに閉じ込め、これを誰も来ない場所に埋めていた。
 謝憐が芳心国師なら、ここから生き返って抜け出したということになる。

 やがて、騒ぎを聞きつけたのだろう君吾がやってきて、状況を問い正すと、謝憐はこれを認めてしまう。芳心国師は自分だ、それを行ったのは間違いないと。決然とした表情で。
 風師は間に入ってあれこれと謝憐を庇うが、郎千秋は決闘しろと謝憐に迫り、謝憐は仙席を剥奪して天界から追放して欲しいと言い出す。
 君吾は決定を下した。
「泰華[タイホワ(郎千秋の神官としての呼び名)]は普段より衝動的になりがちだ。何事においても冷静に対処して、状況をよく見極めてから結論を出せ」
「仙楽(謝憐の神官としての呼び名)よ、何もかも話す気がなければ、仙楽宮で禁足処分とし、後日私より審問する。それまで二人は顔を合わせるな」

 謝憐は風師に、極楽坊から連れてきた郎蛍と、菩薺観にいる半月のことを頼むと、禁足のため仙楽宮に入る。

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