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◉藍忘機の再会

 藍思追の記事を書いていて気づいたこと。
 藍忘機の初登場シーンに、彼の琴「忘機」の出す音の描写はあっても、彼自身に関する描写が無い。
 これは魏無羨が、彼の琴の音は聞いたが、その姿は見ないままあの場を立ち去ったからだろう。

 『魔道祖師』は魏無羨の一人称視点で描かれているので、魏無羨の知らないことは読者も知らない、魏無羨の記憶にあることはその都度説明される、という形式になっている。
 「一方その頃」的な形で別の場面を描き、「登場人物はわかっていないが読者は知っている」ということでヤキモキさせる小説も悪くはないが、『魔道祖師』のように主人公と読者が同じ目線で場面場面を見ていく小説は、とても良いと私は思う。
 何故なら、この小説には二周目の楽しみがあるからだ。全ての謎が解け、物語の余韻に浸りながらもう一度読み返すと、一度目とは全く違う景色が見えてくる。
 そして作者の墨香銅臭は、この仕掛けがとても上手い。

 例えば、大梵山で献舎後の魏無羨が、初めて藍忘機の顔を見た場面。
 魏無羨の目には、どう見ても彼が着ているのは喪服にしか見えない。いくら皆が姑蘇藍氏の校服が最も美しいと認め、その上藍忘機を百年に一度の類まれな美男子だと賞賛しているとしても、彼があの、妻を亡くして苦しみと深い憎しみの底にいるかのような表情では形無しだ。
 初見では「何か暗い人なんだなあ」としか思わないだろうが、二度目に見ると「ぎゃー! そんなに前から”妻”だと思ってたんだーっ」となってしまう。

 大梵山と言えば、「忘羨」と名付けられた曲の初登場シーンでもある。藍忘機がいつから魏無羨を好きだったかについては議論があるが、あの曲を「忘羨」と名づけた時に、忘機自身がはっきりと自覚していたのは間違いないだろう。
 今更言うまでもないかもしれないが、中国ではBLカップル名を、攻めの名前の先の一文字と、受けの名前の後の一文字を取って表記する。「忘羨」は日本風に書くなら「忘機×無羨」である。(従って、『天官賜福』の「花城×謝憐」は「花憐」である。)そんな名前をつけるなんて、ずっと言えなかったのも当たり前だし、魏無羨に揶揄われても仕方がない。

 藍忘機には後悔があった。十三年前、魏無羨が亡くなった時、そうなることが薄々わかっていたのに、それを止められなかったことだ。
 魏無羨が生きていた頃、確かに彼はその行動をなんとか止めようとしていた。だがその頃の彼には、生まれ育った雲深不知処の教えが根強くその身に染みついており、考えていたのは彼の父親と同じ道を辿ることくらいだった。

 藍忘機の父は、恩師を殺した娘を好きになってしまい、苦悩の末、その娘を娶ると同時に彼女を一つの建物へ閉じ込め、また自分も別の建物に閉じこもった。そうして彼女を守ると同時に自分を罰したのだ。
 忘機はそれと同じように、魏無羨を雲深不知処の中に閉じ込め、自分も閉関しょうと考えていたのだろう。だが、魏無羨はおとなしく閉じこもってくれるような人物ではない。
 忘機の口下手、不器用さもあって、彼は魏無羨を説得できず、思いは空回りするだけに終わってしまった。

 また一方で、魏無羨の行動(特に鬼道を使うところ)に反対する気持ちはあっても、その行動原理には賛同する気持ちがあったはずだ。罪も無い者たちを、温氏の血を引いているというだけで根絶やしにしようとするのは、本当に正しいことなのか、と。
 それが彼の遠慮を生んだのかもしれない。強引な方法を取ることができなかったのだから。かと言って、藍家での立場を考えると、一族を裏切るような選択もできなかった。
 最後の最後で彼を逃すことに決め、それを実行した時、彼はもはやそうすることしか考えられなくなっていたのだろう。それがずっと避け続けてきた一族への裏切り行為だとわかっていても。だが、それでは遅すぎたのだった。

 だから彼は決めていただろう。もしも「もう一度」があるなら、何を差し置いても、誰を裏切っても、絶対に自分だけは魏無羨の味方をする、と。もう二度と彼を失わせはしない、何があっても離れない、と。

 あるはずのない「もしも」が目の前に現れた時の、藍忘機の気持ちはどれほどのものだっただろうか。喜びよりも恐れに近いものがあった気がする。ありえない、否これは現実だ、と何度も自分に言い聞かせていたのでは、と。
 そのうちじわじわと嬉しさが増してきて、それに伴い、あの決意が揺るぎのないものとなっていったのではないだろうか。

 そして。以降、彼はその決意を最優先に行動する。魏無羨自身の気持ちすら二の次にして。彼の思い通りにさせていたら、きっとまたどこかへいなくなってしまうだろうから。

 最後に、藍忘機と魏無羨の再会に相応しい動画を紹介して終わろう。
 藍忘機が、いなくなった魏無羨を思い出している動画だ。切ない場面が続くが最後まで観てもらえれば、私がここに載せたかった理由もわかってもらえると思う。
  zillyzuwu end of a life || a wangxian animatic (MDZS)

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かんちゃ
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