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☆39 神武大帝現る

 穏やかな菩薺観[ぼせいかん]の朝。目覚めて髪を掻き上げる謝憐[シエリェン]。この時の髪の動きが良い。直前の肩から滑り落ちる髪も(「その名前よりも、『三郎[サンラン]』と呼ばれたいな」の時の彼の髪の動きと合わせて)、その重さを感じさせる滑らかな動きだ。
 小川で清水を汲み、喉を潤す謝憐。手にしているのは、瓢箪を割って作られた素朴な器のようだ。胸元の鎖に通された指輪を見て、また彼を思い出している謝憐。
 一期最終話と二期一話が綺麗に繋がっている。

 と。そこへ霊文[リンウェン]から通霊が入り、謝憐は仙京[せんきょう:天界の都]の神武殿[シェンウーでん]へ行くことになる。
 神武大通りを歩いている時の謝憐の動きがおかしい。周囲は彼と一定以上の距離を保ち、ひそひそと囁き合いながらも極力彼と目を合わせないよう、また関わらないように努めている様子なのだが、謝憐はそれを確かめてみるかのように、わざと後ろに進んだりする。

 そんな中、「太子殿下っ」と叫びながら走り寄る者がいて、謝憐は自分のことと思い振り返るのだが、その年若い男は通り過ぎて、前を歩く別の「太子殿下」の元へ行く。
 日本語版原作小説(以下、原作と略す)によれば、「神仙になりたければ、まず人傑にならなければならない。人界で功績を挙げて大事を成した者、あるいは優れた才能や器量を持つ者は元から飛翔できる確率が高い。そのため、一切の誇張なく、ここ(上天庭)では国王、公主、皇子、将軍などは珍しくもなんともない」とあり、「上天庭の中には元から何人もの太子殿下がいるため、勘違いしてしまうのは特に珍しいことでもない」となっている。

 前を行く「太子殿下」は「泰華[タイホワ]殿下」こと郎千秋[ランチェンチウ]だが、私が注目したいのは今走ってきた若い武官の方だ。見覚えがないだろうか。(もしなければ、その顔をよく覚えておいて、話を先へ進めて欲しい。)
 きっと点将されて天界へ上がってきたのだろう、今も苦労しているようで少し笑ってしまう。

 謝憐の生まれた仙楽国と郎千秋の生まれた永安国には因縁があり、周囲の神官たちはひそひそと噂話をする。だが郎千秋は謝憐のことをよく知らないようで、「こんにちは」と明るく挨拶してくる。「こんにちは、太子殿下」と返す謝憐は笑っている。今は他人の二人だから、このままの距離感で付き合っていければいいな、と思っていたかもしれない。

 霊文がやって来て、神武殿前の長い階段を登りながら、二人は裴宿[ペイシュウ]の処分について語る。「流刑」は、謝憐が過去に受けた「貶謫[へんたく]」と違い、一時的に下界へ落とされるが、また何年かすれば天界へ戻れる可能性がある。
 但し、後に言い渡される処分によれば、裴宿の場合、戻れるのは二百年後である。長い。その間に信者の心が彼から離れてしまえば、裴宿は神としての力を失って唯の「人」に戻ってしまう。「信者がいなくなれば」「神も存在しない」。

 謝憐が神武殿に入ると、既に大勢の神官がそこに来ている。神武殿に入れるのは上天庭の神官だけなので、来れなかった神官が数名いることを考えると、少なくとも八十名くらいの神官がそこにいたと考えられる。
 正面の玉座に腰を下ろしているのが、君吾[ジュンウー]こと「神武大帝(天界の第一武神。「帝君」とも呼ばれる)」である。存在感が群を抜いている。
 原作では「その武神の容貌は美しく朗らかだった。無言で目を閉じる姿は極めて厳粛で、その背後には煌々たる神武殿があり、足元には皚々たる雲の頂がある。」「(彼が瞼を開けると)その双眸はどこまでも黒く、そしてどこまでも透き通っており、まるで一万年凍りついていた池の雪が融けたかのようだ」と描写されている。

「仙楽、現れたな」
 その一言で皆の注目が謝憐に集まり、この会合が裴宿のためではなく謝憐のために行われたと、印象付けられる。
 裴茗[ペイミン]が現れ、謝憐はまるで裁判での被告人のように問い詰められることとなる。

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