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7.9 きょうおもったこと

なまえのはなし

ちょっと藝名のはなしをしていて、いろいろと思い出したので、つらつらと。

1998年-2000年 桂六久助

最初の師匠、桂三木助から藝名をいただいたのは、1998年7月13日。朝、居間の掃除をしていると、色紙があったので、この名前かな?って。

色紙には

藝名
桂六久助
小さん 書

と、あった。

大師匠である、五代目小さん師匠の筆。三の倍で六。久の字は木久扇の久と同じで、三代目師匠が藝名に「木久○」とつけていたことに由来。ご案内の通り、この藝名は直に取り上げられる。

おととし、先師の実母、三代目夫人である田端のおかみさんを見舞ったときに、「おかみさん、六久助でございます」と顔を出すと、「あんたは司師匠なんだから、司って言いなさい」って言われて、帰りに「六、カーテン閉めてって」って。おかみさんとおねえさんには、頭が上がらない。

2001年-2003年 三遊亭 麹

先師亡きあと、三遊亭歌司に入門。ついた藝名が、三遊亭 麹。「おまえにコウジってつけたから」と言われて、なぁーんか普通の名前だなって。まぁ、前座名だからね。なんて思いながら「師匠の司の字に、何をつけてコウジです?」って訊いたら「いや、麹町の麹」「麹?あの麹ですか?ややこしい?」「そう」かくして麹になる、もはや、人間でなく菌だよ。

最初、へんな名前だなって思ったけど、愛着のある名前だ。だいたい、麹なんてなまえ、ひとりしかいないだろうし。

亡くなった大師匠圓歌は、麹町に邸宅を構える前は、田端に住んでいた。で、わたしも田端の弟子から、麹町の一門になった。なので、音はウタジから、字は麹町にあやかり。

それと、「人間、米と水があれば生きられる。それに、麹があれば酒になる。」という、酒飲師弟の発想。これ、好き。

2003年- 三遊亭 司

師匠歌司の司の字が好きで、どうせいままでも一文字名だったので、一文字名のまま二ツ目。余所から入ったし、師匠の一字があればいいので、歌の字は遠慮して、司。おさまりはよくないし、字画も少ないので、最初は印象が薄いが、なんとなく定着。

2015年、真打昇進時。当然名前はかわるものと、襲名の支度をしていたが、頓挫。オヤジさんが、司で真打になりなさい、と、そのまま。その名前の持ち主はわたしのまま。

こうして、現在に至ります。

書くことは、落語を演るのと同じように好きです。 高座ではおなししないようなおはなしを、したいとおもいます。もし、よろしければ、よろしくお願いします。 2000円以上サポートいただいた方には、ささやかながら、手ぬぐいをお礼にお送りいたします。ご住所を教えていただければと思います。