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第2回 「老化」とはなにか? その4

こんにちは!
社会福祉法人サンシャイン企画室の藤田です。

さて大好評をいただいております連載企画「高齢者医療と介護」。
高齢者特有の医療環境に関する知見をできるだけわかりやすくお伝えしていければと思っております。乞うご期待!

その第2回となります今回は、「『老化』とはなに?今現在どんなことが研究されてるの?」ということを4回に分けてご紹介したいと思います。

主な資料としまして以下のpdfを参考にしております。

ライフサイエンス・臨床医学分野(2021)2.3.3 老化
(以下ではこのテキストを『ライフサイエンス・老化』と言います)

このテキストからとりまとめまして、次のような目次でまいりたいと思います。

<目次>
■その1
第一節 「老化」ってなに?
老化の定義
①生理機能ってなに?
②適応力ってなに?
③細胞・臓器・個体レベルでの機能低下とは?

■その2
第二節 「老化」研究の現状
1「加齢」と「老化」の間にあるもの
①「老化・寿命の制御中枢」とは?
②老化の原因は「ミトコンドリア機能障害」と「全身性のNADの減少」にある
③「細胞老化」の研究は最も重要な研究課題だ
④「腸内細菌叢」が老化・寿命制御に重要な影響をもっている

■その3
2機能低下の度合いをどうやって知るのか?
①テロメア長
②終末糖化産物
③DNAメチル化

■その4
第三節 注目すべき動向~技術的展開とプロジェクト
①老化を「治す」という考え方が出てきている
②投資ファームの参加
③近年の動き
④注目すべきプロジェクト

第四節 今後の課題
①科学技術的課題
②その他の課題

今回は4回に分けた最後、<その4>です。
さあ、いきましょう!

第三節 注目すべき動向~技術的展開とプロジェクト

①老化を「治す」という考え方が出てきている

ここ数年、「老化」は自然な現象なのだから受け入れるしかない、といったこれまでの考え方から、「老化」を「治療」しようという考えに風向きが急速に変わってきているそうです。

つまり、老化「予防」ばかりでなく老化「治療」研究が各国で推進されています。

そうした動きを少し紹介します。

(ア) 米国では、健康寿命延伸を目指した専門会議が開かれ、FDA(Food and Drug Administration:アメリカ食品医薬品局)でもその関連予算が増加の方向で話が進んでいる。
(イ) NIH(National Institutes of Health:アメリカ国立衛生研究所)においては様々な薬剤のマウス寿命への効果を系統的に調べ始めている。
(ウ) senolytics(老化細胞除去薬:senescence(老化) +「-lytic(破壊)」より)と呼ばれる薬剤のクラスの研究開発が進み、ある程度の成果が出ている。

さてここで出てまいりました、FDAとNIH、日本人にはちっとも馴染みがありませんので、少し説明していきます。まずは上記(ア)と(イ)から。

<FDA・NIHとは?>
アメリカにはアメリカ合衆国保健福祉省(United States Department of Health and Human Service:以下HHS)という政府機関があります。これは日本のちょうど厚生労働省に相当する組織だそうです。

<参考:厚生労働省組織図>

このHHSの11の下部組織として、食品医薬品局(FDA)と国立衛生研究所(NIH)があるわけです。

FDAに関しては「高齢者医療と介護」第1回の「アデュカヌマブとこれからの認知症薬」の中で、FDAがアデュカヌマブを承認したというニュースをご紹介しました。アデュカヌマブに関しては日本でも承認申請がでていますので、この暮れにも承認されるか否かが判明するでしょう。
(つい最近、日本での承認は見送られたというニュースがありました。
アルツハイマー新薬「アデュカヌマブ」、承認見送り…「現時点で有効性判断は困難」)

NIHは米国における健康・医療分野の研究開発を統括しており、年間予算額は3兆6000億円(2014年度。米国の科学技術研究開発費の約22%で、これは国防総省の約50%に次ぐ第2位)だそうです。
(参考:「連邦政府機関における科学技術研究開発費予算の動向
数字で見る日本と米国の違い」)

日本では同じ役割をしている日本医療研究開発機構(AMED)の予算が約1400億円(2015年度)であることを考えると大きな差があると言えるでしょう。

要するに医薬品はNIHで研究・開発してFDAで承認する、という仕組みなんですね。

さてお次はメインの(ウ)です。
<セノリティクスとは?>
さてもうひとつ「senolytics(セノリティクス)」を説明します。

「セノリティクス」ということばは、老化した細胞を除去することを目的に研究されている薬たちのことです。

ここで簡単に「老化した細胞を除去する」と言いましたが、このことをもう少し丁寧に説明してみます。

「老化した細胞=老化細胞」というのは、なんらかの理由で増殖できなくなった細胞のことです。

普段意識することはないが、私たちの体には約37兆個の細胞があり、一部の細胞は、日々、分裂を繰り返している。

「その過程で、DNAが修復不可能なほど大きなダメージを受けたときに、細胞分裂を停止してがん化を防ぐ『細胞老化』と呼ばれる仕組みが備わっています。細胞老化は、自分の体の細胞をがん化させないために、人間を含む高等動物が進化の過程で獲得した安全装置の1つです」と原教授(大阪大学微生物病研究所遺伝子生物学分野)は説明する。

通常、古い細胞が分裂を停止して新しい細胞に置き換わるときには、自ら死んで壊れるアポトーシス(細胞死)を起こすか、免疫細胞に食べられて体内から消える。ところが、細胞老化によって分裂を停止した細胞の中には、なぜか死なずに、臓器や組織の中に残ってたまっていくものがあるのだという。

「この、細胞分裂を停止したのに死なずに組織にたまっていく細胞が『老化細胞』です。老化細胞は蓄積すると、SASP(サスプ:細胞老化随伴分泌現象/Senescence-Associated Secretory Phenotype:「近年、老化細胞がさまざまなタンパク質を分泌して周囲の細胞に働きかけることにより、慢性的な炎症やがん細胞の増殖を促進することが注目されています。これを老化関連性分泌表現型(SASP)とよびます」)という現象を引き起こします。

老化細胞の存在は60年くらい前から知られていたのですが、過度のSASPが慢性炎症を誘発し、がんや動脈硬化など加齢に伴って増える病気を発症させることが近年の研究で分かり、注目を集めるようになりました」と原教授は話す。

老化細胞(ゾンビ細胞)の謎が分かった

とあるように、「老化細胞」はSASPという現象を引き起こし、このSASPがいわゆる「老化」の直接的な原因だとみなされるようになってきているのです。

ですからこの「老化細胞」を体内からなくすことができれば、人間は「老化」しないのじゃないの?ということですから、セノリティクスがどんなに注目されているかわかるでしょう。

細胞分裂を停止した細胞は通常ならば自然に死滅するのに、中には死なずに生き延びる細胞(これが「老化細胞」でした)があります。なぜそうした細胞=「老化細胞」があるのでしょう?

それを解明したのが、京大学医学科研究所の中西真教授らが2021年1月15日報告した次の研究です。

「東大研究者が発見した「老化細胞」除去薬の衝撃」

中西教授は、老化細胞はなぜ死なないのか?それを知るために、老化細胞の生存に必須な遺伝子を探し、それが「GLS1(one)」と呼ばれる遺伝子であることを突き止めました。

そしてマウスによる実験で、この「GLS1」の働きを止める薬剤を投与したら、老化細胞が除去され、老化に伴う体力の衰えや生活習慣病が改善することを証明しました。

負けてならじということで、アメリカではFDA、NIHなどが協力しながら、セノリティクス(アンチエイジング薬の研究・開発)に力を注いでいます。それを次の項目でみていきます。

②投資ファームの参加

こうしたセノリティクスの開発・応用を目的としたバイオテックベンチャーはすでに数社設立されています。

中でもUNITY Biotechnologyはその代表格で、あのアマゾンの創始者ジェフ・べゾフさんが投資している会社です。

他にも2013年にGoogls社は老化研究に特化したCalico社を設立し13億ドルの資金を拠出していたり、個人の投資家の中にも老化・寿命研究を支援する動きが見られ、大規模な老化・寿命研究の試みは世界各地で始まっているようです。

(UNITY社は膝関節症に対する老化細胞除去薬の実用化を目指していましたが、当初の結果が出なかったので開発は中止されたそうです)

③近年の動き

その他近年の動きを列挙してみます。

●相次ぐ国際学会で、老化そのものを創薬のターゲットとした研究開発の重要性が強調されている。これは以前には見られなかった特徴である。
●こうした動きを受け、日本においても老化・寿命研究関係のシンポジウムが多数開催されるようになっており、加えて民間においても老化・寿命研究の最前線を紹介する講演の開催が複数開催されるなど、啓蒙活動がさかんになってきている。
●日本でも、一般社団法人「プロダクティブ・エイジング研究機構(Institute for Research on Productive Aging:IRPA)」が2019年3月に設立され、活動を開始しました。世界最先端の老化・寿命研究を推進し、その成果を世界に先駆けて社会実装することで健康長寿社会の実現を目指しています。
(参考:老化のメカニズムを研究する専門組織「IRPA」が発足)

④注目すべきプロジェクト

こちらも列挙してみます。
まずは日本のプロジェクトから。
●2017年、AMED(略称「エーメド」:「国立研究開発法人日本医療研究開発機構(Japan Agency for Medical Research and Development)」:このAMEDは上の方でNIHとの予算の比較で既出です)の「老化メカニズムの解明・制御プロジェクト」が開始された。
(参考:「AMED」)
●2018年、フレイルを対象とした大型の産官学共同開発プロジェクトである「フレイルの予防薬・治療薬の研究開発」がAMEDのプロジェクトとして採択・開始された。
● 2018年、日本老年医学会は「老年医学推進5カ年計画」を始動した。

次にアメリカのプロジェクトから。
●米国において、糖尿病治療薬として60年以上使われているメトフォルミンを用いて、がん、心血管疾患、アルツハイマー病などのような神経変性疾患、などの発症を遅らせることができるかどうかを調べる研究(Targeting Aging with Metformin(TAME) trial)の準備が進んでいる。
(参考:「メトホルミンで治療している糖尿病患者は長生き」)

第4節 今後の課題

①科学技術的課題

基礎老化研究
日本では従来、酵母、線虫、ショウジョウバエなどの下等生物を用いた老化研究は人間の老化を反映するものではないとして軽視されてきた。しかし、米国における老化研究の成功はこれらのモデル生物を用いた研究に端を発しており、その成果に立って、現在、マウス、サリ、ヒトなどを用いた研究に重点がシフトしつつある。日本でもこれらのモデル生物を用いた老化の基礎研究の基盤を早急に確立すべきだ。

抗加齢医学(アンチエイジング医学)の成果を社会実装する臨床研究の加速
抗加齢医学とは、従来の「病気の治療」から、「健康な人のさらなる健康」を目指す医学のことで、究極の予防医学と言われています。その基本は「生活習慣の改善」「アンバランスな病的老化を予防・治療する」「老化のメカニズムの解明」「老化度判定のための検査と診断」「内科・外科・皮膚科・眼科・耳鼻科・婦人科・泌尿器科・歯科など各科に渡る全身的医学」にあります。
(参考:「抗加齢医学とは」)

②その他の課題

次世代の老化・寿命研究者、リーダーの育成
日本では、老化・寿命研究の最先端において世界的なリーダーシップを取れる次世代研究者の育成が何をおいても重要です。現在の日本では「アンチエイジング」のことばのもと、一般の人を惑わす言説や出版が横行しています。こうした現状を改善するには、この分野での世界的リーダーが出てきて、科学者として正しい倫理観をもった研究者が正しい情報を社会に発信していくことが大切です。
一流の基礎老化・寿命研究を行うための研究拠点(研究所)が必要
老化・寿命研究には、長期的解析、個体レベルでの解析が必要であり、研究施設の環境の影響を受けやすいこと、また、線虫・ショウジョウバエなどの短寿命モデルを用いた研究から、マウス、サル、ヒトによる研究までを一貫して長期的、統合的に支援する体制が必要であること、などからその研究規模は国家戦略として行うのがふさわしいものである。
さらに設立した研究拠点を中心に国際学会などを定期的に開催し、学生、大学院生などの若手研究者が、世界最先端の老化・寿命研究に触れる機会を増やすことが重要である。


『老化』とはなにか?<その4>まとめ

第三節 注目すべき動向~技術的展開とプロジェクト
「セノリティクス」=薬で「老化」を治療する、という創薬の分野ができて、そこに世界中から注目とお金が注がれている。
第四節 今後の課題
「老化」研究において日本は世界に遅れを取っている。「老化」の研究は、国家戦略として投資するのがふさわしい。


さてさてやれやれ(笑)。今回第2回は「老化研究の最前線」と銘打ってこれまで長々と4回に分けて、医療に関して今最もホットな「老化」研究の現状についてまとめてみました。

もし全部おつきあいしていただけた人がありましたら、本当にありがとうございました。あなたには感謝の念しかありません。もはやあなたはわたしの友達です(笑)。お疲れさまでした。

世界中を巻き込みつつ、こうした「老化」に関する根本的な研究がなされることはもちろん大歓迎で、そこから得られるアイデアや理論にはこれからも大いに期待していきたいと思います。

わたしたちが日頃携わっている介護の仕事は、こうした研究のいわば最前線に位置していると言っても過言ではありません。

しかしそれでいながら、とわたしは思うのですが、わたしたちが拠って立つべき介護の理論は現状あまりにおそまつなものではないでしょうか?

介護の世界は広大です。今回述べさせていただいたような科学的な基礎研究はもちろん大事なことです。ですがそれとは別に、もっと人間学的なアプローチに根ざした言いましょうか、もっと別角度からの「老化」の研究も大切だと考えます。

それが何なのか具体的なことは今はわかりませんが、おいおいそういったことに関してもここでご報告できればまた面白いなあと考えております。

わたしたちが誇りと自信と喜びをもって介護できる、介護される。

そんな世界がいつの日か来ることを夢見ております。


また今回からサンシャイン・デイサービスの頼もしき看護師、平野由美さんが監修として参加してくださっています。
わたしの書いた長い長ーい文章に何度も目を通していただき、色々なアドバイスや有用なアイデアをたくさんいただきました。
平野さん、本当にありがとうございました。
大変だったことと思いますが、これに懲りず、次回もまたよろしくお願いいたします。

監修:平野由美 (デイサービスサンシャイン南蟹屋看護師)

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