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君はベイビー 2017.12.26

僕にはヒーローが2人いる。1人はナインティナインの岡村隆史。言わずと知れた僕らのお笑い界の大先輩。そしてこの世界に入ったきっかけ、憧れのスーパースター。子どもん時からずっとかっちょいい。尊敬してやまない。

そしてもう1人は銀杏BOYZの峯田和伸。GOING STEADYの時からもちろん、僕の思春期を、淀んだ青春を肯定してくれたスーパースター。中学の時に兄ちゃんから借りた、さくらの唄を聴いてからずっと虜で、今も僕ん胸の真ん中ではずっと鳴り響いてる。


10月13日。銀杏BOYZの初の日本武道館。僕は銀杏好きの先輩同期達と観に行くことが出来た。楽しみで楽しみでしょうがなく、3時間前に物販並んだのに、グッズをなにも買えなくて途方に暮れたけど、はじまってみたらなんのその。一曲目、エンジェルベイビーが流れた瞬間、全ては吹っ飛んだ。追い求めて追い求めてぶちのめされてそれでも追いかけて掴もうとしてる人の声はとても美しく、僕は何回だって魂を揺らした。峯田さんが1番歌ってきた1番思い入れのある曲を歌う、と、BABY BABYが鳴った瞬間。今までの人生が想いが一瞬で走馬灯のように全身を駆け巡った。僕のどうしようもないくそったれな人生を、青春を、思春期を、救ってくれたのはどうしようないお笑いとロックンロールで。僕のヒーローは今もこんなにもかっこ良くて、嫉妬と羨望と、同時に不甲斐ない自分に参っちゃったよ。

この日、セットリストにはあの名曲、東京は入ってなかった。当然聴けるものだろうと思ってた僕は、なんだか寂しくて寂しくて。この日僕は東京を聴きたい理由がやまほどあったのだ。


僕が6年付き合ってた彼女にプロポーズしてフラれたのはこの武道館のライブからちょうど1年前ぐらい。このブログにも書いたけど、今年の1月に向こうに新しく彼氏ができて、完全に僕の恋は終わってしまった。カラオケで泣きながら恋ダンスをして僕の青春は幕を閉じた。


と、そこで終わったかと思った話は、まだ続いて。3月に彼女から連絡があって、いろいろとあり、僕らはよりを戻すようになった。僕はそれでもすぐに結婚は出来ない、8月のキングオブコントを待ってくれ、と。決勝行けるネタが出来た。結果を出すから待ってくれと、お願いした。それで死にものぐるいで挑んだ夏、僕らは決勝どころか準々決勝で負けてしまった。その日僕は帰りの電車で泣いて、最寄りの鳥貴族のカウンターで8時間1人で泣き明かした。人生かけるつって、準決勝どころか、その手前で負けんのかよ。他に客も全然いない夜中に、鳥貴族で1人で8時間号泣しながら1万円以上使う若者は怖くてたまらなかっただろう。金麦の大ジョッキ30杯以上飲まないと1万も超えないよ。閉店間際、掃除機持った外国人の店員さん達に囲まれることはもう一生無いだろう。


そして9月、僕はまたしても彼女に別れを告げられた。なにやってんだよ。またかよ。結婚や現実的な未来を考えて、口だけでなにも結果も誠意も見せれなかった僕に、どうにもならなかったのだろう。別れ際、僕が彼女の部屋の合鍵を返し、向こうはお揃いの部屋着のパジャマを返した。離れていく彼女の背を見て、不甲斐ない僕はどうしよもなくてパジャマや全部、品川駅のゴミ箱に投げ捨てた。


東京に来て7年、僕の東京は彼女で、彼女は東京そのもので。2人の夢は東京の空に消えて、いつのまにか星は見えなくなってた。


泣いて駅でしゃがんでたら、ホームレスのおっちゃんがゴミ箱から僕のパジャマをとって笑いながら走っていった。そんなことあんのかよ。僕と彼女の物語は終わったけど、思い出だけが今も品川で生き続けてる。品川のウォーキングデッドが2人の思い出を装備して今夜も第2章を生きている。

だから武道館の、銀杏の東京を聴きたかったのだ。銀杏の東京で、全てを綺麗さっぱり良い思い出にしたかったけど、そうはいかなかった。そうだよな。僕は僕で、僕の東京を創らなければ。そんなお笑いを、作品を、命をかけて創らねばいけんよな。


クリスマスイブ。同期で芸人辞めた、小川こうへいの結婚式があった。こうへいのことはブログにも書いてるけど、面白くて優しくて誰からも愛される奴で、僕が芸人で初めて嫉妬した奴だ。彼女もいない地獄のような同期5人でハイエース借りて名古屋まで深夜高速飛ばして会いに行った。実家の呉服屋継いで、あんなにモテなかった童貞の同い年のアフロは、すっかり痩せていい男になって、こんなやつを愛してくれるような最高でステキな奥さんまで手にして。奥さんのえりちゃんはマザーテレサの生まれ変わりだろう。じゃなかったらこんないい女割に合わないよ。


結婚式、バビロンの太田もゆにばーす川瀬もはらも、ほかの同期皆も笑って泣いてた。
芸人を辞めても、こんなにも愛に幸せに笑ってるなら、こいつの火花はハッピーエンドだ。みんな馬鹿みたいに笑ってた。

こうへいの母ちゃんと親父さんに、頑張ってくれよ坂田くん!と。さんさんさんにもこうへい出してくれてありがとな!と、嘘だろおい。僕らが1年目にやってたネット番組も知ってくれてて、自分の親のように応援して貰った。嬉しいったらないよ。こんな親だもの、それはこんないい息子が育つよ。頑張り続けます、と約束した。

クリスマスに人の幸せを祈ったら、帰ったら15時間爆睡してクリスマスは終わってた。駆け込むように、同居人のたいと鍋して、贅沢にエビス飲んで、今は結婚式の写真を肴に芋の水割りを飲んでいる。

僕は東京を生きる。今日も明日もこれからも。ただひたすらに真っ当に、笑うように生きるのだ。

読んでいただきありがとうございます。読んで少しでもサポートしていただける気持ちになったら幸いです。サポートは全部、お笑いに注ぎ込みます。いつもありがとうございます。言葉、全部、力になります。心臓が燃えています。今夜も走れそうです。