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ゆずり愛 (1分小説)

カーブに差し掛かった時、つり革を持つ老人の身体が、また大きく揺れた。

しかし、誰も席をゆずろうとはしない。

ボクは、離れた席でハラハラしながら見ていたんだ。

老人の目の前に座っている、スーツの男。

アイツ、ついさっきまで、ボクと面接で一緒だった奴ではないだろうか。

間違いない。

ちょっと親しくなって、LINEを交換した時は、優しそうでいい奴だと思ったのに。

ボクは老人に歩みよった。

「大丈夫ですか。席をゆずりましょう」

自分の席まで連れていこうと手を引く。

ここでまた、目を疑う光景に出くわした。

たった数秒空けたボクの席に、もう、OLが腰をおろしていたのだ。

「すまんな。キミの親切に応えられなくて」

老人に謝られた 。

目の前に座っていたアイツが、ボクに気づき、バツの悪そうな顔をしている。

「善人を装っていても、人間、いざという時には本性が出るもんじゃ。

損得勘定で、損と思えるものを切り捨てたり、空いた席に目ざとく座ったり。この世は、ずる賢い者が勝つようにできておる。

電車は、社会の縮図なんじゃ」

老人は小声で言った。

「そうなのかもしれませんね。ボクは、人から奪う人生より、人にゆずる人生の方が価値はあると思っていますが」

ボクの言葉に、ウーンとうなっている。

それから2つ目の駅で、老人は降りていった。


電車が速度を上げて動き出し、10分ほど経った頃。

アイツのスマホが鳴った。

「合格!?営業部に配属?ありがとうございます」

嬉しそうな顔。

ボクのスマホは、ピクリとも動かない。





【自宅 最寄り駅】

電車を乗りつぎ、最寄り駅に着く頃には、すっかり陽も落ち暗くなっていた。

長い帰り道だったな。


駅のホームに降りると、どうしてだろう。あの老人が背筋を伸ばして立っている。

すぐそばには、秘書らしき身なりの女性もいる。

こんな人里離れた駅に、なぜ?


老人は、ボクに近づき右手を差し出した。

「弊社の将来を担う幹部候補として、キミを迎えいれたい」


事態を飲み込むのに、しばらく時間が掛かった。

・・・きっと、面接は、あの車内でも続けられていたんだ。

「会長みずから、お願いされているのよ」
秘書が返事を促す。

ボクは、両手で老人の手を取り、深く頭を下げた。



ルルル♪
ポケットのスマホが鳴った。

『おめでとう』

アイツからのLINEである。





ボクはこの時、初めて、自分が席をゆずられていたことを知った。





※最近、似た作品を見つけましたが、私の作品は、2007年10月4日に作成したもので(加筆あり)別物です。みなさん、いつも「スキ」を返さずにすみません。 shedshed

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