見出し画像

肩書きなんか無くたって


以前何かのラジオで聴いた言葉が、ずっと、忘れられない。


それは概ね、こんなふうに紡がれていた。


「肩書をプロフィールにずらりと載せることに抵抗を感じる。載せている名前は大概どれも一つのことをこねくり回して言い回してるものだし、肩書きなんてなくたって恋人の前で笑うその人と仕事をしているその人だと既に別人なのにね」


物書きで、ライターで、こんな賞を受賞した者です、という文字をこの世界にきて幾度となく見てきた。



そしてそれを批判するつもりもないし、わたしも何かの形で己をそう表現することも、実際にあると思う。


肩書きの効力って、周囲への自分の位置づけと自己暗示の2つが大きいと思う。

例えばプロフィールに『〇〇大卒』と書いてあるところに、違う学校の後輩が母校のインタビューをすることはまずないだろう。自分が何者で、反対に何者になりたいのか。それを明確にすることによって、自分で仕事を呼び、レールを敷いて、いつか本当に何者かになるための、ツール。それが肩書き。


わたしはというと、仕事ができない新卒で、風俗嬢で、あの子の親友で、君の彼女で、アイツの元カノで、美容整形をした事があって、書くことが好きで、気の強い母の娘で、物を書くことは好きだけれど、食べていくことはできなくて。23歳の、普通の女の子で。


でもめちゃくちゃ、それでいい。


相手によって肩書きは変わるものだ。

そしてわたしの場合、向き合っている言葉の内容によってもまた、わたし自身の肩書き、もっと言ってしまえば人格すら変化している。ある時は社会人として、ある時は風俗嬢として、まあある時はただの趣味に対するただのヲタクとして。



肩書きって強い。


チャンスや機会を引っ張り出してこれるくらいには、強いものだ。

だからこそ、人によってはとてもピリつく。肩書きが纏う空気のようなものが、時々痛い。連射攻撃のように並べる肩書きは、良くも悪くも、武器になる。


一つの顔で、ああこの人はあれの人ねって認識されるのってかっこいい。それがその人にとって好きなことだったりしたら、余計に。


クリエイター系の職って基本ベースに「好きを仕事にした」という気持ちが少なからずあると思うのだけど、「好きを仕事しないで生きる」、「好きを仕事にできなかった」、「仕事以外に好きを見出して生きる」、どの生き方だって同じくらいかっこいい。


肩書きが全部なくなったって、貴方のことを想う優しい視線は、なくなることはない。それが、たった一人からの視線だったとしても。だから、肩書きのないわたしは、わたしの中で、胸を張って今日を生きている。


誰でもない自分だからこそ、どんな人生を歩んでも、ハッピーエンドにこじつけられるんだよ、きっと。


2020.5.28

職場の休憩時間より

suu



この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!
あなたの「スキ」が励みになります。
70
本を読む風俗嬢は珍しい、と言われたことがあります。 noteはあの頃のやるせないわたしの備忘録であり、今や大切な居場所のひとつです。 1人は好きだけど、独りはお嫌いな貴方に、捧げます。 twitter▶︎▷ https://twitter.com/nerenai_yoruni

こちらでもピックアップされています

人生1回目だから、許してよ。
人生1回目だから、許してよ。
  • 41本

日常のエッセイ集。 人生1回目だから、許してよ。

コメント (6)
みくりや佐代子さん
ありがとうございます…!「普通」の人のエッセイだって悩み抜かれて書かれたもので、その人生にもさまざまな形の「普通」があることを忘れない人間で居たいとつくづく思います。わたしが書いたこの記事も、ちゃこさんにコメント頂けて報われました☺️
優まさるさん
お読み頂きありがとうございます。まさるさんの記事のどこか温か味のある感じに最近憧れていて(特に先日の「ロバの前髪」を含めて)わたしも強く、そして優しい文章を届けられる人になりたいと感じている次第です。
初めてsuuさんのnoteを拝見しました。肩書きや何者であるかってnote自分も考えたりして、noteに書いたことがあります。
必要以上に着飾ることなく有りのままでいたいですね。すごく共感しました🎵
深澤祐介さん
コメントありがとうございます。ありのままの幸せを感じ取ることができる人こそ、実は一番大人なのかもしれませんね☺️お読み頂き嬉しいです…!
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。