見出し画像

涙のキーボードと恐怖のグラフィックデザイナー

東京の町田市でデザイン事務所と小さいメーカーを生業にしている角南です。(有)TSDESIGN代表。アウトドアブランドMONORAL代表。
サラリーマンデザイナーを5年、フリーランス3年くらい、会社にして15年ほど工業製品のデザインの仕事しています。仕事を通じた見聞、体験を書いていこうと思います。

デザイナーはその扱う分野によって、幾つか職種として分類されています。私がやっているのが工業製品などカタチのある物を扱うプロダクトデザイナー、WEBサイトのデザインをするWEBデザイナー、建物の室内などをデザインするインテリアデザイナー、服のデザインをするファッションデザイナー、などです。中でも一番想像しやすいのが印刷物など平面物のデザインをするグラフィックデザイナーかと思います。今回はそのグラフィックデザインの話し。

なんでそんなに食うの遅いんだ!

2005年頃、会社を辞めてから3年ほど経った頃、私は色々な伝手を通じてデザインの仕事を募集してましたが、プロダクトデザインの仕事を得ることは難しく、たまにWEBサイトの制作と簡単なカタログなどの印刷物のデザインを請けてやっていました。今ではほぼ100%プロダクトデザインの仕事なので、隔世の感があります。

そんな折、前職の会社に出入りしてた広告畑の人を介してグラフィックデザイナーI氏と知り合いました。昼食の席だったのですが向かいに座った彼は早々に出された品、多分カツ丼だったような、を平らげ、たまたま歯の治療中で食べるのが遅い私に「なんでそんなに食うの遅いんだ!」「そんなことじゃデザインなんて出来ねーぞ!!」となぜか初対面の自分に食ってかかってくるのです。

「ええ?食べる速さとデザインってなんか関係あるのか?」と思いつつ、ペーペーで気も強くない自分は「すいません」などど謝りつつ、なぜか間に入った人が「彼は若くてスキルもある優秀なデザイナーだ」と説明してくれたからなのか後日渋谷にあるI氏の事務所に来いということになったのです。

その事務所は入口こそ汚い雑居ビルでしたが、2階分のフロアを貸し切りお洒落なデザイン家具で彩られた(勿論オーディオはB&O)いかにもデザイン事務所という感じで、特に驚いたのが半分くらいのスペースが図書館のように本棚になっていて沢山の雑誌がストックされていることでした。

I氏に呼び出された私は、何やら頁数の多いカタログのデザインの仕事があるから手伝え、ということでした。行ってみて知ったのですが、その事務所はカメラメーカーとか家電メーカーの広告からカタログ、誰もが知っているファーストフードチェーンの広告から紙什器など、沢山の一流企業の仕事を手がけていて、ちょろちょろっと見よう見まねでグラフィックをやっていた自分とはかなりレベルの違う世界でした。

涙のキーボード

とりあえず適当にその事務所に通い、紹介された社内のデザイナーNさん、小柄で自分より年下の女の子でしたが、とそのカタログ制作をおこなってくれと言うことになりました。そこで見たのがNさんを含む彼等の苛烈な働きぶりでした。

仕事の流れは大まかに、
- I氏からこんなのがやりたいというラフ(適当な鉛筆の殴り書き)を受け取る。
- それをパソコン(その社内ではillustrater v8くらいを使っていた)でカタチにする。
- こうじゃないなとなり、また違うアイデアを試す。
ということを繰り返します。

そこで言われたままやっても面白くないということもあり、ちょいちょいと自分もNさんも自身のアイデアを混ぜたりするのですが、それが評価されればいいですがそうでないと大変、I氏からの罵倒が待っています。「誰がこんなコトしろと言った!?」「俺の視界に入れるな!!」「すぐ言われたとおりにやり直せ!」など容赦ない言葉が浴びせられます。自分は外部の人間ということもありそこまでじゃなかったですが、一緒にやっていたNさんはサンドバック状態。さらに酷いのは言われたとおりにやった結果ですら、I氏的に気に食わないとそれもボロクソに言われ、「お前は自分で考えられないのか!」などと言われ何十頁もあるデータを最初からやり直しさせられます。

ページ機能の無かった古いillustraterで何十頁もあるデータを一気に直すのはかなり大変な作業ですが、それでもNさんは凄い集中力でみるみるやり遂げて行きます。凄いなぁと思いながらその手元を見るとキーボードが濡れています。なんと泣きながら作業してます!涙がキーボードに滴り濡れているのです。それでもNさんは文句一つ言わず手を休めることもなく作業をしています。それに気づいたI氏は「なんだN、目から水が出てるぞ」と一言かけるのみ。

このようなハードな働きぶりは、その事務所にいるどの人も行っていて、女性でもスタジオに三徹で撮影とか、夜中の10時頃に広告代理店の人が酔っ払って入ってきて「8時にプレだから(プレ=プレゼンテーション)」と言われてデザイナー達は即席で写真を撮って徹夜で広告の見本を作ったりとか、納期が3時間とかそういう世界でした。でもその作る物はとてもレベルが高く自分はいつも感心していました。

一流とは妥協しないこと?

この仕事を通じて、自分は、文字要素の扱い方、ページ物の構成などグラフィックデザインの基礎を学ぶコトができてラッキーでした。さらに一番勉強になったのは一流のデザイナー(業界的にはアートディレクターというポジション)でも一回で良い答えに辿り付くわけではなく、妥協しない精神で納得するまで何度も何度も作り直す姿を見たことです。まあそれを実行するのは下々のデザイナーなわけですが。他にも支給された写真の質が悪いが撮り直す予算がないとなれば、何百カットもある写真を全部手加工して修正するなど、躊躇なくクオリティアップに取り組むの彼等の仕事は本当に凄いなと思いました。その分人間が削られてますけど。

自分は不効率ことに耐えられないので、indesignを導入してデザインワークを高速化するなど技術面ではかなり貢献したからなのか「うちに来い」とI氏は誘ってくれましたが、プロダクトデザインをやりたかったので行きませんでした。

恐怖のグラフィックデザイナー

2016年頃に知り合ったM氏。共通のクライアントを持っていて、自分はプロダクト、彼はそのグラフィックデザインを担当した繋がりで知り合いました。彼は化粧品などの広告を手がけていて、表参道に立派な事務所も持っています。ちょっと面白いのは広告代理店を通さずに仕事を取ることを流儀にしている点。アメリカでデザインの修行をして、聞いたらそれも過酷だったらしいです。

流石にもう自分もいい年だし、畑も違うので怒られたりすることもなく、逆にプロダクトデザインのことを相談されたりしてたまに一緒に仕事したりと親しくして貰っています。

さてそのM氏、本人曰く「俺はメチャクチャ怒るよ」とのこと。最近では丸くなったみたいですが、過去には「8時間怒鳴り続けて、スタッフが失神して倒れたことがある」と自己申告。そのスタッフは他のスタッフに引きづられていったらしい。確かに声に力もあるし、怒ると怖そうである。

他にも何件かサンプルがあります。自分の印象では成功したグラフィックデザイナーは皆「気が強い」。プロダクトデザイナーもその傾向は多少ある気がしますが、グラフィックデザイナーは比じゃ無い気がします。

まとめ

グラフィックデザイナーの気が強いのは何でかと理由を想像してみると、まずプロダクトと違いグラフィックにはコスト要件というものがほぼなく、制作費はあるにせよ製造コストは印刷代なので、デザインが良かろうが悪かろうが基本一緒。そうなるといくらでもデザインを追求し放題、精神の限界まで質を求めた者が勝つ!みたいな世界になっているのが一つ。

もう一つは、工業製品には機能やコストといったデザイン以外の判断要素が沢山あるので、デザインの良し悪しだけが単独で取り扱われることが無いのに対し、グラフィックの良し悪しはほぼデザインのみ、そしてそれは人の感覚に頼るしか無い。そうなると「これが最高だ!」という強いオーラを発揮するデザイナーが結果を勝ち取っているというのことなのかも?

実際のところデザインセンスというのは訓練して身につけた人にはあり(元々ある人もいますが)、ない人にはないので、説明しても通じないことが多くそうなってしまうのかもしれません。また部下に論理的に説明するのにも時間がかかるので、仕事ではI氏のように罵倒するようになってしまうのかも。

何れにしても多大な自己否定に耐えられるか、最初からセンスが身についているか、どちらかがプロのデザイナーを目指す人には求められる気がします。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?