見出し画像

職業・自分。

私は、元小学校教員なのだけど、
7年前に退職して、学校現場を一度離れ、「教師」の自分を手放した。

「自分に何ができるのか?」「これから何をして生きていきたいのか?」
を、試行錯誤で手当たり次第試して、飛び込んで、ぶつかって…。
の、紆余曲折の結果、たどり着いたのは、「教師」だった。

「学校」という現場を飛び出して、自分の居場所を探したら、
たどり着いたのが「学校」だった、という、
なんだか童話のストーリーみたいな人生なのだけど、

というわけで、
今、私は「自分が作った学校」の教師をしている他に、
「教育相談員」として、リアルに学校現場に戻っていたりもします。

毎日、学校の廊下を歩きながら、7年前に教員を退職した時と、今とで、
変わっていることと、変わっていないことについて思いを馳せて、
あぁ、無駄じゃない7年だったな、って、最近よく思います。

自分の生来の性質は、7年経っても全く変わっていなくて、
ざわざわした場所で声を聴き取るのとか、
大人数の中で集中するのとか、
時間割通り動くのとか、あちこちに移動しながら仕事をするのとかは、
変わらず苦手で、ドッと疲れるので、
あぁ、やっぱり苦手だなぁ。辞めて良かった
って思ったりもするのですが、

逆に、以前の私が持っていなかったものを、今の自分が持っていたりするのに気が付いて、7年の間に何を身につけていたのか、ということを客観的に把握する機会になったりするのが、ありがたく面白いなぁ、と思っています。

オンもオフもほぼ教師である、ということの安心。

そんな、
「あの頃は持っていなかったけれど、今持っているもの」
の中で、
なかなかデカいものを今日発見しました。

それが、
「職業:自分」。

何があったかというと、
生徒に身バレしたんですよ。(笑)
これまでも、何人かには既に発見されていて、
そりゃ、本名でやってるから、発見されても当たり前で、
その覚悟がなかったら本名でやってないよね。

というわけで、
バレたところで、逃げも隠れもできないわけで、
というか、逃げたり隠れたりするようなことはやっていないわけで、
なんなら、学校では、
オブラートに包んで遠慮して、遠回しにちょびっとずつ、
お伺いを立てながらじゃないと発信できなかったものを
オンラインは、ドーンと素材でお届けしているので、
逆に都合が良かったりもしたりするのですが。

表の顔も裏の顔も同じ、っていうのは、
とても安心だ。
と、同時に思ったんですね。

7年前は、表の顔は一生懸命「教師」にしようと頑張っていたけれど、
オフになったら、とてもじゃないけど自分でも目をそらしたくなるような、
グズグズの生活をしていて、(まぁ、ヘドロのように疲れていたので、どうしようもなく、それしかできなかった、というのも多分にあるのだけど)自分で自分の生活が大嫌いだったんだよね。とても恥ずかしいと思っていた。

そんな、人には見せられないような裏の顔を抱えながらの教師生活は、
本当に本当に辛かったので、
誰かに、自分が大嫌いな本当の自分を見抜かれたらどうしよう、って、
いつも怖かった。

だけど、今は、どうだ。こうだ。

毎日noteを書いている、ということは、
まじでリアルに自分の素顔と内面を毎日アップロードしちゃってるので、
ほとんど何も隠し事がないんですよ。

そんなね、毎日、綺麗に加工したの出せないよ。
毎日もぎたて生搾りだよ(笑)

というわけで
教師として、カウンセラーとして、
表も裏も、いつでも、どこでも、言ってることとやってることが一致している、ということは、本当に自分が楽だし、心地いい。ということに、
今更ながら、気が付いたんですね。
なんか、いつの間にか、すごいことを成し遂げていたぞ。と。

これぞ「自己一致」というやつだなぁ、って思った。
(カウンセラーの3つの心得
 「共感的理解」「無条件の肯定」「自己一致」)

私は、教師である前に、「私」なんだな、と思う。

このnoteを書いている時の私は、
「教師」ではなくて、「私」だから。

だから、
いつでも、「私」でいる状態が、
そのまま仕事に活かせてる、ということは、

職業:自分

って、言えるよね、と、
思って、今日は、一人で「おぉぉ」ってなってました。

ウンウン。
いい人生、歩んできてるぞ。(と、めっちゃ自分を褒める)


あなたの仕事は、なんですか?


それではまた明日。
すみぃ でした。

↓明日締め切りです!


私のnoteを訪れてくださって、そしてここまで読んでくださって、 本当にありがとうございます! よろしければ下のハート→「スキ」をポチッとしてくださったら とっても励みになります! これからもホッコリできる発信を目指して頑張りますー(^^)