「車のない暮らし」が生む幸せなまちづくり―ドイツ・フライブルク・ヴォーバン地区視察レポート
ドイツ南西部の環境先進都市フライブルク。その中に、世界中の視察団が「ここに住みたい!」と絶賛する、不思議な魅力あふれる住宅エリアがあります。その名も「ヴォーバン地区」。
今回、ヴォーバン地区を弾丸で視察してきました。短い滞在時間でしたが現地を実際に歩き、その革新的なまちづくりを肌で感じてきました。
住民たちの手でつくりあげられたまち「フライブルク・ヴォーバン地区」
ヴォーバン地区は、フライブルク中心部から南へ約3kmに位置し、約5,500人が暮らす住宅エリアです。その最大の特徴は、行政主導の一方的な都市計画ではなく、初期段階から住民の意見やアイデアが積極的に取り入れられてつくられたまちだということ。
環境と住宅、どちらも住民が「自分たちのまち」をつくる意識をもって関わり、住民参加型の開発が進められました。
子どもたちが道路で遊びまわる「車がいない」まち
ヴォーバン地区が他の住宅地と大きく異なるのは、「車のない暮らし」を実現していること。住宅街には駐車スペースがなく、通り抜け交通もできないため、子どもたちは安心して家の前の通りで遊ぶことができます。
さらに、宅配や緊急車両など必要最小限の車両が進入する場合でも、最徐行が義務付けられており、特別な存在として扱われています。ルールで決まっているだけでなく、住宅エリアの道路を主要道路に対して「コの字型」にするなど、道路設計が工夫されています。
道路は子どもたちにとって「遊び場」となり、結果的に住民同士の交流も自然と生まれやすくなっています。つまり、道路が社会福祉的な空間としての役割も果たしている、ということです。
研究によれば、子どもにとって最適な遊び場は一番が自宅敷地内、次いで自宅前の道路であるといいます。ヴォーバンの取り組みは、まさに子どもたちにとって理想的な状況を実現しています。
「車を持つこと」による利便性だけに頼らず、自転車、徒歩、そして公共交通機関の利用が当たり前の生活。それによって得られるのは、人同士のつながりと安全なコミュニティ、そして地域の豊かな交流です。
車を持つことのハードルを上げて、「車のない暮らし」を徹底する
「車のない暮らし」をさらに徹底するため、ヴォーバン地区の約4分の3は「カーポートフリー住宅地区」に指定されています。車を所有したい住民は、エリア外にある立体駐車場に駐車権利を購入し、そこで車を保管しなくてはなりません。
このような仕組みにより、車の利用は最小限となり、人々は車に頼らないライフスタイルを自然と選択するようになります。
当初予定していた3ヶ所の駐車場は、現在2ヶ所だけで十分機能しているとのことで、残り1ヶ所は予定地のままになっています。
豊かな自然と人々の暮らしの共存
さて、そんな車のいないヴォーバン地区を歩いていると、豊かな自然が暮らしの風景と溶け合っているのを実感します。
ヴォーバンでは都市計画の際、既存の樹木や植生の保護が最優先されました。地形を活用した都市計画が行われ、屋上緑化や雨水浸透システムの導入により地下水位を安定させています。
地下水位が安定することで、樹齢の高い木々が保護され、その結果、多様な草木や昆虫、小鳥たちも身近な景色として地域に馴染んでいます。
ヴォーバンの自然環境は、植生の遷移(草地から森林へと移行する過程)をヒントに多様性を取り入れています。土地固有の植物はもちろん、多様な植生が時間とともに生成されるよう設計されているため、年月を重ねるごとに、さらに豊かな自然と都市との共存が見られるでしょう。
「ソーシャル・エコロジーコンセプトの10か条」に見る持続可能性
ヴォーバン地区では、コミュニティづくりと環境保全を両立する「ソーシャル・エコロジーコンセプトの10か条」が掲げられ、多面的なまちづくりが進められています。
・適度な人口密度の実現
・既存の樹木や植生の保護
・商業施設と雇用の誘致
・カーフリー設計
・緑地確保や屋上緑化
・廃棄物の堆肥化
・高断熱・高気密建築の推進
・地域暖房とコージェネレーションシステム
など、その取り組みは多岐にわたります。
こうした取り組みは単なる環境配慮にとどまらず、人々が長期的・持続的に豊かに暮らせる基盤づくりを意識して行われており、多様性を尊重したコミュニティづくりを目指す当社にとっても、とても参考になりました。
ヴォーバン地区の取り組みを、日本のコミュニティづくりに応用する
ヴォーバン地区の事例は、日本が抱える住宅地開発やコミュニティ形成の課題にも応用できる、大きな可能性を秘めています。特に自然を活用しながら、多様な要素が共存できる空間を構築する方法は、組織やコミュニティ運営にも通じるものがあります。
たとえば、最近日本でも増えている「コンセプト分譲」。「子育てしやすい街」「環境配慮型の住まい」など、あらかじめ独自のテーマやコンセプトを掲げて開発する分譲地のことです。
この「コンセプト分譲」を考える際にも、計画時点から住民の声を取り込み、地域が目指す方向性と実際の暮らしを一致させる、とう取り組みはこれからの時代に必須となるはずです。
ヴォーバンのようにはじめから住民参加と環境視点を組み込み、人や自然、そして社会が有機的につながる空間を目指すことは、これからの日本のまちづくりにおいても欠かせない視点です。
誰もが安心して豊かに暮らせる持続可能な都市づくりへのヒントが凝縮されていました。
視察を終えて:自然と都市の共生は夢物語ではない
今回の視察では、環境先進都市が描く“理想の生活圏”というものがどういうものなのか、間近で見ることができました。
自然を活用し、車を排除し、住民同士が緩やかに繋がり合う。そんなまちづくりは、決して夢物語ではないことを実感しました。ここで得たものを、日本でのプロジェクトやコミュニティデザインに活かしていきたいと思います。
株式会社SUMUS 代表取締役
小林 大輔