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すみだ向島EXPOだけじゃない!めざすのは日常からなじみ、ともに成長しあう町とアートの関係性バーバーアラキにできた、世にも不思議な雑器店の謎に迫る(3)雑器店・店主兼アーティスト・海野さんに再び訊く

第3話「町とアーティストは、ともに育ち、新陳代謝していく」

前回は、雑器店にまつわる方々から、自分の地元、ホームタウンに寄せる思い、そこから見える京島地域の可能性についてお伝えしました。
最終回は、京島とアーティストがどう関わり、成長していけるのか、再び、雑器店・店主で画家の海野貴彦さんの視点から可能性を探ってみます。

アーティストが成長する町、京島の魅力

Q:MちゃんやSさんのお話からも、みんな自分の地元に対しては複雑で深い愛があるんだなあと感じました。海野さんから見て、京島の魅力って何でしょうか?

海野さん:さっき、すみだ向島EXPOの仕掛人・後藤さんが、雑器店の水漏れを直すのにつなぎ着て現れたでしょ。この町にいる人は、皆、いろんな顔を持っているんだよね。代表の顔、作業員の顔、、、それらを総称して、誰々さんという具合に。こういうところがすごく好きです。この町の大きな魅力だと思う。

Q:そのような環境で、アーティストはどんな影響を受けますか?

海野さん:例えば、雑器店の“福”店主であり、出品もしてくれている小孫哲太郎。彼とは一昨年、俺が大やぐらを組んだ時からの付き合いだけど、当時はいわゆる「陶芸家」だった。もちろんものすごく優秀なんだけど。その彼が、昨年のすみだ向島EXPOでの「京島クロスロード村」では村長を務め、京島界隈を「野人」になってうろつき始めた。知らない人から見たら誰だ?ということだろうけど、小孫さんはものすごくまじめな人で、この町にどう関わるかぐっと考えた結果として野人の格好で「望郷哲太郎」になった。その小孫さんが、今年は岐阜の芸術祭において、セロハンテープを使い透明な大きな箱を作り、現代アートの領域で受賞した(参考)。つまり、陶芸家から美術作家として一歩踏み出したわけ。それはここと関わったからできるようになったんではないかと俺は思っています。京島で活動するうちにパカっと新たな能力が開いたんではないかと。それまでは職人のように陶芸家として生きてきたのに領域を広げられた。俺個人としても、小孫さんをこのネタでいじくり倒せるようになって、めちゃくちゃうれしい話だよ。

京島クロスロード村の「望郷哲太郎」をやっている小孫哲太郎さん
小孫哲太郎さんの”A面”作品。かっこいい。

町の魅力と面白さを発見する観察力

Q: それは素晴らしいですね!雑器店の最終日には、お買い上げのお客様に京島名物のたこ焼きがもらえる券を配っておられたとか。まさしく“福”店主だなあって思っていましたが。京島の人達が様々な顔をもって活躍するように、アーティストも変容・成長していったってことですよね。
逆に町にとって、アーティストが関わることの意義は何だと思いますか?

海野さん:アーティストって、観察眼がすごいんだよね。例えば、この塀の角の美しさがいいとか、人にとっては何の役に立たないものだけど、素敵なところを見つけながら、町にとって何があったらうれしいか、面白いか、働きかけることができると思っている。だから、雑器店でもたくさんの作家さんたちに関わってもらったように、これからも不特定多数のアーティストが来る状況を増やしたいと思っています。
ただ観察眼っていうのは、本来はアーティストだから持っているわけではないんです。才能やセンスではなく、心がけなんだと。練習は必要だけど、みんなで面白いものを見つけあっていくことでできるようになる。俺は「センス」という言葉は、信用ならないしコツコツ積み重ねることには勝てないなと思っている。家がひしゃげるほど本を読んでいる人がいきなりそうなったわけではないように、積み重ねが必要なんだと思う。だから、町に関わる人は、アーティストに限らず、みんな、少しずつその観察眼を養っていると思う。町づくりに関わりたいMちゃんとか、雑器店スタッフをやってくれるSさんとかもね。

話しながら、作品の配置にも気を配る店主・海野さん。曰く、
自分と”福”店主の小孫さんでは、配置の仕方が違ってて面白いらしいです。

思いをくみ取りつつ、誤差も意識しつつ
「面白い」を創り出していく

Q:アーティストに限らず、京島の町づくりやすみだ向島EXPOに関わる人をもっと増やしていけるとよいですね。海野さんがこの地域に関わるうえで大事にしていることは何でしょうか?

海野さん:今、すみだ向島EXPOの後藤さんたちは、朽ちてきて耐えられなくなりつつある、だけど魅力的な京島の建物を、町の財産として使える形に引き上げようとしている。その中で、俺は、彼らが京島で何をやろうとしているか、やりたいと思っているか、馴染みきらずに理解していくことが大事だと思っています。地元で頑張っている人を見つけてはビューンとやってきて、衛星みたいに距離はずっと詰めないし、馴染まないけど、関わり続ける。そのうえで「ちょっと面白い」を作り続ける。外側からの目線で「何があったらよいかなぁ」と町を見て、そこにあったものやなかったものを、少し「ズレ」を作りながら、配置していきます。それこそキャンバスに点を打つような感覚で。

距離はずっと詰めないし、馴染まないけど、関わり続ける。
そのうえで「ちょっと面白い」を作り続ける

Q:どうしてこのようなアプローチになったのでしょうか?

海野さん:例えば、自分がこれまで関わってきた愛媛や大分などの地方でEXPOのようなイベントをやったことがあります。そこは、人々が口々に「今は静かだけど、昔ここは賑わっていたんだ」という場所で、人を集って数ヶ月過ごしたら「おまえさ、この町はすごく静かでよかったんだぞ!」と怒られちゃった。実はみんな、ちょっと前の景色を回顧するのが好きだったんだんです。つまり、人が町に対して持つ感覚には違いがあるので、以来その点を意識するようにしています。この町の歴史は何か、現在はどういった状態なのか、自分が今、表現しようとしていることは、それらと照らし合わせどんな意味があるか考えたうえで提案しています。これは面白いことに、美術作家として自分のあり方とも共通しています。絵を描くうえでも、美術史の流れから見た時に、自分がどこの部分にどう取り組んでいるのか意識して描く。そうしないとやっていることを見失っちゃうわけだけど、町に関わることも同じだなと。

Q:そういう意味では怒られたのは良い経験でしたか。

そうね。もちろん、喜んでもらえるのが一番だけど。だから、京島でも、第三者からみたらどう見えるかはわからないけれど、真剣に考えている地元の人の思いを汲みつつ、これならきっと悪くはないだろうということを信じて、おもしろいことをやっていく。人が"おもしろい"と感じるには確実に理由があると思っているので。

いろんな人が出入りして、会話と交流が起こる雑器店

今年は、クロスロードに大劇場を作る!

Q:今年のすみだ向島EXPOも近づいてきました。海野さんが空き地で展開しているプロジェクト「海の家」の設営も始まっていますが、今年はどんな展開になりますか?

海野さん:2年前には、京島にある通称・旧邸稽古場の裏庭を借りて、東京ビエンナーレの展示として「野営」というユニットで大やぐらをつくりました。その時は「よくもまあ、でかいの建てたなあ!」とは思ったものの、絶賛コロナ禍中というのもあり、実は自分たちの本来の出力の1/5くらいに抑えてやっていて、悔しい思いもある。だから、今年は京島クロスロード村で、リミッター解除して「ほれ、みたことか!」というくらいすごいものを作りたい。2023年の大やぐらにはユニット「野営」の相棒であるイワモトジロウをはじめ、やぐらの作り手や、できあがったやぐらで発表するアーティストや地域の方など、大勢の人が関わることになる。そんな団体を率いる代表としては「関わった連中がやりたいことにどれだけ純粋に集中できるか」を実践する場を用意したいと思っています。そこに、かりそめの大劇場を作り、芝居や公演、町の人も上がれる舞台にもしたい。
それとは別の、道の向こうの海の家プロジェクトの方はそろそろ始めて、夏には目に見える形にする。それらに向けて時間をかけてこの街に滞在していこうと思っています。

去年の海の家。今年はどうなるか、お楽しみ。

 Q:そうやって入り込むのが面白いですね。

海野さん:地元の人たちのやっているところに作家がちゃんと間借りして活動できるのが、面白いことが起きている場所の共通点だと思う。2年前の東京ビエンナーレで大やぐらをつくった時も、小さい頃から盆栽を育てている95歳のOさんの盆栽をお借りして、やぐらの受付に盆栽の展示スペースを作った。すごく丁寧に育てていらっしゃった盆栽を展示することでみんなに見える形で大事にできたのがうれしかった。Oさんが毎朝、受付まで来て水をやっていたりと、いつもの日常にもちょっとした変化を生んでいたけど、それもまたよい風景だった。でもOさんにも複雑ないろんな気持ちがあったと思います。最終的に大やぐらを解体するときには、盆栽を置くためのきれいな展示台を作ってお返ししました。「借りた後はそれ以上にきれいにして返す」が自分たちの標語なので。

Q:大事な「掃除」のお話に、最後戻ってきましたね(参考:第一話)。今年のすみだ向島EXPOも楽しみにしています。ありがとうございました。

大屋台の受付にも並ぶOさんの美しい盆栽の数々
閉店直前の店の前にたたずむ海野さん

後記

最終回は、雑器店・店主の美術家・海野貴彦さんにバーバーアラキで開催されていた「雑器店」から、さらに視点を上げて、アーティストと町との関わりについてお聞きしました。京島で住んでいる人とアーティストが関わりあうことは、古いものを活かしながら、未来に向かってともに新陳代謝していくプロセスそのもののように感じました。京島がますますたくさんの人を惹きつけている理由はここにあるのかもしれません。今年のすみだ向島EXPOが、地元の方も巻き込んで、さらに大きな輪が広がるといいなと思いました。最後に取材に協力していただいた海野さん、Mちゃん、Sさん、どうもありがとうございました。

特報!2023年8月1日から雑器店が再び始まります。

詳細はバーバーアラキのinstagramからご確認ください!

取材・執筆:西山由里子


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