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夏の声

まぶたを閉じて息を止める
「俺らがいなきゃ夏も感じらんねぇらしいぜ」と大声で誰かが言った。
「私の努力はいつになったら評価されるのかしら」続けて聞こえる。
「今年も大勢の奴らが汚しにくるぜ」
毎年7月20日の正午。
私は聴覚に全神経を集中させた10秒間だけ夏の声を聞くことができる。
ツクツクボウシが太陽が海が偉そうに人間を蔑む。だから私は夏が嫌いだった。みんなが楽しく遊ぶ中私は一人読書をしていた。外に出るとたくさんの虫たちの声、眩しすぎる太陽、膨大な海が広がっていたから、彼らはいつも私を見下しているように見えたから、そして勝てないことをわかっていたからだ。それくらい夏は強かった。

4時間目の終わりのチャイムが鳴った。
今日は7月20日。夏休み前の終業式の日でクラス中が目を輝かせながら夏の予定を立てている。親友のめぐもその一人でニヤニヤしながら話しかけてきた。
「今年はうちらが高校生でいれる、子供でいれる最後の夏じゃん?あんただって卒業したらこんな田舎から出てくでしょ?だから最後に、、、海行かない?ワンピースと麦わら帽子で!」
「はぁぁぁ?」私はため息をついた。
何言ってんの?そんな子供みたいなかっこしてどうすんの?それにめぐは私が夏か嫌いなことを知ってるのに!
「無理無理!却下!」私は言った。
それでもめぐはいつもよりしつこく諦めなかった。
「13時に海浜前駅集合で!」
それだけ言うと北風のように去っていった。

冗談じゃない!と思いながら私は家への道を歩いていた。
でもめぐに罪はない。彼女は私が夏の声を聞くことができるのは知らない。だからただ暑いのが嫌いな女だと思っているだろう。第一誰にも話したことがない。中学生になってから自分はおかしいのかと思い始めた。それまではまるで自分が一種の素晴らしい才能を持ってるものだと思い、自分は魔法使いだと思い込んでいた。しかし中学に上がって、サンタはいないのを知ったのと同じように、魔法なんて使えないと認知した。そうしたら私のこれはなんなのか。幻聴なのかもしれない。そう思い出すと怖くてそれ以来夏の声を聞くのはやめた。

13時に海浜前駅か、時間は十分にあるな。そう考えながら私はめぐの言った言葉を頭の中で繰り返していた。高校生でいれる、子供でいれる最後の夏。私だって夏に憧れたことは何度もある。正直に言うと、白いワンピースも麦わら帽子も持っている。母に必死にせがんで買ってもらったものだ。このまま未使用品として永久にタンスから出てこないのかな。白いワンピースなんて子供限定だし、子供……
……高校最後の夏、子供最後の夏、挑戦してみてもいいのではないか。もう一度夏の声を聞く、、、
そもそも幼い頃の記憶なんてあまりあてにならないのではないか。夏が嫌いなあまりただのセミの声が悪口に聞こえたとか、夢と混ざってしまったとか、そんな可能性は山ほどある。それにもう5年は夏の声を聞いていないし、3月には卒業して働きに行かなければならない。いつまでも子供のままではいられないのだ。そう思い、私は夏の声を聞く決心をした。

11時55分、私は表に出る。
決行の場所は家の裏川。すぐそばに海が見えていて、幼い頃はここで何度も夏の声を聞いてきた。…56分…57分…58分刻々と時間は過ぎる。59分…12時00分ちょうどでわたしはまぶたを閉じ、息を止めた。

「俺らがいなきゃ夏も感じらんねぇらしいぜ」と大きな決まり文句が聞こえてきた。あの時のセミだ!そんなわけあるはずがないのに懐かしさでいっぱいになった。
「わたしの努力はいつになったら評価されるのかしら」太陽がより一層輝いてそう言った。
「今年も大勢の奴らが汚しにくるぜ」
綺麗な水で大きな波音を立てる海。
彼らに恐怖なんてなかった。あるのは夏を思う気持ちだけだったのだ。
そして息が長く続くようになったせいか今までなかった続きが聞こえてきた。
「しょうがねぇな、お前のために一肌脱いでやるよ」と全員が口調を合わせて言う。
なあんだ。案外優しいんじゃんと思ったのが先か言ったのが先か。
「ありがとう…なんて言うと思ったかバカヤロー!あんたたちのせいで18年間生きてきた夏がほとんど無駄になったっつーの!だからせめて今年こそは、今年こそは、全力で楽しんでやるー!!!」
ハァハァ言いながら言い切った。
きっと彼らには届いていない。言い切る前に息を吸ってしまったから。それにきっと来年は聞こえないだろう。
そんなことはどうでもいい。
わたしは未使用だったワンピースと麦わら帽子を着て家を飛び出した。

「忘れられない夏にしろよ」

どこからともなく聞こえてきた声に私は笑顔でVサインをした。

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