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連載小説 【 THE・新聞配達員 】 その73


73.   硬くて分厚い裏表紙の次は腕



佐久間さんのおかげで人生の
抽象度がたっぷりと上がった。

妄想と現実を行ったり来たり。

でももうどちらも妄想でも現実でもない。
ちょうど目の前に分かれ道があるだけだ。


左の道は「アナグラ・アーティストへの道」。
佐久間さんが待っている。


右の道は「カナダへの道」。
友人の常磐木氏が待っている。


そして、
真ん中の道は「新聞配達員への道」。
今の道の延長線上だ。
優子さんのご飯が待っている。

いや、すっかり忘れていた。
私は学生だった。
私は一応まだ音楽学校に通う学生だ。
その学費を稼ぐ為の新聞配達だ。
私たち新聞奨学生だけが学校と新聞がセットなのだ。


学校に通うために東京に来たんだ。
新聞を配るために来たのではなかった。
くそったれ音楽学校。


自分のことを
新聞配達員だとばかり思っていた。
そのほうが似合ってはいるが・・・

学校のカリキュラムは2年間ある。
2年間分の学費をもう
新聞屋さんは払ってくれているのかもしれない。


新聞屋さんへの配属は学校がしてくれたわけだから
出発点は学校。
この東京生活の出発点は学校だ。

学校に辞めることを言わなければならない。
【カナダに行く為の手続き】のひとつだ。
自分で紙に書いたんだ。

しかたない。
前に進むしかない。
後ろかも知れないが。
とにかく友人の待つ【右の道】に進もう!


よしっ!
今日はいつも寝ている時間に寝ずに
学校に行くとしようか。
ビールは飲めないな。
辛いな。
一口くらいならバレないかな。
バレても別に車を運転するわけではないからいいかな。
授業に出るわけでもない。
演奏するわけでもない。
未成年でもない。

おや?
飲んだらいけない理由がなくなってしまったぞ!
あとは、臭いか臭くないかだ。
その違いしか思い付かないぞ。


よっしゃ〜!
では飲もう!
ビールをたらふく飲んでから学校に行ってやる!
そのほうがちゃんと話も出来るはずだ!

プッシューー!
グビグビ!
プハー!

我慢した分、旨さで返ってきた。

グビグビ
プハー!

グビグビ
ブハー!

ごくごくごくごく・・・・


・・・・・・


気がつけば昼の2時。
頭がガンガンする。
この調子だと夕刊の配達もやばいくらい吐きそうだ。
もうお店に行かなければ。


とんだ臆病者だ。
飲まないと大事な話が出来ないだなんて。
長めのトイレを済ませてからお店に向かった。



次の日。


佐久間病が残ったままの私。
抽象的にしか考えられないメガネをかけたまま
今日はちゃんと学校に行くために電車に飛び乗った。
のんびりとした電車の揺れが私を
ますます自分だけの世界へと振るい落としていく。
もうだいぶ底の方まで来たようだ。


目の前に起こる出来事に翻弄されすぎてやしないだろうか?
この真田丸という男は。
男なのか?本当に男なのか?
おちんちんは付いてるのか?おい真田丸!


真田丸に話しかける私。
私が私に話しかける。
それは
いつもの癖。

そしてそのやりとりを、
まるで屋上に設置したカメラで
撮影しているかのような鷹の目で
遠く頭上から私は、
私たちの間抜けな姿を見つめていた。


いったい私は何人いるんだろうか?
今のところ3人か。
まだ増えそうだ。


私A『私は新聞を配りにきたのではなくて
音楽学校に通い音楽を学びにきたんだ。音楽に全身全霊を掛けるんだ!
頭の線のどれかを一本だけ切ってしまえ!音楽そのものになれるぞ!』

私B『いや、音楽学校なんて格好の良いテイ。ただのきっかけにすぎん。なんでも良かったんだ。1年間を埋めるのには十分な経験だった。良かったな真田丸!早く飛行機のチケット代貯めようぜ!』

私C『そうだな〜。なんせ新聞配達が似合いすぎているよな〜。気が付いたら終わっているしな〜。これで飯食えて住む所もあって小遣いまで貰えて最高だよな。このままこのお店に居るのが一番楽チンだな。それが一番性に合ってるんじゃないか?真田丸。優子さんのメシ最高だろ!』

いったい私は何がしたいのか?
いったい私は何者になりたいのか?
私がいっぱい居すぎて
私がまとまらないでいる私。
私。
私。
あー私。


自分のことだけしか考えなくていいなんて
幸せ者の私。

このままずっと
40歳50歳、いや80.90.100歳になるまでずっと
『音楽学校に通う学生だけど
お金が無いから新聞配達をしている新聞配達員』でいこうか?


いや、絶対にいけない。
たとえ、いきたくても追い出されるだろう。


そして
帰る所もなく、行く所もなくなる。
新聞からも見放されて、
古新聞紙に包まりながら
死んでいく。
そんな時が来るのだろうか。


理由を考えすぎなのだろう。
しかし人々は理由を求める。
そして
何を始めようとも辞めることを勧めてくる。


「音楽がしたい?やめとけ!」
「カナダに行きたい?何をしに?」


人々への説明には、
特に【しょうもない大人たち】には
『〜したいから』
『〜行ってみたいから』は
どうやら理由にならないようだ。


何の為にするのか?
したらどうなるのか?
それで食っていけるのか?
食えないんだったら無駄。
無駄だからやめろ!
これが脳の回路だ。


【しょうもない大人たち】は皆一様にして
「無駄」が嫌いなのだ。

生活費を稼ぐ以外は無駄。
お前は生活費を稼ぐ労働者になれ。
そう言われているようなもんだ。

決して芽🌱が出ることのない種を蒔いて
水をやるなど問答無用!もってのほか!
時間の無駄でしかない。
「お前の人生は無駄だった・・・」


しかし私は恵まれている。
そんな【しょうもない大人たち】が周りには居なかった。
なのに【理由】を追求しようとしている。


よしっ!
私よ!
私は心から湧いて出てきてしまった
【したいこと】をするのだ!
【したいこと】に理由などいらない!
私はこれを貫きたい!
自分を貫け!私よ!


【音楽がしたい】に理由などない!
したいと思った心を持ってしまったのだ!


【カナダに行きたい】に理由などいらない!
行きたいと思った心が広大なのだ!

音楽で飯が食えるのか?だと?
カナダになんて行って何をする?だと?


まだ行ってもないのに何がわかるというのか!
ましてやお前も行ったことないじゃないか!

ふー。

心のうっぷんをぶち撒けたので
スッキリした。 

スッキリついでに脱糞もしておこう。


ちょうど乗っていた電車が駅に着いた。


私は持っていた全てをぶち撒けた。
内包する全てをだ。


水が糞を流してくれるように、
時間が全てを流してくれる。
そう信じて、
何も考えずに
感じたまま行動しようぞ!


ゆけ!真田丸!


さて、
メモ帳はちょうどではなかった。
想いが熱くなりすぎたようだ。
最後のページでは書き足りなくて
硬くて分厚い裏表紙にまで
熱い思いを殴り書いていた。
これ以上書きたかったらもう
あとは腕しか残っていなかった。
新しいのを買わなくては。


さあ!いざ!学校へ!
軽い足取りで学校まで歩いた。

学校に『1年間で辞める』と言いに来たのだ。
【カナダに行く為の手続き】のひとつだ。
あと残っているのは【みんなに言う】と【お金を貯める】だ。

おでこには白い布に赤い字で【真田丸】と書いた
ハチマキを結んでいる気分。


私が2年間のところを1年間で辞めると言ったら
学校はどう出てくるだろうか?
ポマードで髪の毛をベタベタのガチガチに固めた理事長が
奥のそのまた奥の部屋から出てきて、こう言うかも知れない。



『2年間の所を1年間で辞められると困るんだよ君。
新聞屋さんからは、たくさん貰っているからねぇ。
来年の予算が立たなくなるじゃないか。
それでは私のモノまで立たなくなってしまう。
何としてでも君には2年間通ってもらうよ!
君は私の奴隷なのだ!わっはっはっ!』



なんて事を言われたりしないだろうか?


学校に着いた。
臭い。
いや、怖い。
学校の事務所まで来た。
小さな小窓を叩いた。コツコツ。ポンコツ。
変な音がした。


トッタッタッタッタッタ。
軽い足音が聞こえた。
女の人だ。

小窓が開いた。ガラガラポンコツ♪

「はい?どうされました?」

「あ、あのー、ここの生徒の真田直樹と言いますが」

「は、はい・・・」

「この学校に2年間通うことになってるんですけど
1年で辞めたいんですが・・・」

「あ、はい。分かりました。」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

見つめ合う二人。

ん?
あれ?
終わりかな?


この後の会話ってなんだったのでしょうか?


わからない時は聞くのが一番だ。


「えーっと、どうすれば?」
私は尋ねた。

すると
女の事務員さんはあっさりすぎるほど首を縦に振ってから言った。

「あ、はい。わかりましたよ。真田さんですよね。
伝えておきますね。」


不安でしょうがない私の目と目が合うと少し考えてから
話を続けてくれたお姉さん。


「じゃあ一応この紙に名前をフルネームとクラスも書いておいて
もらっていいですか?」

何かの裏紙だった。

私は大きな字で書いた。
【真田直樹・ロック科ギタークラス】と。


そうか。そうなのか。
辞める事は特別でも何でも無いのだな。
きっと続々と辞めていくのだろうな。
お姉さんのすっかり慣れた表情と手付きで
あっさりと退学手続きが済んでしまった。


戻る駅前にある牛丼屋さんだけが輝いて見えた。
入った。
290円だから。
そしてもうきっとこの駅には二度と来ないだろうから。


〜つづく〜

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真田の真田による真田のための直樹。 人生を真剣に生きることが出来ない そんな真田直樹《さなだなおき》の「なにやってんねん!」な物語。

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