見出し画像

買うより「作る」ほうがおもしろい (1)

2021年の春、いくつかの電車を乗り継いでたどり着いたのは、千葉県のいすみ市。

え、チェコじゃなくて千葉? そうです。「作る」をテーマにチェコの方を取材したい、という私に、縁あってご紹介いただいたのが、パヴェル・ベドゥナーシュさんだった。

ご自身の家族が暮らす家の大部分を自身で工事したということ、また、マリオネット劇場や人形も自作し、公演することもあると聞いて、私はいてもたってもいられずにご本人にコンタクトを取った。自身で工事されたご自宅の一部を民泊として貸しているというので、取材をするぞという心持ちと、海を見たい! という期待の両方を抱きながら、私は同じく作家である友人とともに宿に泊まることにした。電話越しにパヴェルさんは、「じゃあ、とにかく焚き火でもしながら一緒に話をしましょう」と言ってくれた。

千葉県・いすみ市へ

4月の天気のいい日、いすみ市の大原駅でパヴェルさんと待ち合わせた。パートナーの栄子さんの運転でお宅へ向かう。商店や学校のある通りを抜けると、元々は田んぼだったという一帯を中心として、里山に沿う車一台しか通れないような細さの道に通じていた。やがてたどりついたのが、「いすみ 里の家」。背の高い木に囲まれ、下からはまだ全貌が見えきらないその家で、パヴェルさんは栄子さんと2人の息子レオ君、ナオ君と、愛犬のビワとともに暮らしている。10分ほど歩けば、海に出られる立地だ。

里山の斜面に立つ「いすみ里の家」の入り口

軽い足取りで石の階段を登っていくパヴェルさんが、私たちが滞在する客室へ案内してくれた。里山の斜面には合計4つの建物が建っていて、そのうちの3つは中の階段でつながっているが、外階段を使って敷地内を行き来することもできる。手前の客室を0階とすると、パヴェルさん一家は母屋の1、2階にあたる部分で暮らしている。客室の開放的なハンモックが目に入り、早くも友人とはしゃいでしまった。

さらに階段を登って母屋の玄関を入り、パヴェルさんは家の中を案内してくれた。
「この家を中古で買ったときに違う方向にあった玄関を作り替えて、屋根とか天井も全部、私が作ったんです。民泊で貸している客室は、もともと茶室で別棟だったんだけど、外階段を通らなくてもいいように室内の階段も作ってつなげたんです。水屋もトイレにして、シャワーも作って、泊まれるようにしました」
 母屋の悠々としたベランダも見るからに快適そうだ。「ここで朝食を食べると気持ちいいんです。ここも全部手作りだよ」とパヴェルさん。
「えぇ!?」とひとつひとつに驚く私の反応も聞き飽きているのだろう、家の中のツアーは次々と進行していく。

リビングの脇にはとても見晴らしのいい書斎があった。
「栄子さんはテレビディレクターをやっていて、これは番組を作ったりする仕事場です」とテキパキと紹介される。
 見渡すかぎりの緑、その開放的な絶景を眺む仕事場は、夢のようだなと息つくまもなく、パヴェルさんはすぐ裏手の窓を指し、障子も骨組みから自分で作って、漆喰も自分で塗ったと話す。
「最初は家のいろいろなところが腐っていたし、シロアリもいました。大工さんに頼んだのはこの床とこの天井で、あとは全部自分でやってます。この床は失敗作だけど、こっちの床はいいですね」
 もはや「自分で作ったもの」を説明するよりも、「作っていないもの」を説明してもらうほうが早い。そのくらいこの家は、パヴェルさんの手で作りあげられていた。

里山の絶景仕事スペース
開放的なベランダ

家の中をツアーするあいだ、いたるところに絵が飾られていた。その一枚一枚をパヴェルさんは、「これは栄子さんを描いた絵」「これはあまりよくない」「これはすごくいい絵だね」とすべてに感想を言って歩いた。その中には自分が描いたものもあればお子さんが描いたものも含まれていた。パヴェルさんが描くものは、ほとんどが自分の家族や身近な存在だ。鉛筆で描かれたスケッチのようなものもあれば、油絵、水彩画、ガラス絵、とにかくさまざまな手法、さまざまなタッチで描かれている。家の中の工事についても自身の作品にしても、「よいもの」と「よくないもの」の基準がとても明確な人だ、と驚く。

アトリエでは絵画教室も開いている

母屋からさらに登っていくと、アトリエ小屋がある。アトリエ小屋は8畳くらいの広さながら、大工道具と立体作品や絵画がひしめき、屋根裏までぎっしりと、大判の絵や過去の作品が収納してあった。

パヴェルさんが近年作っているのは飛行機で、敷地内のいたるところにあった。子どもが乗れるサイズの飛行機は、溶接して作られている。飛行機をモチーフにしたスケッチも見かけたので、「これから作る飛行機をスケッチしているんですか?」と聞くと、「描いてから作ることはあまりないですね。図面を先にやると、頭で考えて作ってるから、あまりいいものは作れないんです。いいなと思う作品は、すごく早くできたりします。時間を長くかけるほどよくなるわけじゃない」。

作品制作に時間がかかるタイプの私には、パヴェルさんの言葉はひとつひとつぐさりとささってくる。
「この絵もすごく気に入ってる」と言って見せてくれたのは、赤が目を引く油絵だ。

実はパヴェルさんは一緒に暮らす2人のお子さんのほかに、チェコに18歳の双子がいる。例年ならば夏は千葉に遊びに来て一緒に過ごすが、昨年は入国許可が降りずに断念したという。
「僕はいま、チェコの子どもたちに会うことができないから、飛行機を描きました。日本の子どもと、チェコの子どもたちが一緒に乗ってます」

パヴェルさんの飛行機は、子どもだけじゃなく、もどかしさの先の希望も乗せているように見えた。

基本火・木更新中。次回の更新は5月12日(木)18:00を予定。

地下ワンダーランドを「作る」人編はこちらから。

『チェコに学ぶ「作る」の魔力』かもがわ出版より発売中です。


『スキ』をしていただくとあなたにおすすめのチェコをランダムにお知らせします。 サポートいただいたお金は、チェコ共和国ではんこの旅をするための貯金にあてさせていただきます。