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下手くそだった

こんちは。今日は僕の昔話を書いていきます。

センスは無かった

僕はサッカーは小学1年生から初めました。初めたきっかけはそれまで習っていたスイミングスクールを辞めたかったからです。どんな理由だよって話ですよね。このスイミングスクールの話はまた今度します。

サッカーを始めて、とにかく楽しい!と思ったのは良かったんですが、僕は下手くそでした。もうだいぶ下手くそです。そんな中チームメイトはセンス抜群で上手いやつがたくさんいました。

小学4年生くらいの頃「もっと上手くならないと試合に出られない!」と思った僕は学校に行く前に朝早く起きて自主練をすることになります。

家を出る時間は7時45分なので、6時頃に起きて7時過ぎくらいまで走り込みやリフティング、ドリブル練習をしていました。その練習には親や弟も付き合ってくれました。

その甲斐あって僕は6年生までチームのレギュラーとして試合に出る事が出来ました。この経験から『継続は力になる』という事を強く学んだんだと思います。

中学、高校時代

中学時代もサッカー漬けでした。部活の試合が終わったら友達と公園に行ってそこでもサッカーをしていました。その頃は努力をしているという実感は無く、ただ純粋に楽しいからやっているという感じでした。

そんだけサッカーをしていたので、中学時代では先輩の試合にも出れて、ずっとレギュラーでいる事が出来ました。そして引退し高校を選ぶ際、僕はサッカーの強い高校を選びました。

そして希望の高校に入学し、サッカー部に入りました。その時の僕は「中学でもずっと試合に出れたんだし、高校でも出れるだろう」と考えていました。

ですが実際フタを開けてみると、僕はDチームで試合をすることになりました。1番上のチームはAチームと呼ばれるので、単純に4軍ということです。

1番の挫折

恐らく僕のサッカー人生の中でこの時が1番挫折した時期だったと思います。周りは上手い奴らばかり、自分の実力じゃ全然通用しない。もうめちゃくちゃ辛かったのを覚えています。

サッカーをやる為に高校に来たのに、そのサッカーがつまらなくなりかけていました。ですがその時に1番強く思ったのは『もっと努力するしかない』ということでした。

その頃から僕は学校に早く行くことになります。僕の高校では朝練は無かったので、自主的に朝練をするしかありませんでした。僕と同じような思いをもったチームメイトも何人かいて、その数人と朝、登校時間まで自主練をしました。

成果

その後、自主練の成果もあり僕はAチームで試合が出来るようになりました。文面で書くとあっさりしていますが、めちゃくちゃ大変で悔しい思いも何度もしてきた上で、何とかレギュラーを勝ち取りました。

もし、僕が何の努力もしないでいたら、恐らく高校で試合には出れていなかったと思います。そして、挫折した時に努力を続けられたのは小学生の頃の経験がなければ出来なかったことだと思います。

結局何が言いたいかというと、何においても続けること、努力し続けることこそが自分の望む未来を掴む方法だと僕は考えています。学生の時だけではなく、大人になってもやるべきです。

頭では分かっているけど実際にはやらない人が多い世の中、ここで動けるやつが将来ぶっちぎれると信じています。僕はやります。

この記事はいつか自分で見返すように書きました。この気持ちを忘れないようにしていきたいと思います。




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