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『トマトは、優しく甘噛みで。』

寒い外から部屋に戻ったら
机の上に籠に盛られたトマトがあるの。

誰が置いたのかしら?
あなたが買って来たの?

違うの。
そう。

でも、笑顔になっちゃう。

えっ?
何故か?って。

だって私。
トマト好きでしょ。
たぶん、あなたが知っているより遥かに大好きなのよ。
トマトが。

食べ方は、いろいろあるわよね。

モッツァレラと食べるカプレーゼ。
お洒落過ぎる?

クシ型の付け合わせは?
普通でしょ。

アイルランドで食べた輪切りにして塩胡椒でフライパンで焼いたのもいいかも。

でも、一番好きな食べ方はねっ。
ふふふ。
丸かじりなの。

果肉がギュッと詰まって、皮がパンパンに張ったトマトに『がぶり!』と、かぶりつくアレ。

お行儀が良いとは言えないけど
一人の時に誰の目も気にせずに
少し冷えたトマトにかぶりつくときの快感はやめられない。

塩をかけたり砂糖の人もいたりして。
お父さんなんて、ウスターソースかけるのよ。
変わってるでしょ。

私?
私は、そのままが好き。

でもね。
トマトを前にしても、直ぐにかぶりついちゃうのはダメなのよ。
絶対にダメよ!

まず、歯で味わうの。

えっ?
歯で味わうのかって⁈

もちろんよ!
『はじはじ』して。
それがまた、たまらないのよ。

こんな具合に。
見てみて。

『はじはじ、はじはじ。』
『はじはじ、はじはじ。』

ほぉらぁ〜歯から伝わって来るわ。
赤い果肉が隙間なく詰まった皮の内側。
中心部の種の周りには酸味の効いたゼリーが集まっている様子。

ああ。
でもね。
気を付けて。
強く噛んじゃだめなの。
上の前歯二本を這わすように
下の歯を軽く射くらすようにして
上手く滑らすのよ。
二段階に分けて。

うっすらと歯の跡が残るくらいが丁度いいはす。

『はじはじ、はじはじ。』
『はじはじ、はじはじ。』
って。

やってみれば?
きっと分かるはずよ。
『はじはじ、はじはじ。』
って。

何で首振るの?
イヤなの?
したくない訳が分かんない。
なんで?

今日のトマトは凄くいいわよ。

それにしてもこの冬の時期にこれほどのトマトが手に入るなんて。

地物?
促成栽培かしら?
ホントいいトマトだわぁ。

あれ?
私、誰が置いたのかも分からないトマトで
『はじはじ』しちゃってる。
ふふ。
でも、もう歯の跡もついちゃってるし。
もっいいっかぁ。

さぁ。
いよいよかぶりつくわよ。
せーのーぉ。

『ぐぅぁぶり‼️』

『いってぇぇぇぇぇぇぇえ‼️』
『なんすんねん⁈』

大声と共に、布団から弾き飛ばされた。

『さっ・さっ・寒い。』
薄暗い部屋の天井が見えていた。

『痛い?』
トマトが喋った?

寝ぼけまなこで横を向くと左肩を押さえ痛さに顔を歪めている彼がぼんやりと見えて来た。

『二人で寝たら暖かいよ。』

身体が火照ったあの後に、そのまま寝たのを思い出した。

なんと、私が『はじはじ、はじはじ』していたのは
腕枕をしてくれていた彼の左肩だったのだ。

どおりで、ぷりっぷりの歯触りだったはず。

『ごめんなさぁ〜い。』

猫撫で声で彼に近づき顔を覗き込む。

『痛かった?』
『痛いよね?』
『トマトの夢を見ちゃってて…。』

そう言って、彼の身体に擦り寄って行った。

『ほら、夕方にSNSでトマトの素敵なイラスト見たじゃない。』
『きっと、あのせいよ!』
『ごめんなさい。』
『許して。』

彼の膝の上に馬乗りになり静かに訴えた。

顔を彼の目を見つめながら近づけて、両手で彼の頬を支え上を向かせた。
そして私は優しくそっと、彼の唇を素通りし鼻先を『はじはじ、はじはじ』甘噛みをした。

『あら、こちらもなかなか良い歯触り。』
そう思いながら。

お読みいただき
ありがとございます。

美味しいトマトのイラストを創って頂いたメザニンさん
ヒントをありがとございました。^_^

素乾 品

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