他者の魂のために生きる。

Yさんの自叙伝
とうとう生前には間に合いませんでした。

ラフの状態ながら、なんとか原稿を編集し終えたものを確認していただこうとお送りしたのが9月20日。その翌日の夕刻、ご家族に見守られながら息を引き取られたそうです。

日に日に悪化してゆくYさんの病状を横目にしながらつづけきた作業でしたが、本のカタチで手渡すことはついに叶いませんでした。

当初は、たぶん間に合うだろうと踏んでいました。もともとが彼が毎日ベッドの上でまとめ、フェイスブックに投稿しつづけていた原稿があった。
それらの記事の前後をつないで構成するだけのこと。そう楽観的に考えていたのです。

しかし、ひと一人の人生がそれほど簡単にまとめられるはずもなく、ことにYさんの場合は他人に倍する人生を生きたような方。そのボリュームをまとめるのは容易ではありませんでした。

ここ最近は、目に見えて衰弱してゆくYさんの様子と、こちらの作業の進展ぶりのスピーをはかりながら、目的時間にゴールインするのはかなり厳しいとは覚悟はしていました。

しかし、今こうして現実に現実を突きつけられると、湧いてくるのは「残念・無念」の感慨ばかり。

そういえば、Yさんは投稿の中でもこの「残念・無念」を何度か、心の底から絞り出すように、それでも表向きは冗談めかして書いていられました。

彼の思いに、彼の信念にどこまで同化できるかが試されたようなこの作業。最後の最後で、この言葉を媒介にリアルに共鳴する感覚として胸に響いてきました。

本というカタチでお渡しはできなかったものの、仮りとはいえ通し原稿だけは間に合った。それなりのエンディングを迎えたカタチでお渡しすることはできました。

たぶん、それをじっくり読み込んでいる余裕はもはやなかったことでしょう。それでも、Yさんが毎日、病魔と闘いながら深夜に、ひとり向かっていた彼のパソコンに転送できたことで、それは彼の旅立ちのお伴にはなったはず。

ひょんなことから引き受けることになった、今回のお話。
とくにYさんと親しかったわけではなく、友達の関係で彼のフェイスブックをたまにのぞいていただけのこと。
それでも心が動いたのは、想像を絶する生命力でがんと対峙し、その闘病ぶりを赤裸々に綴っていたYさんの覚悟に打たれたからで、これも巡り合わせ、ご縁というものなのでしょう。

「お別れだけが人生さ。」
そう喝破したのは誰だったか、たしかに畢竟、ひとの旅立ちを見送ることだけが、そして、ひとに見送られて天に還ることだけが、人生の最大にして唯一の目的、使命のような気もします。

どんなカタチであるかは別にして、縁ある者をお見送りする、巡りあった魂の死出の旅が無事であることを祈る…
それがYさんが貫いた「他者のために生きる」人生の究極の姿であり、それだけのための人生であってもいいような気もします。

Yさん、天国への道中お気をつけて!
そして、安らかにお眠りください…



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手作り野球場DREAMFIELD元管理人。現ホーリー農園オーナー兼物書き。主な著書に『わしらのフィールド・オブ・ドリームス』(メディアファクトリー)、『衣笠祥雄はなぜ監督になれないのか?』(文工舎)、『初優勝』(プレジデント社)など
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