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(7)ヒーロー同士の恋【いまだすべての恋が思い出にならない】

はあちゅうさんの新刊「いつかすべての恋が思い出になる」(2/24角川文庫より発売中!)の表紙アイテムを、いまだすべての恋が思い出になっていない私が代表を務めるshyflowerprojectが手がけさせていただきました。

これを機に、すべての恋を思い出にしていくために、一旦思い起こせる限りのすべての恋と向き合ってみる連載をはじめました。長短、濃薄、ひどいやつ、かわいいやつ、様々な種類の恋を、眺めてってください。
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ヒーロー同士の恋

いま思えば、この恋がマンガになるとしたら帯は明朝体で

「わたしだけが彼を救えるはずだった。ゆるやかな絶望の日々からー」

なのだけど、彼はまさかそれが自分と私の話とは、思わないだろう。なぜなら彼はこの恋で「私を」救うためにヒーロー活動に明け暮れていたから。

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まさに少女マンガ的だが、彼の第一印象は「生意気で嫌味な後輩」だった。

わたしが大学2年の時、1年生として同じ軽音楽部に現れた彼は、大学付属の男子高から受験スルーで入学していた。美人の先輩がいれば臆せず可愛いと褒め、いかつい男子先輩たちの溜まる喫煙所に入り浸り彼らを時におだてたり、馴れ馴れしく甘えたりして、男女かかわらずすぐに取り入った。

口が達者で、甘え上手でその一挙一動が嘘くさい。心の奥底では人を小馬鹿にしていることが透けて見える。ベンジー(ブランキージェットシティの人)が好きで革ジャンを着たりしているのにいちいち品がいいところも偽物ぽく薄っぺらい。当時、部内ではかなり厳しい先輩キャラを貫いていた私にも、ひらひら手を振る、なぜか目に入るだけでイライラさせてくる奴だった。

彼が入部して私を知った頃、私は1つ上の部長と付き合っていた。(「嗅ぎたい危険の恋」の彼)といっても実際は別れたあとの半年くらいのセフレ関係だったのだけど、同じバンドを組み常に行動を共にしていたので、周りから見ても、そして部長本人的にも、付き合っていた。


ハードなリストカットをする女の子が何人もいるような部活で、私も気づけば暇つぶしの延長で手首を切るようになっていた。その頃は、全身がかさぶたを剥がされたてのジュクジュクした傷口のようで、なんでもないはずの友人の言葉や、真っ赤なだけの夕日や…嬉しさや驚きや寂しさや、全方位張られた琴線に何か数ミリ触れただけで涙が溢れるような19歳だった。

ある日、
理由は思い出せもしないがひとりでポロポロ涙を流しながら、大学構内を歩いていると目の前に、今回の主人公である、彼がいた。「あれ?どうしたのー?」というノリで大げさに近づいてきた彼と、その日二人で飲みに行くことになる。

(これは無意識だ、と言い聞かせながら、絶対に意識的にその頃私は涙を、人生に刺激を引き上げる釣りの道具みたいに投げつけてるところがあった。しかも、なんとなく、海の底に透ける獲物に狙いを定めて。)

彼は男子校出身だったけど女性経験は豊富だった。私の同級生(ド可愛い)も、高校生の頃彼の彼女だったという。彼はそれまで、顔が可愛い女の子とセックスして、すぐ別れて、というのを繰り返してきた人だった。噂でそれは知っていたけど、和食の居酒屋で面と向かって二人きりで話すと、それがとてもよく伝わってきた。話を聞くのが上手で、心の脆い部分を探り当てて、的確に撫でてくるような人だった。その店の会計は、先輩ぶって私が払って解散した。

ブログが流行っていて、「海に行きたい」と書いたら彼から海に行こうとメールが来た。

秋のまんなか、ふたり暗い海に立って並んで、はじまらない恋なんてあるのだろうか。(いやない。というよりも”すでにはじまってしまっている”から海にいくのだろう)
ここら辺から数行は少女漫画だという心構えで、スイーツを食べに来たのだという気持ちで読んで欲しい。真夜中の砂浜で、出会った頃彼のことが苦手だったと私が話すと、彼も私のことが苦手だったというから「じゃあ自分の好きなようにしたらいいじゃん!」と漫画的に私がキレたら、好きなようにするよ?といわれキスをされた。もう一度いう。好きなようにするよ?といわれキスをされた。

夜明けまで砂浜近くに停めた車で出来得るかぎりのすべてのスイーツ行為をした私たちが家の近くに戻った頃にはちょうど日が昇りきり、数時間前までの出来事が嘘のように眩しく白々しい。なんでもない顔をするその朝のように彼は、今までの女の子にしてきたように今後の関係をはぐらかそうとした。それに私が静かに怒り車から降りようとした時、それまで適当に海中を揺らいで生きてきた彼は意を決して陸に上がってくれた気がした。(涙より、静かな怒りの方が釣りに適していた感ある)お互いにとって心を絞り果てられる血の味のような恋がこの朝確かに開幕した。

実に8ヶ月(約250日)、1日も欠かさず会った。

今でも足に当たる窓からの日差しの熱まで思い出せるのだけど、印象的だったのは付き合いだしてすぐの頃、まだ部内で関係がおおっぴらになっていないなか、部員である共通の友人の部屋の窓辺でさりげなく隣同士に座るわたしと彼の足の、小指だけが触れ合っていたとき、電流に包まれたような多幸感に全身から涙が出るのではと思った。数ミリ触れるだけで脳の芯から「蕩け」落ちそうになる恋の渦中にいることに、途方もない場所に来てしまったと絶望した。

好きな漢字が「蕩ける(とろける)」だと言ったのも彼だった。ヘラヘラとした軽い雰囲気に反して難しい本や古い音楽を好み哲学や雑学に通じる彼の話は飽きなかった。

小指だけでなく触れられる部分すべてに触れられる感じの関係になったとき(海の夜では周期的な問題において決定的にはそうではなかった。徹底した詳細解説)世界は彼とわたし二人きりのものみたいで、バイトとバンド練習以外のすべての時間をふたりで過ごしていたので部内でも関係は知れ渡っていた。そしてその頃になってもまだわたしは、件の、わたしと付き合っていると思っている部長に一言の報告もしていなかった。

付き合って1ヶ月くらいが経ったある日、部活のライブの打ち上げで4.50人が安い居酒屋の座敷に集結していた。酔っ払って半分しか開いてない目で彼を探すと、なんと部長の前で正座していた。何人かが固唾を飲んで凝視するなか、姿勢を崩さず神妙な顔で彼は「あの人は、俺が守るんで」と言っていた。(事実は漫画より漫画なり)部長はもごもごと何か言いたげに目を泳がせるだけだった。私は、ああ自分が主人公になれる日って来るものなんだと他人事みたいなガムシロップレベルの甘さに頭がグルグル回った。

その頃見た夢で忘れられないものがある。彼がわたしに心配そうな顔で「おきざり病になっちゃうよ」というのだ。彼かわたしのどちらが主語なのかわからなかった。彼にそれを伝えると、なにそれと笑っていた。

毎日ほぼ一日中一緒にいると、弊害も出てきた。まず、2年生後期なので主要単位はだいたい取れてる私と違い、必須授業だらけの1年生の彼は重要単位を落としまくった。会う場所は大抵6000円くらいで12時間くらいいられる(!)ラブホテルだったけど、私のバイト代は毎月すぐ底をつき、腰痛が悪化しバイトもできない彼の貯金までもじわじわと終わりが見えてきていた。物理的に限界だったそれらを、見て見ぬ振りして、大雪警報の日さえ無理やり会っていた。

わたしは彼の愛を拘束したかっただけなのだけど、彼が毎日会おうとしていたのは、わたしにリストカットをさせないためということだった。毎日バイト先に迎えにきてくれて、泣けば夜中でもきてくれて、怒ればなにも悪くない彼がなだめ続けてくれる。私がカッターを買ったといえば心配して飛んできて、切りたいといえば何時間も抱きしめてくれた。彼は私を守るヒーローとして全任務を全うしていた。

終わりは本当に突然だった。
ある日、家族との大事な予定があった彼は迎えに来てくれなかった。イライラして元彼に連絡し迎えに来てもらったことを、彼は後日、私の枕元の携帯で知ることになったんだろう。数日後、突然別れようと言われた。頭から水をかけられたというよりは、硫酸をかけられたのでは?という痛みと衝撃があった。

梅雨明けの、蒸し暑い頃だった。
いくら話したいと言っても会ってくれず、その日の深夜、40分くらいかけて、彼の実家まで自転車で向かった。裸足で、真っ暗な道をうる覚えのなか涙をボロボロ流しながら車輪を漕いだ。「今家の近くに来た」と伝えても、会ってくれなかった。6時間くらい待ったけど会えなかった。完全に終わったとわかった。もう自分から連絡するのはやめようと決めた。あの日の国道沿いの強く生暖かい風を、不幸の感触として、舞い上がったワンピース内の足が記憶している。

しばらくなにも食べれず、3日ぶりに食べたものがクリームブリュレだった。(ここから数年間主食と各SNSパスワードが「ブリュレ」になる。)頭は壊れたまま、イヤホンでスピッツを聴いて歩いていたら5時間経ってたということもあった。1ヶ月で7キロ痩せた。

彼はすぐにかわいい年下の彼女を、部内で作った。いろんな女の子に声をかけまくる彼に戻った。寂しくて嘘くさくてプラスチックのような彼に。それでも私は卒業まで毎日彼を目で追い、見かけた日の夜はその光景を目の裏で何度も再生した。

痩せて最大のモテ期が来た私も私で、その後すぐ何人かと付き合い、今の夫とも出会う。彼とまともに会話することはないまま、就職が決まり、上京して吉祥寺で一人暮らしをはじめた。大学を卒業して2年経っていたある日、夜中に携帯を見ると、彼からの着信履歴があった。彼の番号はもうその頃登録していなかったけど、番号を暗記していたから、すぐわかった。

押し間違えて私に電話してしまったという彼と、3年ぶりに1時間くらい話した。次の日なんと彼が名古屋から来ることになった。当時付き合っていた彼氏にはひた隠し、部屋を掃除しまくり、吉祥寺駅に迎えに行った。

再会した途端スッと隣に並んで歩いて、部屋に向かった。泊まることになり何かが起きそうになったけど結局なにもなく朝私は出社、仕事が終わり帰宅すると彼は料理を作ってくれていた。会う直前まではこの夜彼と超感動的なセックスするものだと思っていたけどいざ3年ぶりに真正面から見る彼は、それまで恋い焦がれていた彼と少しズレがあって、私は本気で関係が先に進むのを拒否した。何度かそれを繰り返し、正座して座りあったとき、彼は静かに怒っていた。

私のせいで単位も落とし留年して大学を中退したこと、あの日たった1日さえ耐えられず元彼に連絡した私にどれだけ絶望し泣いたかということ。彼はわたしが思っていたより、ずっと弱かったのかもしれない。もともと、生きる上で美意識が高い人だった。

別れる1ヶ月くらい前ラブホテルの帰り際。とうとう貯金を使い果たす寸前の彼は、それでも「(支払いが)どっちでもいいよ」と言って財布を私に渡しトイレに向かった。(部屋で払うタイプだった)どう考えても、これまで散々多く払ってもらっている上に毎月バイトしている私がホテル代を払うべきだったのに、服に散財しすぎていたわたしは彼の好意(?)に甘え渡された彼の財布からお札を抜き全額を払った。戻ってきた彼は、私が帰り支度をして背を向けたときに、さりげなく財布の中身を確認していた。その顔は悲しげで、でもそれはお金がないことではなく私からの思いやりがないことに対するもので、それでもスッと財布をしまい何事もなかったようにニッコリ私と帰るような彼だった。


その頃のなんというかいつでも心がきめ細やかだった彼に反し、吉祥寺のワンルームで粗く感情をぶつける彼に「なんか、ずっと会いたいと思ってたけど、会ってみたら違った」と伝えたわたし鬼畜か。彼が怒るのをはじめてみた。怒りに震えるまま立ち上がり、部屋に立てかけてあったわたしのギター(ギブソンSG 20万円くらいする!)をケースにも入れず生で、つかんで持って、部屋をでていってしまった。ギターごと。何が起こったのかわからず、我に返ったわたしは東京駅まで駆けつけ新幹線の喫煙席を全て見たけど彼はいなくて、ホームで呆然と固まり続けた。

再会した彼に違和感ばかり感じたはずだったのに、離れたらまた、彼のことしか考えられなかった。それどころか、再会する前になかった、別の感情が生まれていた。わたしは、彼を守るべきだったのに、守れなかったんだと気づいた。後悔が沸き出て止まらなかった。

「おきざり病…」自分の口をついた言葉が何なのか最初は思い出せなかったけど、あの夢を思い出した。

わたしたちは境遇が似ていた。実家はわりと裕福で家族も兄弟も仲が良く車も与えられ充分すぎるほど不自由なく育った。だけど満たされていなかった。社会への絶望や人生への虚無感に嘆く音楽に憧れていたのに、私たちはまったく不幸ではなかったから。理不尽なことなんて全然なかった。叫びたい気持ちなんてなかった。絶望することがない日々に、ゆるく絶望していた。

不幸じゃないと、弱くなってはいけないような気がした。それまで、きっとお互い強がって気を張って生きてきて、だけど2人きりでいる時間だけ氷が解けるように弱くいられた。ただ生きているだけでも人は弱るのだ。彼はいま誰に、本当に話したい気持ちを、独り言の延長みたいに話せてるんだろう?彼は「全部あなたのせいだ」と怒った。弱みが、堰き止められて膿み、煮詰った末に怒りに変わり、その膨張がダムをじわじわ決壊させるように彼を壊していた。本当の意味で、私のせいだと思った。

…という感じでそれから10年、家族より誰より、彼に幸せになってほしいと祈ってきてしまった。わたしの傲慢でしかないし余計な御世話でしかない。だけど彼が適度に自分を放出しながら、意志を持ちスイスイと泳ぎ、ニコニコ自分を保てる幸せを得られたら嬉しい。(彼をおきざりにしない人と。)

という彼が2年前わたしの恋愛について語ったインタビューがこちらw
私の心配は100%勘違いであり、彼は既に最高であると伝わる名作である。

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…という恋も思い出になる。冗談じゃなく、はあちゅうさんの本を読んだら思い出として、糧として、宝物として、眺めてもいいんだと、勝手に許された気持ちになった。「いつかすべての恋が思い出になる」表紙モチーフに携わってます!詳しくは思いの詰まったはあちゅうさんnoteで。みんな買ってね。

(バナー写真:キムヤンスさん)

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