とあるレボリューション(子育て)

週末は、息子二人と夫と4人で、
いったことのない大きな公園にいく。

一周回るのにまる1日かかるレベルの大きな公園が好きで、今日もいったことのない大きな公園を攻めた。

そこには、数えきれない親子がいる。


絵に描いたような昭和中肉中背、肩からタオルをかける、シャツはインなパパ、肘までおおう長い手袋に帽子にサングラスに日傘で武装したママ、ハーフパンツのおしゃパパ、焼けてすっぴんリュックのママ、いろいろ。

格好だけじゃなく、子供への接し方もいろいろ。
こどもの後ろにぴったりくっつき一挙一動をはらはらサポートするパパ、遠くからたまにこどもを横目でみるだけの両親、全力でこどもと遊具にのるママ、ちょっとー!と愛嬌こめて叫ぶ母、こどものブランコを押しながら携帯の画面だけをみつめるママ。

いろんな「親」がいる。

それをみてわたしは、
憧れたり軽蔑したり微笑ましく思ったりどん引きしたりを繰り返す。

このママのこの部分すごくいいな。こんなふうにこどもと遊ぶの良いな。
ああお弁当持って来て、しかも折りたたみ式の机までもってきてるんだ。これたのしそう、いいな。ああこういう親にはなりたくないな。ああこのひとの声のかけかた、さっぱりしてていいな。など。



こどもがうまれて数ヶ月の頃、おなじ年の子を育てるママが堂々と「うちの子育ての方針は・・・」と語るさまをみて、「もう方針とかあるんだすごー」って感心してた。わたしは最近まで、方針とか、こういう方向性で子育てしたいとか、ぜんぜんなかった。いまもそんなになくて、手探りだ。それに少し焦ってた。わたし、方向性とかぜんぜんないまま、子の20歳迎えるのかな大丈夫かな?!と。

どうしてこうなってるんだろう?って思ってたけど、それは簡単な話だった。サンプルが少なすぎたんだ。

いろんなママやパパや子を、公園で、児童館で、イオンで、さんざん見る様になって、それで自分のなかでの感覚が、これはちがうあれはちがうそれはいい、じゃあ、自分は、どうだ?と、やっと問って生み出せる段階にきた。

親をたくさんみて、自分がどんな親になりたいかわかる。

そんなもんなのだ。




まだ子供をうむまえに、妊娠の段階で、「生後何ヶ月で保育園にあずけて、復職して、二人目はこのくらいのタイミングで産んで」など、計画するひとは少なくないかもしれない。とくに保育園がからむと、計画的にしなくては何も先に進まないものだということもわかる。


だけど自分がどんな親になりたいかというのは、「産んでから」、さらにいえばわたしのように「産んでしばらく経ってから」その段階ではじめてわかりはじめるレボリューションである可能性も高い。だから出産前と出産後で、描く子育てプランが変化することは多いにあるとおもう。その、自身の子育て観や人生観をぐにゃぐにゃゆるゆるで変幻自在にしておいて、その変化ごとまるごと、こどもの成長とおなじくらい楽しみにしたいものだと、わかりはじめたあのレボリューション。




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え、前が見えない。スキが嬉しく溢れた涙で視界歪んで全然見えない!
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第一回cakesコンテストでデビューしたエッセイスト。初書籍『すべての女子はメンヘラである』発売中🗯🧃小説寄稿→「雨は五分後にやんで」書籍発売中🧂🔫noteマガジン【君の日常と混浴したい】連載中/KIRINあの夏に乾杯noteコンテスト審査員/世界一の元カノになりたい

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