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カノンアート 第十一話

〈本に記されし鍵 前半〉

「やっと、やっと着いた…」
二人はスカイに乗って空をひとっ飛びし、途中空を飛ぶ鳥たちにぶつかったりもしたが、ワールドの木の手前に来ることができた。
「この鳥居は。」
マーテがスカイから滑り降りて口を開く。
「木を守る結界なんだろうね。」
と、スカイが鳥居の横から入ろうとした。その瞬間、弾かれるようにしてスカイはぶっ飛んだ。前に黒い人影が見える。
「あれれぇ。何しにきたの」
鳥居の内側から現れたのは、やはりあの男だった。だが、若干様子がいつもと違うのにカノンは不安を感じる。
「またかよ。お前、本当になんなんだ。」
「ああ、そういえば言い忘れていたねぇ。ワタシの名はヒソだよ。今は神の支配下。ワタシは何にもすることができない、神の操り人形さ。」
ふふっと歪んだ顔で笑う。花が光っている枝をヒソは拾った。
「操り人形が、カノンを危険に合わせるのか?」
マーテが叫んだ。ヒソは飄々とした顔でそれを眺めている。にいと唇が笑った。
「だって、支配されちゃうのってここの近くにいるときだけなんだもんね。目的がある奴らがきた時だけ支配される訳だし、だから、その目的、使命の苦しみを教えてやるのさぁ。」
その表情が沈む。
「残念ながら時間切れみたいだけどねぇ。」
コテと、首が下を向いた。うってかわってこちらを向いた顔は何も知らないかのように純粋な笑みを湛えていた。
「では、ご案内しましょう。この鳥居は古い物です。気をつけて通ってください。」
甘い香りがあたりに漂っている。どうやらヒソの腰に刺している薄紅色をした美しい花からきているようだ。
「君、誰なの。」
カノンが恐る恐る問う。ヒソは幸せそうに笑みを浮かべて、首を横に倒した。
「ヒソですよ?」

一行は鳥居を潜った。その瞬間、大きな風が吹き荒れた。
「これは…」
その中でマーテは目を疑った。一瞬、沢山の人が過ごしている風景がはっきりと見えたのだ。ヒソが楽しそうに耳打ちする。
「あなたが見たのははるか昔の風景です。昔々は国々が遠征して拠点を作ろうとした時期もあったんですけれど。」
この性格の変わりようは何なのだと、マーテは訝しみながらも、そんな時代があったのかと驚いた。
カノンはその風景に目を奪われていた。どこまでも大きい木。外からは山に見えていたが、本当は一本の木だったのだ。
「世界樹…」
思わず呟いた言葉にも、ヒソは笑顔で頷く。
「ええ、そうです。その根っこは鋭星の先端に向かって生えています。そして、」
ヒソは上を指差した。沢山の大きな実がなっている。それらをよく見ると、全て本の形をしている。
「この世界の事を記した本らがなっています。自然発生するのですが、はるか昔のものから、最近できたものまでたくさんあり、」
手に持っていた花を掲げて木にも咲いている薄紅色の花を指さす。
「あの美しい花から本は生まれるのです。」
「それを案内した理由はなんだ。」
「目的を持ってきた者たちには問いに答えてもらい、その代わりに本を渡すのが〈ワールド〉での習わし。答えられなければ、本の中身は闇の中。あなたたちは今、本が欲しいんですよね。」
カノンが頷く。
「契約しちゃったしね。命に危険が及ぶような腕輪を渡してきた信用できない人だったけれど。」
「ならば。あなたたちに問う。あなたたちにとってのアートとは何か。」
ヒソの顔から表情が消えた。マーテはうめく。
「俺たちにとっての、か。人によってアートは全然違うだろ…」
「私たちの心の分身。心の権化。それは何だと思う?」
カノンがマーテに聞いた。
「そんなものが存在するのか。」
「あるから聞かれているんでしょ」
「俺たちは生きているだけ」
「生きているだけならここにいない」
「じゃあ誰がここへ俺たちをやった?」
「私たち自身でしょう」
「それはまさに俺たちの…」
「意思?」「運命?」
カノンはマーテの肩を揺らした。
「違う、意思よりも強く、運命よりも自由なもの。それは私たちの…絆でしょ。」
「「!」」
ヒソの方を見ると、彼はにっこり微笑んだ。鳥居から光が飛び、二人に注ぐ。
「好きな本をそれぞれ一つ、お選びください。」
途端、カノンとマーテは空中に放り出されるように浮かんだ。

どこまでも見渡せるワールドの木の中で、二人と一羽は5日ほどを過ごした。どんな本があるのかわからない。全ての本の中で一つだけを持ち帰るなら、その中身をなるべく見たいという希望は通った。
「わたしの兄弟はとても不機嫌だそうです。まああんなやつですけど、仲良くしてやって下さい。」
ヒソはことあるごとに不思議な事を言った。カノンとマーテは沢山の本を読んで、世界の知識を沢山吸収した。世界の始まり、文化、歴史、種族、生き物、音楽、季節、神話…。
何をとっても未知の世界ばかりで、それでカノンはとても迷った。どれも価値のある本ばかりだ。書かれてあることが正しいかどうかはわからないが、これを元に研究すればこの世界は昔のように活気あふれたようになるのだろう。
だが、知識は正しく使わなければ毒になる。世界の歴史には、手に負えない知識を手に入れたことによって、国を滅ぼした人が載っていた。国…よくわからないが、些細な情報であっても何かを揺るがす一点になり得ることが伺える。
とその中で、スパイスについて載っている本があるのがふと目についた。何気なくその実を引き寄せ、木と繋がっている場所を切らないように気をつけながら、幹から出る枝の一つにカノンは腰を落ち着けた。
『星の終わり 予言〜スパイスから学ぶ始まりと終わり〜』
『お告げの中には、スパイスという少女について述べられたものがある。この本はそれとその子孫に告げられたお告げから、推測される未来を書き記す物である。』
『神によると、人類の最終目標は私たちでさえ感動してしまうような作品を作ることであった。それはつまりこの世界の終わりの状態を作るスパイスのことか、と最初は考えていたが、近年告げられたカノンというスパイスの子孫はその最後の鍵となり、〈星〉を割る運命を背負うと言う。』
『ではなぜ、星が強調されているのだろうか。』
なぜなのだろうか。指が勝手にページを捲る。
『終わりの状態という言葉には、どうしても暗いニュアンスを感じてしまう。だがこの〈星〉の表現は、“星同等の他の何か”という解釈を感じる。』
『このカノンが割るのは鋭星ではない。割ること自体が目的ではない。その行動によって何かが生まれるのだ。』
何か……とても気になる。カノンはどうしてもこの本が欲しくなり、マーテと話しに行ったのだった。

「俺はカノンの呪いを解呪する方法が書かれた本を見つけた。」
「えっ、ほんと!」
5日目の昼だった。マーテが明るい世界樹の花の下でカノンに告げた。
「そこには、日月星辰の面で神淵の光を浴びながら呪文を唱えれば解呪できる、と書いてあった。」
「ええ…」
途端、二人は顔を曇らせた。
「それってつまり、水界の面を通っていけってことだよね。」
「いくら何でも遠いなと、俺でも思ったよ。」
後ろでスカイが何か主張している。マーテは静かにしてもらうためにその急所である足の爪を突いた。
「コケコケ」
何か大きく抗議しているスカイが見える。
「水界の面まで、普通に飛んでいったら6日かかるかな。」
「水界の面は陸地がないと聞いたことがある。1日で飛ぶことはいくら何でも…」
「コッケッッコッコォォォ!!!!」
スカイがついに切れたように叫んだ。二人はビクッとし、さらに木もザワザワ揺れ出した。
「ス、スカイ?」
「コケ、コッケ、クルル、コロケ、コッケコッケコッココ」
「つまり、鍛錬、積んで、最強、二人乗せて、たったの1日!。というわけだな。」
「いや、何を聞いたらそうなるの…まあ、そういうなら乗せてもらおうかな。」
3人はたらふく食べていたンゴの実を沢山荷物に詰め、本を世界樹からもぎ取ってそれもバッグに詰め込んだ。
「ああ、ありがとうございました。あなた方が離れれば、また兄は目覚めます。その時はまたよろしくお願いします。」
ヒソが丁寧に見送った。一行は本を読みながら日月星辰の面へと向かった。

風を切るように進んだスカイは、たったの2日で端に辿り着き、たったの2日で水界の面を通り過ぎた。速すぎたのでどうしても下を覗く気になれず、二人はずっと羽の中で過ごした。
段々と暑くなってきたと感じたのは、水界の面の端に来た時だった。
「半袖の服に着替えないと…」
カノンもマーテも魔法を使い服を変える。神淵の光がジリジリと照りつけるように光っている。
『土地』について載っていた本によると、日月星辰の面には砂漠と植物がある。そしてとても暑いのだが、地下にはとても涼しい洞窟があるらしい。
「「うつれ」」
3人は日月星辰の面に移った。どこまでも広がる黄金の砂漠。遠くを囲む山々。空から見ると、ところどころにきらめく水が溜まっているのが見える。
「眩しいな…」
薄暗いのに慣れてしまっていた二人は、刺すような光に目を覆ってしまった。スカイはゆっくりクルクルと回って降りていく。その先は比較的涼しそうな水のある場所である。

「スカイ、本当にありがとう。」
二人が滑り降りると、スカイはそこの水を飲み、食べ物を要求してきた。無理もない、2日間ぶっ通しで飛んできたのだからと、二人はスカイを休憩させた。
マーテは本を片手にそこらを歩き回った。呪文を見つけると、カノンに駆け寄った。
「あった!これを唱えたら、赤い糸は解呪されるかもしれない!」
「その前に…」
カノンがせっせと準備を始める。白いバッグから沢山取り出す。そして、こちらを向いて笑顔で言った。
「ご飯を食べよう。」
「じゃあ、今日は甘いものを食べたいです」
マーテがすかさず注文をする。
砂糖、むぎ粉、ふくらし粉、水。それにスカイの卵を合わせて風の魔法で大きく混ぜる。段々とねっとりしてきたら、ダマをなくして鍋に投入。ゆっくり高いところから生地を落とす。
「この神淵の光を利用して、温めたい」
カノンが鏡で光を集め、そこから火をつける。しばらくすると、香ばしい匂いが漂ってきた。
「マーテ、ひっくり返して!」
「りょーかい」
まだ完成とは言えない生地を、温度を下げないように丁寧にひっくり返す。想像力が試される場所だ。ふつふつと、軽く油を引いた鍋が音を出す。
「黄色過ぎず、茶色過ぎない色に焼けたらお皿に入れてね!」
そういうカノンは、余ったンゴの実をすりおろしている。ジャムのようになったものと、その果汁とを分けて、果汁にはそこらに生えていたブルベリを潰して追加する。
そしてンゴの実を二つさらに取り出し、綺麗にカットしていく。
「お皿に入れたぞ!」
「よし、そうしたらフォークとナイフを置いて、シナモンを少し混ぜた甘いシロップをかける!」
「かけた!」
「コップを二つ準備!」
「した!」
とても甘い匂いが漂う。腹ペコな二人はとって食われるのかという勢いで準備を終えた。
「じゃあ…」
「「いただきまーす」」
ハフハフ、ゴクリ。二人の顔が幸せに包まれる。指が勝手にそれを切り分けていく。
ンゴの実シロップをかけた、こんがりパンケーキの美味しさ。うまく言葉に表せることもなく、無言で二人は食べていく。時折、ンゴ&ブルベリのジュースを飲んでは、ハァとため息をつく。
『ご飯はアート』
二人の頭はその言葉で占められた。

「土、原始魔法、大地を司る神ゴスの名により、呪文の解放を行う!範囲、日月星辰の面」
二人はご飯を食べた後、早速呪文を試すことにした。
だが唱えてマーテは倒れてしまった。カノンは眉をしかめた。原始魔法が残っているはずがない。原始魔法はその昔、神によってランダムに人々に配られた魔法の一つ。それは戦争の種となり、闇を司る神ダードが、それらの魔法を闇に回収したはずなのだ。
カノンは気を失ったマーテから本をそっと取り上げる。そして呪文のところに目を通した。
「あれ、これで終わっている?」
手首を見ても、紐に何ら変わった様子はない。幾らとろうとしても外れない。
「まさかこいつが効力を奪っているの…?」
だが何かがおかしい。そもそも、この手首の赤い糸に対して効いている魔法のように思えなかった。
もう一度呪文に目を通す。
『範囲、日月星辰の面』
そんな広大な範囲に働く魔法。大規模魔法とはまた違う、原始時代の魔法。
「あっ」
原始時代には今のように直接働きかける魔法は少なかったと聞いたことがある。それはつまり、この面の中で何か、解呪をするものが整ったということか。
「スカイ、少しだけ頼まれてくれる?」
カノンはスカイを手招きし、こんなものがあったら教えてくれと伝えた。

果たしてそれはあった。日月星辰の面の美しい山に囲まれている『魔法陣』。何かの術式がマーテの呪文に反応したようなのだ。
回復したマーテをそれでも引きずりながら、カノンは眩しい陽射しの中を歩いた。ずっと歩いている時も、マーテの悲痛な声が聞こえる。
「痛い、痛いって…自分で歩けるから」
だが、マーテの言うことはカノンの耳に入らなかった。なぜならその瞬間、二人の前にその魔法陣が見えたからだった。
「ここの面は他の面よりも、引きつける力が大きいみたい。スカイは自由に飛べるけれど、私たちは魔法を使おうとしても難しそうだね。」
カノンがその巨大な魔法陣を見つめながら言う。マーテはやっとカノンの手から首を離して、真っ直ぐに立った。
「どうやら旧型の魔法陣のようだ。展開の仕組みは…術者がその中に立つこと。」
マーテは危ないと警告したが、結局カノンは真ん中に立つことにした。
「展開!」
ゴゴゴゴ…と地鳴りが聞こえる。魔法陣の幾つもの円が回転し、光が溢れ出した。土属性の魔法だ。
「カノン、どう?」
マーテが外から聞いている。カノンの手首を見ると、それは溶け出して、空に消えて行った。
「うまく行ったよー!」
だが魔法陣は消えない。カノンは体が浮くのを感じた。焦ってマーテに伝える。
「どこかに運ばれる!マーテ、ついてきて!」
「わかった!」
スカイに乗っている時と同じような速さで景色が移り変わっていく。いつのまにかトンネルのような所に入り、そして魔法陣の光は消滅した。
「わっ」
わっ…わっ…音が反射する。いきなり暗くなったので何も見えない。かなり寒い。
「ここはどこ…」
どこ…どこ…段々と目が慣れてくると。
とても高い天井下、淡く反射する結晶に、乳白色のつらら、どこかでぴちょ…とはねる透明な水…カノンはとても広く幻想的な洞窟にやってきていた。誰の手も加えられていないのに、すでに完成した作品のように洞窟は口を開けている。
「綺麗…きっと速すぎてマーテも追って来れていないよね。」
よね…よね…
カノンは立ち上がり、そこらを歩き回ることにした。よく周りを見ると、たくさんの道が見える。そして、天井からはまるで神がおりる道のように、美しく神々しい光が差している。どうやら出口は近いようだ。
だが、よく考えてみると魔法陣がカノンをここに連れてきた理由があるはずなのだ。呪いを解除した代わりの対価?
ふと、カノンはひとつ、奇怪な道を見つけた。いかにも人工的な開け方の道。キラキラとした水が綺麗に流れているのに、そこだけ水が流れないようになっている。
「印を残しておけばいいかな。」
火の魔法で出口の岩に大きく焦げ印を入れ、光の入る隙間に向けて一つ花の火をあげた後、カノンは奥に入っていった。

「カノンー」
マーテは一瞬で遠ざかっていく背中を必死に追って行ったが、体力の限界で倒れてしまった。こうなったらダメ元だと空を飛ぶ魔法を唱えると、普通にマーテは空を飛ぶことができた。
「そうか、カノンはまだあの糸をつけていたものな。無意識にその影響を受けたのかな。」
マーテは一人そう言って、とりあえず手伝ってもらおうとスカイを探した。
「スカイ!どこにいるの。」
「コケ。」
スカイが空を飛んでやってくる。マーテは今更ながら、ワニ鳥は空を飛ばないはずではなかったかと思い出したが、今はどうでも良かった。
「風魔法の跡が残ってる。今ならまだ追えるから、あのスカイの早い飛び方で連れてってくれないか。」
「コケ」
グングンと上に上がり、マーテは怖いのを堪えながらスカイに指示を出した。

「なんだここ」
カノンが中に足を踏み入れると、どこまでも続く棚がカノンを迎え出た。その全てに本が入っており、カノンを取り囲むように存在している。天には水が見える。なぜか落ちて来ないが、その光が大きく差し込んで、厳格な雰囲気を醸している。そして地面を見ると、何故か所々に、何かの根っこが生えているのがみえた。
「本、いくつか持って帰っちゃってもいいのかな。人もいないみたいだし…」
本の頭をよく見ると、どれも埃が積もっているものばかり。もう何百年も使われていないのか、ボロボロになっているものもある。
ここ千年、土属性を司るゴスが人間の寿命を変えてから、いやその前から、人間の数は減少の道を辿っている。人の子とは神からの授かり物なのだと、人々は焦ることなく受け入れていた。段々といなくなるにつれ、人々はオリオンの面とスコルピオスの面に移り住むようになっていった。ここのその途中で捨て去られていった場所なのだろうか。
「じゃあ少しだけ拝借します…」
カノンは美味しいものを食べるような顔で本を取ろうとした。しかし、本は固く収まり、撮ることができなかった。よく後ろを見てみると、木の根っこが生えて絡みついている、ように見える。
「しつこいなぁ」
カノンは諦めて帰ろうとした。だが、そこで初めてきた道が閉まっているのが見えた。
「!」
あたりをみるといつのまにか、たくさんの影に囲まれている。だが彼らはこちらをみるような仕草をしても、襲ってきたりはしなかった。
その中の一人が進み出た。
『言葉ガ、ワカルカ』
「!はい、わかる…わかりますよ」
すると、他の影たちが礼をした。カノンは慌てる。
「ええと、どう言うことですか。」
『アヤシイ者デハナイ。ワタシタチハ、モウスグオワル世界二イタ。ダガ、死を覚悟シタ瞬間二空間ガ歪ミ、イツノマニカココニイタノダ。ワタシタチニ君ヲ襲ウ意図ハナイ。ダガ、コノ世界モスグ終ワル。体ヲ置イテキテシマッタノダカラ、抗ウツモリモ無イガ、ナニカ協力デキル事ガアレバ協力シタイト思イ、姿ヲ表シタ。』
「なるほど…」
マーテの話では、影たちは世界の空間の歪みによって、この世界に連れてこられていると言う事だった。彼の話が真実だとすると、影によって個人差はあるのかもしれない。きっと元の世界がそうだったせいで、恐怖がなかったのか。
『ココハモウ少シデ崩レル!根っこがユライデイル!急ゲ』
『オー!』
影たちがカノンを担ぎ上げ、元の出口に連れていった。そこにはマーテが驚いた顔で立っていた。
ゴゴゴゴ…あの地鳴りがもう一度鳴る。魔法陣に入る時にも聞こえていたが、魔法陣とは関係なかったのか。
「マーテ、逃げるよ!」
「え、うん?」
ズザザザと、上から砂が落ちてきた。全速力で走る。影が。
「プハッ!」
カノンが止めていた息を吐き出したのは、入った洞窟が壊れるのを見た時だった。
「そりゃぁ、何千年も使っていない魔法陣を使ったらそうなるか…」
マーテが静かに呟く。カノンはいつのまにか手に持っていた本を、影たちの手の上で凝視していた。
『truth』
シンプルな名前。それだけにカノンは悪寒を覚えた。学問の町で手に入れた『history』と同じ名前の付け方。いつの間に手の中に入っていたのだろうか。
そろそろ街に帰って本を渡し、とにかく町長を問い詰めなければ。お母さん、お父さんとも会いたいし、賢者のことも心配だ。
「マーテ、帰ろうよ。」
沢山の影たちが見守る中、カノンはマーテに一言いった。
マーテは頷かなかった。