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カノンアート 第十三話

〈truth〉

「カノン?カノンじゃないか!心配していたぞ!コン!コーン!」
カノンが遠慮がちに家の扉を叩くと、バジルが目を見開いて迎えた。
「おかえりなさい、カノン、マーテ。今からハーブティーでも飲んで、休んだら?」
コンが何かを隠すように微笑む。カノンは聞いた。
「何かあったの?」
すると、バジルとコンは目を見合わせ、少し困ったように眉を寄せた後、二人を向いた。
「最近、あの影が沢山出るようになったんだ。死人も出てる。」
「え。」
バジルはゆっくり息を吸い込んだ。下を向きながら。
「そして街の人は皆んな、お前たちのせいだと思っている。」
「そんな!私たちは何もやっていないよ!」
「わかってるよ。でも、お前たちはお告げが降っている。普通に顔を合わせてしまうと、お前たちに危険が及んでしまう。気をつけて過ごしてくれよ。」
はぁ、とバジルは笑った。
「こんなこと、久しぶりの再会に似合う言葉じゃねぇな。とりあえず疲れをとってくれ。」
広くどっしりとしていながら繊細さを感じる家が、なぜか冷たく感じられた。

「ご飯を作ったぞー!」
「やったぁ!」
2階からカノンとマーテは音を立てて降りていく。どんな状況にあっても食欲はある。上で話していた二人はとてもわくわくしながら下に降りていった。
ふわりと漂う甘い香り。上に合わせた三つ葉の匂いが加わり、完璧なハーモニーを奏でる。
「今日はなぁ、『カツ丼』を作ったぞ!家特製のタレはもちろん、ベチの肉を新鮮な油で揚げて、庭のケムを炊いた熱々の『白ご飯』にその『ベチカツ』を載せたんだ!しかもどうやら、カツ丼は一般的に、勝負事の前に食べるらしい!今日にぴったりだな!」
カノンとマーテは顔を見合わせた。二人は丁度、2階でこれからの計画を立てているところだった。
「どうしてわかったの」
「なにがだ?」
「明日にはここを出ること。」
するとカノンの父は頭をガシガシとかいた。
「そりゃ、そんなふうにソワソワしていちゃ一目瞭然だわな。元気でいろよ、ほんとに。また必ず帰ってくるんだぞ。」
3人はニカっと笑い合った。コンも降りてきて、4人は賑やかに食事をとった。

「なにか、日記にヒントはないのかな」
マーテはカノンに聞いた。空はとっくに暗くなっている。二人は〈星〉を割らないための方法を考えていた。
「とにかく、またスコルピオスの面に行くべきじゃないかと私は思うのだけど。」
「いや、あそこは絶対にダメだ。というか、まだ町長と契約を結んだままだろ!あいつを一発懲らしめなかったら気が済まないよ!」
「ああ、そういえばスコルピオスの面で赤い糸の予言が出ていたのは正直驚いたよね。あいつ、それも知っているかもしれない。」
「とにかくそれが重要だ。どういう意図でやったのか、あいつは影の出現に関わっているのか、お告げについて何かを話したりしたのか問い詰める!いざとなったら実力行使だ!」
カノンはうなった。本当にそれがいいのかは誰も教えてくれない。カノンはスパイスの日記をとりだし、何か書かれていないか確かめようとした。その時。
チャリン。
地面に日記から黄色い何かが落ちる。
「なんだこれ。」
マーテがそれを拾い上げて、カノンに見せた。錆びた鍵が鈍く光り、存在を示している。マーテがそれを光にすかして見ると、何か文字が透けて見えた。
「何か書かれている。これは…」
『フロード』表面にはそう書かれている。
「オリオンの面の湖の名前だ。きっとこれの扉はそこにあるに違いない!カノン、町長を問い詰めた後にここに行こうぜ!」
「わかった。準備は終わったし、今日はもう寝よう。」

マーテが荒々しくドアを叩くと、鈍い音が響いた。しばらくして、中から人が現れる。それは間違いなく町長であった。
「やっときたか。…入ってくれ」
「ちょっとあんた!カノンに何してくれてんだ!」
「その話も中でさせてくれ。」
町長は静かに、辛そうに話した。カノンとマーテは朝起きて1番に、図書館に向かって歩いていった。幸い途中で影に遭遇することはなかったが、町に渦巻く雰囲気はとても重く、たまに見かける人も皆、苦しい表情をしていた。物質の状態を変える魔法が乱用されたらしく、街の端々が傷ついて、戻せなくなっている。
音を立てて扉を閉めると、三人は美しい彫刻がなされた部屋に入った。
「さて、どんな質問にも答えよう。」
町長は悲痛な顔で話す。二人は糾弾したい気持ちを削がれたので、落ち着いて話そうと決めた。
「どうしてあんな腕輪…宝石をカノンに渡した?」
「ある人を救うためだ。そのためには君達の膨大な魔力が必要だった。」
「ここに本がある。これで契約を終えることができる。これで契約は完了したと考えていいか。」
「いいさ。私との契りは終わりだろう。同意する」
「じゃあ、あなたの名前を教えてください。」
そこで初めて、町長は顔を上げた。
「私は…ブラックだ。」
カノンは眉を顰める。どこかで聞いたような気もする名前…まさか!
「あなたは、あのスパイスさんの彼氏さんでしたか?」
今度こそ当たりだった。町長は椅子を大きく引いた。
「ああ、そうだとも。彼女を救うために私は何年も待ち続けた。図書館の管理長であり、アートの町の町長になったのもそのため。スパイスを取り返そうと、曾孫から魔力を搾取するためにスコルピオスの面から私はそれを盗んだ。私はそんな愚かなことをしていた。それでも、あいつは他のやつに奪われたままだ…!私はそれを許せない。己と血が繋がっているというのに、私はその子供の世話もろくにみず、ただ復讐のことか取り返すことかを考え続けていた。本当にすまなかった。」
その顔に焦燥の気持ちが溢れ出ている。
「じゃあ、あなたは私の曽祖父なんですか?」
「そうだよ」
カノンはびっくりして頭を覆った。マーテが気遣わしげにカノンを見たが、カノンはやがて顔を上げた。
「もう一つ。影のことに関してあなたは関わっていますか?」
「いいや。何かを認知する、今はそれだけで歪みが生じ、影がやってきているようだ。何か止められるのなら頼む。」
カノンとマーテは顔を見合わせた。そして和解の気持ちを伝えようとしたその時。手に入った本を触っていたブラックが、一つの本に触れた。「truth」と、顔が感情がないように無表情になる。
『真実を記し、真実の糧とする。』
一言そういうと、ブラックは人形のようにバッタリと倒れた。本が光を放っている。二人はびっくりしたが、それどころではないと湖に向かってかけていった。

「魔法を使って登ろう!」
「わかった」
二人は浮いた。段々と近づいてきた湖の淵に降り立ったカノンとマーテは、扉を探そうとした。当たり一面波一つ立たず、不気味な静けさが漂っている。
見ていると、ブクブク…と泡が出てきた。
「これは…一体…」
二人が見る間に、影が沢山現れる。彼らは一様にこちらを認識すると襲いかかってきた。
「闇、大規模魔…」
「カノン、それは使っちゃダメだ!ここは俺が引き受けるから、カノンは先に行っておいてくれ!」
マーテが湖の真ん中を指さす。そこにはいつのまにか、大きな扉が存在していた。
「わかった!マーテ、絶対無事でいてね!」
カノンは魔法を使い、扉へ向かう。
鍵を回した。

瞬間、眩い光がカノンを覆う。その光が消えた頃には、畳の敷き詰められた場所にカノンは座っていた。周りを見渡すと、七人ほどの人が座っている。
「あの…ここは…」
「やっときてくれたか、カノン」
赤い衣を纏った人が話しかける。カノンは更に混乱した。この人たちはだれなのか。
「ああ…いらっしゃい。ここは神淵だ。」
緑の衣を纏った人が話しかけた瞬間、カノンは理解した。
「神様!」
両膝をつき、大きく礼をする。ハハハ、と大きな笑い声が聞こえた。顔を上げると、橙の衣を纏った神がこちらをみた。
「君をここに呼んだのはね、君に〈星〉を割ってもらわなければいけないからだよ」
「え、でも鍵はスパイスの日記から出てきました…」
「スパイスの日記を君の祖父に届けたのは私だ。彼女は美しかったからな。そこに紛れさせることなんて造作でもないこと」
パンパン、と手を叩く音が聞こえた。カノンは振り返った。水色の衣を纏った神がこちらを向く。
「今から話しましょう、本当の意味を。」

「あなたの先祖さん、スパイスにはただ、この世界の誤作動を直してもらおうと思っていました。ですが、他の世界の神の介入により、それは失敗。その誤作動の元凶はここにいるゴスです。」
「はい。私は人間の寿命がおかしいと思い、世界に降りたのですが、人間の一人に恋をしてしまいました。その少女はとても美しく、数式を操って壊れそうなガラスを編んでいたのです、そりゃあ恋に落ちない方がおかしい。私はすこーし小細工をして、人間の寿命が認識によってタイムラグが起きるようにしました。」
「ですがそれは全ての元凶でした。この方のせいで人間は段々と生きる気力が減っていった。一生が長くなると、その分覚悟も薄まるものです。そして何よりも歪んでしまったのが星。この星は元の形に戻そうとすると、今のままでは壊れてしまいます。」
「お告げのどこにも、『世界の終わり』がくるとは言っていない。今の〈星〉を止めてもらわなければいけない。そのために、あなたには大規模魔法を使えるように私がした。」
赤い衣を纏った人…この人はファソ神だったのか。
「星を割る方法…眠りにつかせる方法はただ一つ。その大規模魔法を一度に全て使い、全ての物質に対応する属性の魔法で時を抑える。」
「火には水を。風には土を。光には闇を。美には全ての属性を。その時間が全ての歪みを直すまで。」
「そのためには星の先端に立つ必要がある。効果的に魔法をかけよう」
「いつか、時間が来た時にはあなたの出番。あなたには眠りにかかった〈星〉を割ってもらう。そしたら人間の寿命は元通りになる。」
「わかりましたね。このままでは他の世界から連れてこられてしまった実体のない人たちが増えていく。すぐにお願いします。」
「あと5日もすれば、この世界は崩壊してしまう。」
「では元の世界へ。」
驚きで固まっているカノンの耳に、アクアがそっと耳打ちした。
「名のない賢者は亡くなりました。人を影から守ったそうですよ。」
問い返す間もなく、カノンは湖に戻っていた。

「カノン!大丈夫か?」
マーテが走り寄ってきた。カノンは呆然と湖を眺める。
「早く、終わらせないと…」
「どうしたんだ?」
カノンはマーテを振り向いた。
「マーテ、すぐ出発する。そうだね…1番安全そうなルート、水界の面を通ろう。」

飛びながら、カノンはマーテに全てを説明した。黙って聞いていたマーテは、頷いた。
「急ごう。」
火の玉になったような勢いで、二人は空にかけていった。
間に海が来る。船が一隻浮かんでいるのがみえた。
「あ、おーい!カノンとマーテじゃないか!乗らないのかい?おーい、おーい」
セイルが手を振っている。二人は軽く振り返し、すぐに飛んでいった。
「気をつけろよーー!」
カノンの手首には、マーテのブレスレットが光っていた。

「「うつれ」」
水界の面でも、二人はすぐに飛び立とうとした。すると、前は目につかなかったロープが見えた。どこまでも続くロープ。先端へと向かっているらしい。
「なんだろう、これ」
「それに構っているひまはないよ」
「でも、俺ものすごく重要な気がするんだ。」
二人は上を見た。一つのゴンドラが止まっている。一面がガラス張りで中には小さな座席が二つ。
「そうか…飛んでいったらいずれ体力がなくなってしまう。それよりも、ゴンドラを使うべきなんじゃないか。」
「…そうなのかな」
二人は中に乗り込んだ。と、あかりが灯り、ゴンドラは自動で動き出した。ロープはまっすぐ伸びている。
二人はその中で、これまでのことを話していった。
生まれた時。出会った時。お告げが降った時。家に初めて迎えた時。大規模魔法を初めて使った時。旅に出た時…あんな時、こんな時のことを話していく。
「ねぇカノン。そろそろカノンの誕生日だよね。」
「うん。」
滑る景色を眺めながらカノンは答えた。
「あと2日。」

日は落ちて、また上がった。まだゴンドラは絶えず動き続けている。きっと外から見ると蛍のように、その光は幻想的に水面に映っていたことだろう。

日は落ちた。ゴンドラは、段々と先端に近づいていることを示していた。地図が水面上に光っている。
「fate point…10」
朝が近づいている。二人はがコンと止まったゴンドラから降りて、砂浜になった土地を歩いていった。追い詰められている。今もどこかで誰かが犠牲になっているかもしれない。
「お、俺も手伝うから。」
マーテの声は震えていた。だんだんと見えてきた先端をよく見ると、丸くなっている。横はすでに宇宙空間となっていて落ちたら戻れなさそうであった。
「あそこでうつれと唱えたら、うつると思う。」
極度の緊張。
「「うつれ」」