ダメ恋の幕開けと香水

ダメ恋なんて自分で言うのもだせーな、と思うが、私の20代を振り返ると、こんな大事な時期に何をしてたんだろうという恋愛ばかりだった。

20代序盤に、まともに片思いして、両思いになって、付き合って、という幸せコースを辿っていれば、こうもダメな恋愛ばかりにならなかったと思う。

20歳まで守ってきた貞操観念がひん曲がってしまったのは、わたしのファーストキスを奪った相手との経験からだと思う。


焦っていた。最後に付き合ったのは中2だった。高校は部活ばかりで、女としての魅力を磨く時間も披露する場面もなかった。大学では非モテキャラを確立し、バイト先では年下の男の子に片思いをしながらも、その想いを伝えられず、相手の気を引くこともできずにくすぶっていた。

友人たちは次々に、意中の相手と相思相愛の関係になり、かわいらしいデートや記念日の話や、まだ皆経験が乏しかった夜の話にキャーキャー言っていた。友人たちが遠くに行ってしまったみたいで、焦っていた。どんどん自分に自信がなくなっていった。

私は、自分が身近なコミュニティ内で恋愛が出来ないことを悟った。当時全盛期だったmixiを出会い系のように使い、やり取りをしていたある男性と会うことになった。

相手は、確か7歳も上の男性だった。音楽や服の趣味が良くて、色白、黒髪、塩顔という、どちゃくそタイプの見た目。初めて乗る私鉄の沿線の駅で、夕方に待ち合わせをした。その日は、彼の行きつけの鳥料理屋に連れて行ってくれるということだった。7歳も上の男性と接することがなかったので、正直何を話せばいいのかわからなかったけど、行ったことのない大人なお店、慣れた様子でメニューも見ずにおすすめを頼んでくれるスマートさ、静かにぼそぼそと喋る低音ボイス、煙草を吸う仕草、そのすべてが私の心を打った。

酔いが回って、ふらふらとする足取りの私を連れて、彼は2軒目のバーに入っていく。初めて行くバーという空間に胸の高揚が収まらない。何を頼んだらいいかわからない私に、彼は味の好みを聞き、それに合わせたカクテルを頼んでくれた。煙草を吸ったことがないという私に、自分の吸っている煙草を試させた。口や鼻がスーッとした。デレデレ、くらくらとし始めた私に、彼は2杯目のカクテルを頼んでくれた。とても甘くて飲みやすいのに、びっくりするほどアルコール度数が高いカクテルだと言っていた。トイレに立つとふらっとして、彼は「大丈夫?」と笑いながら、私のおでこに手を当てた。香水のいい匂いがした。

気付いたらバーの螺旋階段を、手を繋ぎながら上がっていた。お店のすぐ前に大きい道路があって、彼がタクシーをさっと拾って乗り込んだ。「タクシーで移動するなんて、大人だ・・・」手を繋ぎながら、スカートをめくられ、太ももを触られた。キスをした。私のファーストキスは、タクシーの中で、その日初めて会った男性と、ディープキス、というやつだった。

彼の家の近くでタクシーを降り、家に帰る前にもう1軒立ち寄った。メキシカンバーのようなお店で、トドメのテキーラショット。酔って、羞恥心を失った私は、彼の言いなりになって、彼の肩にもたれたり、頬にキスをしたりした。

彼の家に着くと、ベッドに招かれ、また大人なキスをした。男性に、身体を触られるのも初めてだった。最後まではしなかったものの、彼は私に自身を咥えさせた。正直、嗚咽を何度もこらえた。

翌日、どこかに出かけるという彼と一緒に家を出た。ファーストキスとそれ以上の大人の経験を一気に体験した私は、当然彼の虜になってしまった。

すぐにメールを送り、また会いたいと伝えたはずだ。でもそれ以降、彼から誘われることはなかった。

その数か月後に、私からの猛プッシュの末、もう一度彼と会えることになった。初めて会った時に話したはずの私の話を、彼はほとんど覚えていなかった。「あれ?前も聞いたっけ?」と言われるたびに、悲しい気持ちになった。

その日も彼に誘われて、彼の家に行った。前回と全く同じ流れだった。悲しい気持ちになった。

翌朝、一人で目が覚めてしまった。私に背を向けて寝ている彼の背中に触れたかったけど、勇気が出なかった。そのふがいなさも、一生忘れない気がする。

前回と違って、送ってはくれなかった。ベッドの中から、「朝からいい声ですね・・・」という謎のお褒めの言葉をあずかり、「なんなんだよ・・・」と思いながら、家を出た。


どうしようもない恋と、後味の悪さを、少し引きずった。

彼の香水の香りも、しばらく忘れられなかった。街中で、電車の中で、同じ香りを嗅ぐと、びっくりするほど胸が締め付けられた。

「いい香りがする人はずるい」と思った。この時から、私は香りを身にまとうことに興味を持った。

ボディファンタジーのバニラのボディスプレーが、私のお決まりの香りになった。「すいかちゃんはいつもバニラのいい匂い」と言われ、サークルやバイト先では、バニラと言えば私、という印象がついた。新しい恋をして、意中の相手と接近をした時に「いい匂い」と言われるとすごく嬉しかった。

香りの力を知れたことは、7歳上の彼との経験を通じて、唯一良かったことだ。

今でも香水が好きだ。バニラの香りも好きだ。


あの時の彼は、もう30代後半のオジサンになっているはず。どんな人生を送っているんだろうか。27歳になった時にも思ったが、もしどこかでばったり再会したら、「7歳も下の大学生を弄ぶなんて、ろくでもねえ男だな」とビンタしてやりたい。


すいか

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