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【はかせエッセー】「1985年のビートたけしの弟子志願②」〜見るまえに跳べ〜日記の薦め。

 エッセー「たけしビート」(2021年1月4日)

 「1985年の弟子志願」という原稿をここに書いた。
 しかし、何か自分でも気になる。
  あの文章はまるで初めての弟子志願の時のように
 書かれている。

  プロレスラーの評伝も、そして芸人の評伝も書く
 ノンフィクションライターの田崎健太は
 「レスラーと芸人はウソつき」という箴言を残している。

 それは彼らが、
 インタビューやテレビのトークなどの発言に
 盛りつけが多いからであり、
 それを奨励、許される職業でもあるからだ。

  「ルポライター芸人」という肩書も名乗るボクは、
 芸人としての喋りと
 ルポライティングの手法の著述とは使い分けている。

 弟子入りについて聞かれると、
 弟子志願した一回目で手紙を渡して、
 その日、たけしさんから電話を貰って……
 その日から毎週、木曜日に出待ちして。
 6っヶ月後に……と最短距離で語ることが多い。

 35年ぶりに発掘した、初めて弟子志願した日、
1985年の8月29日の日記を見るとまったく違う。

 長い、しかも退屈な引用になるが
 興味があるひとだけ読んで欲しい。

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…………

 午前1:00。時報とともに
「オールナイトニッポン」が始まった。
 ラジオのイヤホンを耳につけたまま
 ヘルメットをかぶった。
 ヒルむ気持ちを打ち消し、
 バイクをスタートさせた。
 これから有楽町まで夜道をひた疾る。
 エンジンに乱れがちに耳に届いてくる。

 「あのひと」を読んで以来、
 以前にも増してあの人のことを想い巡らせていた。
 自分の生涯で、絶対唯一、至上の偶像崇拝。
 大学をやめて3年間、
 就職することもなくあの人の夢を見続けてきた。
 しかし長過ぎたモラトリアムが
 その夢を喰いつぶした。
 日々過ぎゆく時が、現実を近づけた。
 何も報われない東京の生活を捨て、
 田舎へ帰ることを考え始めていた。
 丁度、その時に「あのひと」が出版された。
 「たけし」を読んで人生感が一変したように、
 今度もインチキで姑息な「人生設計」砕け散った。

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 「パントマイムで林檎をむいて」
 を何度も何度もくり返して聞いた。
 過度にセンチメンタルなあの人に対する
 自分の想いを省みた。

  “どんな人生の興趣も栄光も悦びも
  「あの人」には敵わない”

 8月29日 木曜日。
 朝から悶々とし、のたうち廻る。
 “もう弟子など取る筈がない。
 夏休み最後の木曜日だ。
 自分と同じ様に思い詰めた奴が何人いることか。
 人前で臆病な自分に何が出来る。
 2年前の多摩川でも失敗したではないか!
 遅すぎる無駄な試みだ。
 会うことさえ不可能かもしれない。” 

 行かなくて済む言い訳を考える。
 最悪の結果を言いきかせる。
 「パントマイム〜」の詞が心に呼びかける。

  「似合わない服を着る生き方はつまらない。
   ひとりできめたならひとりでやりぬくさ」

  そして「見るまえに翔べ」とあの人が言った。

 ニッポン放送には1時間程で着いた。
 日比谷通りから局の前を覗き込むだけで
 人だかりがわかった。
 女の子のグループがやけに目についた。
 バイクで通り過ぎながら、場違いな所に来た気がした。
 とても同じ輪に入り切れない。裏通りの方へ行った。
 人だかりはなかったが、
 重そうな荷物を尻に引きポツンと
 アスファルトを見つめている男がいた。
 自分を見つめているようで痛々しいが、
 何故か可笑しい。
 張りつめていた気が少しゆるんだ。
 歩道に腰をおろしてラジオに耳を傾けた。
 まるで目の前であの人が話しているように聞こえた。

  放送終了。
 バイクを再び日比谷通りに移し、
 入口の方を覗き込む。
 女の子達が守衛さんの指示でか、
 きれいに列をなした。
 軍団が小走りに出てきた。
 銀のベンツが入り口に横づけされた。
 女の子の歓声とカメラのフラッシュが
 入り口からベンツへ移っていく。
 そしたあの人の姿は見えぬまま
 ベンツが動き出した。
 車は日比谷通りを出て、僕の目前をすり抜け、
 交差点をあっという間に右折して行った。

 僕は動き出すことも出来なかった。
 姿を見ることが出来なかった。
 あきらめかけていた、
 その時に白のカローラがベンツと同じ様に通り過ぎた。
 誰が乗っているかも、わからないのに、
 何故かその車に続いた。 
 桜田門付近でベンツに追いついた。
 黒いシールドで中は見えないが、
 あの人が乗っている筈だ。

 皇居のお堀に沿って2台の車が進む。
 それをつかず離れず追尾しているのは、
 以外にも僕のバイクだけだった。
 “これは何か運命の糸に導かれているに違いない”
 と自分勝手な思い込みに異様に興奮した。
 四谷の交差点をベンツが右折し、すぐに車は止まった。
 着いた所は、あの人の放送の中に何度もでてきた
 焼き肉屋「羅生門」の前だった。

 あの人が車から降りてきた。
 菊池さんとラッシャーが続いた。
 タクシーが次々と乗りつけられ、
 軍団のメンバーが降り立っていく。
 目の前にあの人がいて車のバンパーを覗き込み
 何か話をしている。
 僕はなすすべなく、あの人が入り口の扉に消えてゆくまで
 じっと見つめているだけだった。 
 ふと横を見ると、同じ様に原付きで乗りつけた、
 頭の左右を刈り上げた、
 半分モヒカン狩りの異様な奴がいた。
 おぼっちゃまが出てきて、その男に近づき
 「ご一緒に食事をして下さい」
 と丁寧にかつ親しげな笑みをうかべて言った。
 不気味な男は表情固くうなづいたが、
 おぼっちゃまが引き返すとバイクを置いたまま、
 反対方向に逃げるように消えていった。
 “”今日のラジオに出演し、
 変なラジオ体操を踊った男だろうか?“”
 いぶかりながらも不審な行動が気になって仕方がなかった。
 あんな願ってもない申し出に、
 うらはらに背を向けてしまう奴の想いが図り知れなかった。
 
  とり残されて虚空を見つめながら次の行動について考えた。
 “客を装って中に行け”出たところを土下座しろ。
 誰にでもイイ、話しかけろ“
 観念だけが行動していく。
 先刻から一人きり、
 焼き肉屋の中に入らないで菊池さんがこちらをにらんでいる。
 暗がり視線が合わないのが幸いだった。 

 見つめられたまま、時間が経ってゆく。
 菊地さんから見える自分の姿を想像してみる
 “短身少躯  眼鏡 年齢不詳 とっちゃん坊や、
 思い詰めた表情、汚い身なり”
 断片的な自分のイメージが次々とコラージュされる。

 “放送局に佇んだ松尾、
 ジョンレノンを撃ったチャップマン、
 「キングオブコメディ」の中のでR、デ・ニーロ”

 外形イメージに狂信的な性格を色づけてみる。
 菊池さんがあの人の身を案じて
 危険人物に気を配っているとしたら……
 たまらなく申し訳ない気持ちになってくる。
 いたたまれない。

 しかし、1時間程で菊池さんも
 タクシーに乗っていってしまった。
 単なる思い過ごしだった。
 焼き肉屋から出てきた酔客が意味ありげにこちらを見て
 「追い返されるよ」などと
 面白そうに言いながら通り過ぎる。
 笑われていると被害妄想に陥る。
 路肩に立ちつくしていると空車のマークのタクシーが
 トロトロと近寄って来る。
 座り込むと丁度目線にくる、
 行きからヘッドライトに飲み込まれそうだ。

“今、こんな時間にこんなところで
俺は何をしているのだろう”

周りの遠近がなくなって風景が虚ろになる。

“土下座なんか手垢のついた行為だし相手に迷惑だ”

「もう弟子入りには来るな」
 と何度あの人が発言したことか。
“弟子でなくてもいい”なんとかあの人のそばに居て、
 あの人の話が聞いてみたい”

「俺に悩み事の相談に来るんじゃないヨ。
 死ぬほど悩んでいる奴は、死ね」あの人が言っていた。

“とにかく話しかけることだ”
色々とパターンを考えてみるがどうしても長くなる。
「おこがましいのや、ご迷惑になるのも重々承知ですが、
 なんでもしますから、そばに居させて下さい」

 復唱しても長過ぎる。
 しかし、自分の気持を考えると
〈おこがましい〉も〈ご迷惑〉も
〈そばに居させて下さい〉も削りきれない。
 シンプルな土下座こそ思いが伝わるような気もする。

 自問自答をくりかえしていた。

 5時前、向かいの舗道に6人組の女の子が現れた。
 あの人との待ち合わせの時間だろうかと思う。

 “アッチへ行け! アッチへオマエらめ”

 再び銀のベンツが現れて、ガードレールの裂け目に居た
 自分の前に止まった。
 あの人がとうとう出てきた。
 鼓動が早まるのを意識した。

 入り口の前で一通りの挨拶をしている。
 そしてこちらを向いた。
 軍団らを残して小走りに近寄って来る。

 血が逆流する。

 近づいた。

 “さあ言え、今言え、今しかない”

 「お・こ・が・ま」
 硬直したまま、
 ふるえる膝がパクパクするだけで声にはならない。
 そのまま自分が通り過ぎて行った。

 6人組の女の子の輪の中に入って、
 酒気に赤らめた顔で無邪気に笑いながら、
 少し腰をかがめて女の子とフランクに話をしている。
 「遊ぼう、遊ぼう」
 とか口々に言っているのは女の子のほうだった。
 女の子の向こう側に、
 あの不気味なモヒカン刈りが居るのに気づいた。
 いつのまにか戻って来ていた。
 “あいつは何を考えているのだろう”
 チャンスを逸した落胆のためか、
 みるみる血の気が冷めていき、
 妙に冷静に女の子達とモヒカンと、
 そしてあの人を見比べていた。

 あの人は女の子に愛想をふりまいた後、
 遊びに行く様子をなく再び僕の前を通り抜け、
 車の前に来た。
 明日の予定などを短く打ち合わせ、
 後部ドアから乗り込もうとした。

 その一瞬、今までこの場にいた誰もが
 決してしなかった事=透明人間に気が付いた。
 そんな顔で僕の方を一瞥くれた。

 “で、おまえは何の用だい”

 そんな風に思える表情だった。
 きっかけをのがした僕にとって
 わざとチャンスを与えてくれるような
 間のようにさえ思えた。

 しかし、僕は何も言えなかった。

 目線さえ耐えきれずにはずしてしまった。

 心に激しく湧き上がる泣き出してしまいたいような感情を、
 必死におさえ込みまるで正反対に
 全身に無関心の表情を装って、
 あの人が車に乗り込むのを間近に見ていた。
 例えていうならバス停に佇む人の様に
 日常的で無関心のポーズを装えたに違いない。

 ベンツが白々と明けていく四谷の町が消えていっても、
 軍団が三々五々と解散して行っても、
 しばらくは、その表情のまま立ちつくした。

 僕は乗り遅れたバスをいつまで待つつもりだったのだろう。 

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………………

青臭い文章の引用で、読者には申し訳ない。

正確に言えば、初めての弟子志願では何も起こらなかったのだ。

 しかし、脳内にはここまでの思考が浮かび、
日記には若き日の特権である悶々が文字で記されている。

 若者に将来自分が歴史に記されることを望むなら、
今からでも日記を書くことを奨励したい。

 そして自らがフリーの職業選択をする時には、
これほどまでの逡巡があることを知ってもらいたい。

 自分だけではない。
皆、同じ経験を経て、暗闇にジャンプをするのだ!

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