藝人春秋Diary。天才『那須川天心』
『藝人春秋Diary』
〜よりぬきハカセさん企画〜
『平家物語』巻第十一より──。
源平合戦のメインイベント、屋島の戦いに於いて平家の船に扇が立てられたのを見た、判官・源義経。
「わが軍に、あれを射ることができる武者としては誰がおろうぞ」
召し出されたのは那須与一。
「この若者は、間違いなく命中させることと存じます」
味方の武者たちの太鼓判に、義経も頼もしげに見つめていた……。
与一、その歳、20歳に如かず。
その若者は揺れる船の上から扇を弓の矢で射抜いて見せた。
その832年後、ひとりの「20歳に如かず」の若者が戦(いくさ)を語る。
「鉄砲を渡されて、1発で当てられないと国が滅亡するぐらいの状況でも、僕は平常心を失わずに撃てる自信がある」
(那須川天心自叙伝『覚醒』より)
2018年2月12日──。
寒風吹きすさぶ如月だが、連日、平昌五輪の熱狂に包まれていた。
そんなさなか、ボクはキックボクシング興行『KNOCK OUT』を観戦するため大田区総合体育館へと向かった。
会場は第2試合にして既に超満員。
観客の目当ては無論、19歳の〝スーパー高校生〟那須川天心だ。
平成最後の格闘技の天才は名は体を表すの理(ことわり)どおり、まるで平家物語の那須与一の如し。
数々の熱戦に続き、いよいよメインイベントの第7試合。
天心の入場曲、矢沢永吉「止まらないHa~Ha」が会場に鳴り響いた。
♪乗ってくれHa~Ha!!
ボクは持参したE.YAZAWA風デザインの天心タオルを永ちゃんの嗄声(しわがれごえ)に乗せて天高く放り投げた。
リングインと同時に天心の口は半開きに、眼の奥に火が灯る瞬間、リングに戦いの炎(ほふら)立つ。
ボクの長い格闘技観戦歴で10代の選手にここまで夢中になるのは初めてだ。
期待と歓喜に会場が爆発した。
那須川天心──。
将棋界の藤井聡太、卓球の張本智和、プロ野球の清宮幸太郎など各界で活躍する10代の天才児たちと同じく1998年生まれの19歳。
まさにコクトーいわくの“恐るべき子供たち”だ。
早くにキックボクサーの職業を選んだため、あえて4年制の定時制高校へ通った天心は19歳でも高校生を続けている。
中学卒業後、15歳で1R58秒KOという鮮烈なプロデビューを果たし、2016年からはMMA(総合格闘技)にも挑戦。ルールが違う格闘技で活躍する様は大谷翔平「二刀流」と被る。
さらに世界有数の格闘技団体からも出場オファーが届いている。
那須川天心は強さだけでなく、類まれなストーリーを持ち合わせる。
格闘技経験のない父親をトレーナーに5歳の頃から親子鷹でトップを目指す姿は『巨人の星』を彷彿とさせ昭和ファンには郷愁を誘う。
ボクが那須川天心を初めて観たのは2016年12月29日、さいたまスーパーアリーナだった。
日本の格闘技ブームは2003年大晦日の民放3局格闘技イベント放送をピークにして徐々に衰退。
業界の牽引車であった「PRIDE」崩壊という憂き目にも遭い、2010年以降は冬の時代に突入していた。
そんななか地上波のゴールデンタイムに格闘技を蘇らせるべく再起したのが2016年の年末に3日間にわたって行われた「RIZIN」であった。
この大舞台で初めて総合格闘技ルールに挑戦した天心は強烈なパウンド(グラウンド状態からのパンチ)連打でTKO勝ち。
しかも、試合後にマイクで翌々日の出場をアピールした。
真剣勝負の格闘家が連戦をする異常さは、マラソンランナーが中一日で再びレースに出るほど前代未聞のこと。
だが那須川は言葉どおり中一日での連戦を実現させる。
そして、その大晦日、ボクはバックステージでウォーミングアップ中の天心のミット打ちに遭遇。
記者はおろか、他の選手も見惚れるド迫力の光景を目撃し、この若武者に一気に魅せられた。
2017年10月6日──。
ボクがコメンテーターをつとめるMXテレビの『バラいろダンディ』生放送で那須川天心と初めて言葉を交わした。
出演者が今の一押しを紹介する『そのオススメ、凶暴につき』のコーナーだった。
「ボクが紹介すると変な色がついてしまうんじゃないか」と危惧しつつも年若き天才に最敬礼で接した。
天心は言葉少なだったが、ボクのたっての要望で、元K―1王者の佐竹雅昭を相手にミット打ちを披露してもらった。
そして、場面は再び『KNOCKOUT』のメインイベントへ。
この日の対戦相手は立ち技世界最高峰「ムエタイ」史上最強の刺客と称されたスアキム・シットソートーテーウ。
あまりの強さに母国タイでは2階級上の王者と闘い、それでも勝利するほどの超絶の強者。
天心にとってキャリア最大のピンチといわれたが、格上王者と息詰まる攻防を展開し、5Rに渡りスピードに乗った攻撃でスアキムを圧倒。それ以上に、相手の攻撃を寸前でかわす高度な防御が光り、3―0で文句なしの判定勝利を収めた。
我が観戦歴で、これほど長く緊迫感が続いた試合は過去に記憶がなく、生涯ベスト級の一戦だった。
リング上で勝ち名乗りを上げ、永ちゃんの曲が流れ出した。
♪乗ってくれHa~Ha!!
試合のあまりの面白さに感極まりボクは55歳の馬齢を忘れリングサイドで曲に合わせてノリノリに踊った。
再び、冒頭の『平家物語』の那須与一の活躍の後章「弓流」を引こう。
あまりの面白さに、感極まったのであろうかと見えて、船のうちから年五十ばかりの男にて、黒革縅(くろかわおどし)の鎧を着て、白木の柄の長刀(なぎなた)をもったのが現れ、扇を立ててあったあたりに立って舞い始めた。※
この一戦を制した天心はデビュー以来、無傷(ダウンを奪われたことすらない)の29連勝!
その記録は将棋の藤井聡太五段(15才)に並ぶ快挙だ。
しかし、翌日のスポーツ紙の扱いは思いの外、小さかった。
日本に於いてキックボクシングはキックの鬼・沢村忠の登場によって60年代後半に民放4局で放送という超一大ブームとなるも「驕れる者は久しからず」の通り栄枯盛衰の道を辿った。
その後は団体の離合集散を繰り返しており、長きに渡って規格外の天才の出現が待たれてきたが、そのなかでようやく現れたのが那須川天心なのだ。
ボクシングへの転向を視野に入れた天心の格闘ロードは日本ボクシング界の至宝・井上尚弥とのボクシングルールでの一戦へ向かうのではないかと予想されている。
さらに、山中慎介vsネリ戦を生観戦した後、勝ち逃げしたネリに対して天心はツイッターで「やるしかないな」と呟いた!
天心陣営はそれらのドリームマッチも将来設計として織り込み済だ。
必ずや時空を超えた「屋島の戦い」が実現することだろう。
奇しくも天心は8月18日生まれ。
ボクと同じ誕生日だが36歳もエイジ(年代)が年下だ。
80年代に漫画『エイジ』で、リングの少年を描いた天才画伯の江口寿史よ! 天心の面影にエイジの面影を想起する老ファンがここにいる!
貴方も1977年に『恐るべき子どもたち』でヤングジャンプ賞に入選してデビューを飾ったはず。
江口寿史画伯よ!
いざ、ここで未完の『エイジ』の結末、この〝恐るべき子ども〟の“あした”を描いてくれ!
(※『謹訳 平家物語[四]』林望 著/祥伝社より)
(イラスト・江口寿史)
【その後のはなし】
この一文は、古典の引用を取り込む『週刊新潮』スタイルのパロディで書いてみた。
しかし、伝説に語り部は何時の世にも必要だ。
『平家物語』は琵琶法師たちが語り継いでいった口承文芸であり、複数の声が内にある。そして、彼らは自分なりのアレンジや逸話をサインするように足したり引いたり編集しながら、次へと引き継いでいった。
それがある時に『平家物語』として書き残されたものを今の僕らは読むことができる──。
と、作家の碇本学が書いていたが、まさに無名の琵琶法師こそが現代のプロスポーツの観客でありスポーツライターではなかろうか。
彼らが勝負を物語として語り継ぐ。
その後、2018年4月27日──。
ウエブマガジンの取材で千葉県松戸にあるTEPPENジムで天心と再会した。 都会の喧騒を離れた長閑な環境、かつ彼のホームでの取材であったため、天心選手もリラックスし、互いに打ち解けて話し合えることが出来た。
対談のなかで天心が「国民栄誉賞が欲しい!」と言っていたのが印象的だ。ボクは「国立競技場のメインを!」と「フィリピンの英雄・パッキャオのようにアスリートから国民的な政治家に転身し総理大臣を目指して欲しい!」と荒唐無稽な夢を押し付けた。
さて那須川天心の実績に対して、世の中の知名度、マスコミの取り上げ方の低さに憤慨しながら、この原稿を書いたわけだが、2017年の大晦日には世界中に知れ渡るマッチメイクが実現した。
その対戦相手は、フロイド・メイウェザー。
言わずとしれた史上最強のボクサーであり50戦無敗という伝説と共に引退したレジェンドである。
対戦実現に至るまでの条件闘争は紆余曲折あり、結果、ボクシングルールのエキシビジョン(勝敗を公式記録としない)として両者は、さいたまスーパーアリーナのリングで対峙した。
結果はメイウェザーが圧倒し、1RKОに終わったが、あのメイウェザーが本気で仕留めにかかったことに天心の評価は高まった。
その対戦の意味や、その後の経歴への重さを考えれば、世界中に名を知らしめた20歳になったと思う。
そして迎えた2020年大晦日──。
「RIZIN」大会、セミファイナル。
当然のように天心は大晦日に登場した。
数年前に比べてバラエティー進出路線も功奏し俄然、知名度は高まった。
リングサイドには、空手仲間だった幼馴染の俳優・横浜流星がエールを送る。
ムエタイ戦士(名前は生涯、覚えられないだろう)と対戦。3−0の判定勝利で圧勝、38戦全勝のまま年越しを果たした。
この日、最も驚かされたのは、この日、会場にK-1 3階級王者・武尊(タケル)が現れ、天心の試合をしかと見届けたことだ。
4年前の原稿では名前を出すことすら「暗黙の業界ルール」で出来なかった。
2021年に晴れてファン待望の一戦が実現するやもしれぬ。
まだまだ、天才・天心の天下の一戦「平家物語」ははじまったばかりだ。
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