詐欺罪における財産上の損害

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□詐欺罪における財産上の損害
日本の刑法典においては、欺罔者の欺罔行為の結果として、交付者に「財産上の損害」が生じる必要があることまでは明示されていない。
→財産上の損害をどのように定義付けるかについて、学説上争いがある。
  
被害者の全体財産の経済的減少を要求する立場(全体財産減少説・林など)も主張されていたが、そもそも詐欺罪は財物・利益という個別財産の移転を本質とする犯罪であり、全体財産に対する罪である背任罪とは区別されるべきであるとの批判がなされた。加えて、相当な対価の提供があれば詐欺罪が否定されるということになれば、処罰範囲が不当に限定されてしまうとの指摘もあった。これらを踏まえて、今日では、個別財産の喪失自体が損害であるとの見解(個別財産喪失説)が通説となっている。
 
→詐欺罪は、物・利益が交付行為により移転することにより既遂となり、交付により移転した個別の物・利益の喪失自体が詐欺罪における法益侵害であるとするのが今日の通説である。
 
なお、人を欺く行為によって相手を錯誤に陥れた上、相当の対価を支払って財物の交付を受けた場合に詐欺罪となるかという点については、見解が対立している。

 ・形式的な財産の占有移転だけで詐欺罪は成立せず、実質的な財産上の損害をも要件とする(実質的個別財産説・西田、中森、前田、高橋、松原など)

 ・実質的な財産的損害の発生は積極的に必要とされるものではなく、欺罔行為に基づく財物や財産上の利益の移転があれば足りると解する見解(形式的個別財産説・団藤、
大塚など)

さらに、実質的個別財産説に賛成しながらも、財産上の損害を「246条の書かれざる要件」と捉えるのではなく、欺罔行為または錯誤という要件から理解する見解も見られる。

法益関係的錯誤説:被欺罔者に法益関係的錯誤があったことを要求する(山口、佐伯、橋爪など)
※法益関係的錯誤:交付した財物・利益それ自体の内容や価値に関する錯誤、或いは交付行為によって達成しようとした社会的・経済的に重要な目的に関する錯誤。
→法益関係的錯誤を惹起するおそれのない詐欺的言動は、そもそも詐欺罪における欺罔行為にあたらないことになる。

+重大な錯誤の存在を求める見解もある(井田など)

判例は、実質的な財産的損害の発生について詐欺罪成立の積極的要件としていない(最決昭和34・9・28刑集13巻11号2993頁)ものの、交付に係る客体の移転にあたり、相手方の錯誤が客観的にも取引上の重要性を有し、かつ交付者にとって決定的な意義を有するものであることを必要としているあるため、実質的個別財産説になじむものと解されている。
 
 
□判例の検討
…最決平成26年3月28日刑集68巻3号646頁(①事件)

〈事実概要〉
 (ア)本件は、暴力団員である被告人が、本件ゴルフ倶楽部の会員であるAと共謀の上、長野県内のゴルフ場において、同倶楽部はそのゴルフ場利用約款等により暴力団員の入場及び施設利用を禁止しているにもかかわらず、自らが暴力団員であることを秘し、同倶楽部従業員に被告人が暴力団関係者ではないと誤信させ、結果として被告人と同倶楽部との間でゴルフ場利用契約を成立させた上、施設を利用することにより、財産上不法の利益を得たという事案である。
(イ)本件ゴルフ倶楽部においては、ゴルフ場利用約款で暴力団員の入場及び施設利用を禁止する旨規定し、入会審査に当たり上記のとおり暴力団関係者を同伴、紹介しない旨誓約させるなどの方策を講じていたほか、長野県防犯協議会事務局他の加盟ゴルフ場による暴力団排除情報をデータベース化した上、予約時又は受付時に利用客の氏名がそのデータベースに登録されていないか確認するなどして暴力団関係者の利用を未然に防いでいた。
(ウ)本件ゴルフ場では、利用客は、会員、ビジターを問わず、フロントで「ご署名簿」に自署して施設利用を申し込むこととされていたが、Aは被告人が暴力団員であることが発覚するのをおそれ、フロントにおいて、自分については署名しながら、被告人ら同伴者5名については、その氏または名を交錯させるなど乱雑に書き込んだ「組合わせ表」を従業員に渡して、「ご署名簿」への代署を依頼するという異例な方法をとった。

〈原審判決〉詐欺罪成立(2項詐欺罪)
〈最高裁決定〉上告棄却
 
 (1)「ゴルフ場が暴力団関係者の施設利用を拒絶するのは、利用客の中に暴力団関係者が混在することにより、一般利用客が畏怖するなどして安全、快適なプレー環境が確保できなくなり、利用客の減少につながることや、ゴルフ倶楽部としての信用、格付け等が損なわれることを未然に防止する意図によるものであって、ゴルフ倶楽部の経営上の観点からとられている措置である。」

 (2)「以上のような事実関係からすれば、入会の際に暴力団関係者の同伴、紹介をしない旨誓約していた本件ゴルフ場の会員であるAが同伴者の施設利用を申し込むこと自体、その同伴者が暴力団関係者でないことを保障する旨の意思表示を表している上、両者が暴力団関係者かどうかは、本件ゴルフ倶楽部の従業員において施設利用の許否の基礎となる重要な事項であるから、同伴者が暴力団関係者であるのにこれを申告せずに施設利用を申し込む行為は、その同伴者が暴力団関係者でないことを従業員に誤信させようとするものであり、詐欺罪にいう人を欺く行為にほかなら」ない。

※なお、同日に同様の事案について正反対の最高裁判決が出されている。
…最決平成26年3月28日刑集68巻3号582頁(百選Ⅱ 51事件)(②事件)
 
暴力団関係者であるビジター利用客が、暴力団関係者であることを申告せずに、一般の利用客と同様に、氏名を含む所定事項を偽りなく記入した「ビジター受付表」などをフロントに提出して施設利用を申し込んだ。なお、本件ゴルフ場では、約款等で暴力団関係者の施設利用を拒絶する旨規定した上、クラブハウス出入り口に「暴力団関係者の立入りプレーはお断りします」などと記載された立看板を設置するなどして、暴力団関係者による施設利用を拒絶する意向を示していたが、それ以上に利用客に対して暴力団関係者でないことを確認する措置は講じられていなかった。また、周辺のゴルフ場において、本件ゴルフ場と同様、立看板などの設置により暴力団関係者排除活動を推進しながらも、実際には暴力団関係者の施設利用を許可・黙認している例が複数確認された。

要旨「暴力団関係者であるビジター利用者が、暴力団関係者であることを申告せずに、一般の利用客と同様に、氏名を含む所定事項を偽りなく記入し」、「施設利用を申し込む行為自体は、申込者が当該ゴルフ場の施設を通常の方法で利用し、利用後に所定の料金を支払う旨の意思を表すものではあるが、それ以上に申込者が当然に暴力団関係者でないことまで表しているとは認められない。」

→詐欺罪の成立を否定

 ※なお、本件ゴルフ場がビジターの施設利用申込みにつき会員による紹介・同伴を原則としている点を重視し、ビジター利用の申込みについては、フロントにおいて申込の事実行為をした者の立場にかかわらず、紹介・同伴された者が暴力団関係者でないことを会員によって保証された申込みと評価できるから、本件のような申込みは欺罔行為に当たるとの小貫芳信裁判官の反対意見がある。

○挙動による欺罔行為
 ①事件では挙動による欺罔が肯定されており、②事件では否定されている。これは、両事件の判例が重視した事実関係の違いによるものである。①事件では、ゴルフ場が暴力団関係者排除のために講じていた諸々の措置が重視されているのに対し、②事件では、暴力団関係者排除に向けた積極的な措置が講じられていなかったことや、周辺のゴルフ場における暴力団関係者の施設利用状況から、ゴルフ場の利用客が当然に暴力団関係者でないといえる状況になかったことなどが重視されている。

 ○「施設利用の諾否の判断の基礎となる重要な事項」(重要事項性)
   判例は、「施設利用の諾否の判断の基礎となる重要な事項」について、欺くことを要件とすることによって詐欺罪の処罰範囲を画定しており、財産的損害については要件としていないと解されている。

①事件においては、挙動による欺罔行為と一体的に重要事項性についても肯定されている。ここで、上記①事件判旨引用部分(1)において示されている「経営上の観点」という概念は、本件欺罔の対象事項の重要事項性を基礎づけるものである。これは、別人を航空機に乗せる目的を秘して、自己が搭乗する者であるように欺罔して搭乗券の交付を受けた事例において、問題となった欺罔行為について「航空会社に対する社会的信用の低下、業績の悪化に結び付くものであり、…会社にとって、搭乗券の不正使用を防ぐ財産的利益は極めて大きい」ことを認定し、よって「交付の判断の基礎となる重要な事項」にあたると判示した判例(最決平成22年7月29日刑集64巻5号829頁)を受けたものであると解される。

②事件では、そもそも挙動による欺罔行為が認められず詐欺罪の成立が否定されているため、本件ゴルフ場にとって利用者が暴力団関係者であるか否かが「重要な事項」と評価できるのかについては、具体的判断が明示されていない。

□私見
 本件事案における最高裁の判断を支持する。一方で、この判例の論理が独自に解釈されるようになった場合、身分を秘して何らかの取引を行うことが常に詐欺罪にあたる可能性が生じ、可罰範囲が不当に拡大するという懸念がある。また、暴力団関係者であっても周囲にそれと分からないように振る舞う場合と、一般人であってもトラブルを起こす場合を比べると、後者の方が施設の営業において害がある。これを踏まえると、「暴力団関係者の利用により周囲の利用者を畏怖し、トラブルを起こすから」という暴力団関係者拒絶の理由づけについても疑問が生じる。むしろ、暴力団という要素よりも「トラブルを起こすことを秘して施設を利用する」ことに欺罔の本質があるように思われる。


参考文献
大塚仁ほか編『大コンメンタール刑法第13巻[第3版]』(青林書院、2018年)
117~129頁(高橋省吾執筆)
西田典之=橋爪孝補訂『刑法各論[第7版]』(弘文堂、2018年)220~232頁
今井猛嘉、小林憲太郎、島田総一郎、橋爪隆著『刑法各論[第2版]』(有斐閣、2015年)186~188、201~208頁
山口厚『新判例から見た刑法[第3版]』(有斐閣、2015年)295~296頁
佐伯仁志ほか編『刑法判例百選Ⅱ各論[第8版]』(有斐閣、2020年)
               104~105頁(伊藤渉執筆)、106~107頁(松澤伸 執筆)

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