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【全文無料】掌編小説『春の迷想』柳田知雪

 三寒四温を繰り返し、少しずつ春は芽吹く。花が咲き、一気に色づき始める世界は活気に満ちているけれど、それは同時に別れの季節でもある。
 それは、俺たちも例外ではない。
「そろそろ、だな」
「なんだよ、寂しいのか?」
「う、うるせぇ!」
 揶揄う俺に、彼はむっと唇を尖らせた。分かりやすい反応に、堪えきれない笑みが零れてしまう。こんな顔を見るのもしばらくは……いや、もしかすると最後かもしれない。
「俺たちの関係は春までだって分かってただろ? 湿っぽいのは、お互いらしくない」
「そんなの、頭では……分かってるけどさ」
 触れた身体に、少し前までの火照るような熱はない。それでも、がっしりとした彼の身体はいつも俺に安心感を与えてくれた。
 秋をすっ飛ばしてやってきた冬も、こいつとだから乗り越えられた。彼にもらう熱を身のうちから零さないよう、大事に大事に包み込んで。
「また来年な!」
「!」
 放たれた希望の言葉に虚を突かれる。突然咲いた彼の満面の笑み、これからの春を生きるに相応しい表情だ。
 それに比べてただ固まってしまう俺に、彼はしてやったり、と悪戯な笑みを浮かべた。
「さよならなんて、言わねぇから!」
「……今、言ったよな?」
「違っ……! 今のは言葉のあやってやつ!」
「はいはい。そうだね、また来年」
 君が言うと、本当に会える気がするから不思議だ。そんな確証なんてないのに。
 だって、俺は……──

 * * *

「こたつ布団ー!」
 掃除をしていたはずが、いつの間にか妄想の世界に耽ってしまった。
 こたつ机×こたつ布団のBL妄想は進み、やがて耐え切れず声が漏れる。そんな私に、掃除の進捗を確かめにきた妹が冷ややかな視線を向けた。
「えっ怖、急に何叫んでんの? ってか、早くこたつ片付けてよ。もう3月だよ?」
「無理だよぉ、こんな仲睦まじい二人の仲を引き裂くなんて!」
「え、本当に怖い……何の話?」
 結局、呆れた妹が私の制止を振りきり、こたつ布団をベランダに干してしまった。きっと夕方には押し入れに仕舞われ、こたつ机もただの机としてこれからを生きていくだろう。
 家族はそろそろこたつ布団は買い替えようかと言っていたけど、大丈夫。来年もまた使ってあげるからね、こたつ布団さん。


◇ ◇ ◇


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