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悔しさを胸に、林業衰退の時代に抗おうと決めた

家から外を眺めてみれば、少し足を伸ばせば、私たちは当たり前のように山や森林に親しむことができます。そして、それを特別なことだとは、もしかしたら、思っていないかもしれません。

ですが、日本は世界でも類を見ないほどの森林大国であり、山や樹々の量や質においても世界トップクラスです。かつて鎖国をしていた日本を訪れたペリーが、日本を「森林のワンダーランド」と評したという記録も残っているほどなのです。

しかし、実はこの世界トップクラスの価値の高い森林を支えている林業がいまや絶滅の危機に瀕してしまっています。この危機に対して立ち上がったのが、株式会社浅尾です。

滋賀県の湖北部に位置する長浜市にて、祖父の代から林業に携わってきた中で、浅尾さん自身も森林から木を伐採し搬出する仕事をしていたのですが、このままこの業界が衰退するのは見ていられない、との思いで、2010年に起業しました。

今回は、この斜陽になりつつある林業という業界に、新しい光を照らそうと奮闘されている株式会社浅尾の代表浅尾年彦さん、息子の浅尾渓太さんにお話を伺いました。


悔しさを胸に、時代に抗う

浅尾年彦さんが株式会社浅尾を起業しようと決意したきっかけ、それは、自分が尊敬してきた先達たちの姿でした。

すでにその頃、林業に携わって20年以上が経過した浅尾さんの周りには、とてつもない能力、技術を持った人たちがたくさんいました。それは、浅尾さん曰く、人間国宝と呼ばれてもおかしくないほどの、価値のある技術であり能力だったそうです。

そういった素晴らしい人たちが、十分な評価も理解もされずに、仕事を失っていく様子を目の当たりにしながら、浅尾さんは、悔しい、情けない、と胸を痛めるばかりでした。

さらには、若い人たちが、林業に携わりたい、森林に関わる仕事をしたいと、浅尾さんのところに相談に来たところで、食えない仕事だから、と断るしかなかったといいます。

先輩たちは徐々に引退してしまい、若者は受け入れることができない。それでも、この林業という仕事の魅力を知っている浅尾さんにしてみたら、諦めることはできませんでした。

食えない仕事、衰退していく業界。時代の流れはまるで決まってしまったかのようで、30年前から90%以上の人がこの仕事から去っていきました。

そんな業界から浅尾さんもまた手を引くのではなく、全く逆の行動にうって出ました。それが、株式会社浅尾の設立です。

時代は、林業に逆行しているかもしれない。それでも、どうしても、この時代の流れに抗ってやる。先輩たちをみてきた悔しさを、何もできなかった惨めさを、このまま終わらすわけにはいかない。

そして、林業という業界に光を。そんな思いで、株式会社浅尾はスタートしました。


試行錯誤

起業してからすぐに取り組んだのが、オリジナル商品の開発でした。株式会社浅尾は、林業の中で、伐採、搬出、製材まで広範に携わっていたのですが、現実問題として、これだけでは食べていけないという問題がありました。

そこで、加工も手がけることによって、オリジナル商品の開発・販売までできれば、この業界に新たな可能性を生み出せる、浅尾さんはそう考えました。

そこから、木製であれば、ありとあらゆるものを手がけ、製造しました。机や椅子などの家具はもちろんのこと、まな板や小物入れなどの日用雑貨まで。自分たちでアイデアを出しては、実際に作ってみるという試行錯誤を繰り返しました。

ポツポツと売れはするものの、これだ、という手応えを感じるような製品ができない中で、転機は突然やってきました。

それは、長浜市の役所の方からの依頼でした。長浜市の木材を使った知育玩具・遊具を作ってほしいという話を受けて、木工の知育玩具という新たなフィールドに乗り出すことになったのです。


ZURENGAという光

この長浜市からの依頼を受けて、3種類の知育玩具のプレゼンをしてみたところ、高い評価を受け、浅尾さん自身も可能性を感じることができました。そんな浅尾さんに、もう一つ追い風が吹きます。

それが、東京での展示会への誘いでした。そこで、また新たな試作品を制作し、展示へと踏み切ったところ、さらに大きな評価を受けることができたのです。

この2つのきっかけから生まれた試作品を、製品として出せるまでに改良を重ねたものが、現在の「ZURENGA(ズレンガ)」です。


ZURENGAで作った椅子

ZURENGAの大きな特徴は、レンガの6面すべてに穴が空いているので、上下左右前後、どの方向にもレンガを積み重ねることが可能なところです。

従来のブロック、もしくは、積み木の場合、上に積み上げていくか、もしくはできても少し横に伸ばすくらいのものでした。そのため、子どもたちはブロックの特性に応じて、作れるものが限られてしまっていました。

それに対して、ZURENGAは、どの方向にもいくらでも伸ばし、重ねていくことができるので、子どもたちが本当に驚くほどの大きなものや奇抜なものを作ってしまうのだそうです。


子どもたちが作ったZURENGAの家

そして、もう一つ大きな特徴は、スギの木を使用している点です。

このスギの木の特徴は、柔らかくて軽い点です。そのため、子どもが気軽に扱うことができ、頭にぶつかってもそれほど痛くないという特徴があります。

それなのに、従来の木工のおもちゃで使用されることはほとんどありませんでした。というのも、加工があまりにも難しいからです。

柔らかいスギの木の加工の難しさは、お豆腐やスポンジを思った通りの形に切るのが難しいのと同じように、穴を開けようとしても柔らかいために、真っ直ぐに行かなかったり、木がちょっと反発したり曲がってしまったりということが起こってしまうようです。

この難しさを乗り越えるために、株式会社浅尾では、木を加工するための刃物と機械から開発をして、ZURENGAを完成させました。

このような困難を乗り越えながら誕生したZURENGAですが、保育園や幼稚園で試しに使ってもらうと、子どもたちがすぐにのめり込んで、大人も顔負けの作品が次々と誕生していくようです。

そして、この様子を見ながら、浅尾さんは、この先に光があるのかもしれないと感じることができたといいます。それは、ZURENGAが照らした光でした。


滋賀から世界へ

そして、浅尾さんは、このZURENGAに日本だけではなく、世界へも挑戦できる、そんな可能性をも感じています。

北欧の知育玩具が当たり前に日本で重宝されるようになってはいますが、実は日本製のものだって十分に勝負できる、と。そして、もっといえば、逆に世界への展開だって可能性があるのではないか。

浅尾さんは、そんなふうに未来を見据えています。

知育玩具といえば北欧ということが当たり前になっている中、森のワンダーランドだった日本からの逆襲が、すでに、滋賀県から始まっているのかもしれません。


中小企業が変われば、日本が変わる。その思いをもとに、今まさに変わろうとしている、新しい挑戦に取り組んでいる、チャレンジしている中小企業をご紹介しました。

株式会社浅尾のおもちゃが、日本の林業の明日を変えるかもしれません。

それでは、次回のnoteもお楽しみに。