lunch22_高橋大介さん

自分の無力さを教えてくれたお客さんの悲しい顔が忘れられない Lunch#22 高橋大介さん

小学生の時に負けた喧嘩がきっかけで、
逃げ出したくて、たどり着いたのが、美容師だった。

その選択が、ここまでのドラマを生むなんて、
高橋さん自身も気づいていなかったはず。
とにかく波乱万丈。そして、書ききれませんでした。

数多くの挫折が、今の高橋さんを作り上げています。
周りの人への愛情のつまった素敵な人です。

そんな高橋さんのポイントはこちらです。
・美容師になった夜
・原宿でなければ、美容師じゃない
・弱点だらけの自分

まずは、美容師になった夜

高橋さんは、無理を言って親に入れてもらった私立高校を3日で中退。
それと同時に、親からも勘当同然に、家を放り出されてしまいます。

自分自身が生きるためには、働くことが必要だった。
そこで見つけたのが、寮完備の美容室でした。

当時の美容師免許は、1年間学べば、
あとは実務によって、取ることができたのです。

それから、下宿しながら、見習いとして美容室で働き、
インターンをして、さらに、スタイリストデビューを果たすのです。

が、しかし。

当時の自分自身に対して、高橋さんはクズだったと、
はっきり言い放ちます。

美容師という仕事をなめていたし、
どういう仕事かもわかっていなかった。

なんとなく髪を切ればいいんでしょってくらいにしか考えていなかった。

そんなのは、今考えたらクズでしたね、と教えてくれました。

そんな高橋さんに、転機が訪れます。

当時、横浜の美容院で働いていたのですが、
突然、高橋さんともう1人の美容師を残して、
全員が全員、ストライキをしてしまったのです。

高橋さんともうひとりの方は、偶然にも、話を聞いておらず、
朝来たら、誰もいない美容室。

その日の予約は8人。
残された2人が、やるしかありませんでした。

当時、高橋さんができたのは、簡単なカット程度。
そこに、ストレートパーマやデザインカットなど、
無理難題が次々と降りかかってきます。

ここで、高橋さんが感じたのは、圧倒的な無力感でした。

できなかった。
お金をもらうことすらはばかられた。
満足していない、ではなく、はっきりとした不満顔。

そんな現実を高橋さんは突きつけられたのです。
力不足。

その夜、高橋さんは、お店に残って、
黙々と今日できなかったことをやり直しました。

誰もいない美容室で、ずっと笑顔のマネキン相手に。

そして、心に誓います。

彼女たちは、絶対に戻って来ない。
それほどのことをしてしまった。
でも、もし。
万が一でも戻ってきたら、絶対に世界一可愛い女性にしてやる。

高橋さんはこの夜、「美容師」になりました。

あの日に、ストレートパーマをあておわった、
あの女性の顔を今でも忘れられない。

そう教えてくれました。


2つ目は、原宿でなければ、美容師でない

美容師として、着実に成長を続けていた高橋さんに、
悲しい一報が舞い込んできます。

大切なおばあちゃんがガンに冒されている。
それを聞いた高橋さんは、実家の相模原に帰ることを決意します。

ちなみに、このおばあちゃんは、最初の美容師の学校の入学金を
こっそりと援助してくれた恩人です。

だからこそ、最期はちゃんとそばにいたい。
そう考えて、湘南・横浜に展開する
割と大きめの路面店でのキャリアを捨てて、
相模原にある小さな美容室に転職します。
ただ、母親が通っていたというだけの理由で。

そのお店の先生を見たときに、高橋さんは、衝撃を受けます。
今まで見てきた美容師と次元が違う、と。

髪を切る技術がずば抜けているのは、もちろんのこと、
髪を切られているお客さんがみんなとても楽しそう。

片田舎の小さな美容室、自分の母親が通っている美容室。
しかも、雑居ビルの3階のこじんまりとした美容室。
そこに、今まで見たことないレベルの美容師がいる、と。

それもそのはずで、この先生は、
かつて東京で雑誌の表紙も担当するほどの超有名美容師だったのです。

(ちなみに、美容師業界の豆知識ですが、
独立して店を持った美容師のことを先生と呼びます。)

そのお店で、メキメキと美容師としての腕を上げていった高橋さん。
この先生となら、相模原からでも、1番になれる。
そう思っていた時に、あのカリスマ美容師ブームがやってきます。

カリスマブームがやってきた2000年代前半、
高橋さんは、相模原のお店で、多くのお客さんを担当するようになっていました。

そんなある日、横浜でお酒を飲んでいる時でした。

仕事の話になった時に、高橋さんは、
意気揚々と美容師だと言います。

当時の高橋さんは、すでに技術も収入も集客も
トップスタイリストの仲間入りをしていました。

しかし、相手の女性は、そんなことを意に介さず、
「原宿のどこですか?」と、一言。

それは、つまり、
原宿でなければ、美容師ではない、とのメッセージでした。

当時のカリスマブームによって、
「美容師=原宿」というイメージが、
完全に出来上がってしまっていたのです。

相模原からでも、1番にのし上がれる。
自分の腕だけで、上を目指せる。

そう思って、美容師になり、一心不乱に働いていたのに、
カリスマ美容師ブームは、そんな夢を夢だと、切り捨てます。

そして、働いている「場所」が、最も重要だと。

とにかく、1番を目指すことを信条とする高橋さんは、すぐに行動します。
(いま考えれば、先生に失礼なことをしたと、反省されてました。)

先生に秘密で、原宿の美容室にかたっぱしから電話します。
そして、すべての店舗に断られます。

それもそのはずで、当時のカリスマ美容師ブームの中で、
原宿の店舗が必要としていたのは、トップスタイリストのアシスタントでした。
とにかく、カリスマを輝かせるための店つくりが基本でした。

他の店や他の美容師の、癖がついた人間などは、邪魔なだけなのです。
だから、募集は新卒限定。

それを知った高橋さんは、改めて絶望します。
今の店でもダメ、原宿に行くこともダメ。

1番を狙うことすらできないのか、と。
美容師なんてやめてしまおうとまで悩み込んでいたところに、
ある考えがひらめきます。

それが、ヴィダルサスーンへの留学。
(ちなみに、ヴィダル・サスーンは、人名で
彼は美容業界に革命を起こしたと言われている人物です。
そして、彼のヘアサロンとスクールがロンドンにあるのです。)

思い立ったら、すぐ行動の高橋さんは、
入学準備、下宿先、ビザの手配などあらゆる準備を整えて、
160万円を支払ったのでした。

最後は、弱点だらけの自分

ロンドン行きを決めた高橋さん。
1通の求人広告を見つけます。

原宿の有名美容室から、トップスタイリストが独立。
新ブランド・店舗の立ち上げと同時に、オープンスタッフの募集。

ここまでは、取り立てて特別ではなかったのですが、
そのあとの一言。

中途でも構わない。

これを見た瞬間に、高橋さんは挑戦したい、と強く思います。

受かるかどうかなんわからないけれど、
それでも、挑戦しなかったら後悔する、と。

それが、イギリスに渡る3週間前のことでした。

ちなみに、ちょうどその頃に、あのおばあちゃんが亡くなり、
お葬式のために、丸坊主にしたところでした。
(その前までは、腰まであるドレッドだったのですが。)

相模原からやってきた坊主なんて誰も相手にしないと思いながら、
記念受験のつもりで受けました。

ところが、その日のうちに合格の連絡をもらい、実技審査に進みます。

そして、実技審査の当日、
言い渡された課題は、ドレッド。

長年自分にドレッドをしてきた高橋さん、もちろん、合格します。

そのまま、イギリスに支払った160万円を捨てて、
新しい店舗スタッフとして、働き始めます。

そこで、雑誌の表紙や、撮影現場、芸能人のスタイリングなど、
華々しい世界へとどんどんと突き進んでいくのです。

その後、もう1つ別のお店を経験した後に、高橋さんは独立をします。

元来、人のために何かをするのが好きで仕方がない高橋さん。
独立直前には、ストリートブランドのブランドディレクターや
シルバーブランドのディレクター、撮影のヘアメイクなど、
本当に色々と手広くやっていきました。

やった結果気づいたのは、美容師が一番やりたい。
とにかく、美容師として集中したい。

そう思い、現在のお店をオープンさせます。

そして、過去のきらびやかな世界とは別に、
高橋さん自身の技術と人柄と、お店のスタッフで、
人が訪れるようなお店にしようと始めます。

SNSでの集客、芸能人のネームバリューに頼るのではなく、
高橋さんとスタッフの腕一本で勝負したい、と。

そして、まさにその通りの、繁盛店となっています。

高橋さん自身は、同時に3〜5人を担当することが当たり前で、
少なくとも12人、最大で20人以上を1日で担当します。

ちなみに、お店はビルの3階で、看板も大きくは出さず、
あえて入りにくいお店にしています。

相模原の自分が働いていたお店のように、
見かけの華やかさに頼らない集客を、まさに継承しているのです。

そんなトップスタイリストになった高橋さんは、
自分のことを、弱点だらけ、できないことだらけ、と言います。

そして、自分のできないことをできるスタッフさんたちを、
本当にすごいと絶賛されています。

自分がどこで忘れるのか、どこを失敗しやすいのかを
事前に指摘してくれて、先回りしてくれる。
そんなチームとして最高の状態だと、自慢してくれました。

高橋さんのスタッフへの思いを尋ねると、
こんな言葉が返ってきました。

スタッフと一緒に前向いて進んで、そして、高みを目指したい。
それだけのチャンスをスタッフには与えたい。

だって、チャンスは平等じゃないからと。

たくさんの挫折と成功を経験してきた高橋さんだからこその言葉。
そして、それを知っているからこその、周りの人への愛情、
さらには、高橋さんの生き方。

チャンスは平等じゃないけれど、一緒に頑張ろう。
そう言ってくれる素敵な人でした。

2018.9.19 下北沢
高橋大介 from WORKS


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