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【オススメ本】竹延幸雄『小さな三代目企業の職人軍団 教科書なきイノベーション戦記』(日経BP、2020)


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この表紙のデザイン通り、本書は「塗装(ペンキ)」にまつわる企業の経営者によるまさにイノベーション戦記である。

まず著者を紹介しておこう(本のプロフィールより)。

竹延幸雄(たけのべ・ゆきお)
株式会社竹延社長、株式会社KMユナイテッド社長
1973年広島県生まれ。早稲田大学卒業。大学時代は応援部に所属し、4年生の時には副将を務める。大手鉄鋼メーカーでの人事、広告会社での営業を経て、2003年に妻の実家である塗装会社の竹延に入社。義父を支えることを決意していたが、ある出来事がきっかけで「竹延」に改姓。まったくの素人ながら、職人たちの現場作業やオペレーションの革新に取り組み、竹延の業績を飛躍的に伸ばす。さらに「職人の後継者がいない」という深刻な問題を突破するため、職人育成の会社として2013年にKMユナイテッドを起業し社長就任。同社における女性職人の育成などは全国的に注目を集め、2016年経済産業大臣表彰「新・ダイバーシティ経営企業100選」、2017年厚生労働大臣表彰「働きやすく生産性の高い企業・職場表彰」最優秀賞、2018年厚生労働大臣表彰「グッドキャリア企業アワード2018」大賞、2019年中小機構主催「ジャパン・ベンチャーアワード」中小企業庁長官賞を受賞するなど各方面から高い評価を受ける。2015年からは関西学院大学大学院経営戦略研究科(ビジネススクール)に通い2017年に修了。スマホを使った職人支援プラットフォームや塗装ロボットの開発にも取り組む。2017年には竹延の社長にも就任。

ここから分かる通り、非常に珍しいキャリア(大手鉄鋼メーカー→広告→塗装会社)である。最近は日経の全面広告を打ったり、「ルソンの壺」というテレビ番組でも登場されたりしていたので、そうしたメディアで見られた方もおられるかもしれない。そして、何より注目すべきはそのイノベーションの時期(あるいはスピード)である。プロフィールにもあるとおり、本書で展開されるエピソードは概ね2003年から今年2020年までに起こった20年にも満たない。しかし、とにかくこの20年が濃い。すなわち、まさに「イノベーション戦記」というタイトルにふさわしい内容なのである。

章立ては以下の通り(目次からの抜粋)。

第1話 お父さんはペンキ屋
第2話 現場を食いつぶす本社部門
第3話 現場の常識を塗り替える
第4話 大企業のリストラで学んだ作業の見える化
第5話 「10年で1人前」は本当か?
第6話 1人前の職人を3倍速で育てる
第7話 埋もれている「人財」を探せ
第8話 採用難を解消する業界イメージ革命
第9話 自衛隊の駐屯地に「金の卵」を求めて突入
第10話 ママ職人の誕生
第11話 「国の宝にならんか。」
第12話 人材育成システムの構築
第13話 ウーマン・イノベーション
第14話 外国人スター職人の誕生
第15話 未来を目指す仲間とつながる
第16話 敗者復活
第17話 スリラーイノベーション
第18話 「1000人に1人」になる思考法
第19話 経営者としての覚悟
第20話 清水寺で入社式
第21話 スマホで技能を伝承する
第22話 生産性のジレンマを突破する

「職人」「人財」「採用難」「自衛隊」「ママ職員」「人材育成システム」「外国人スター職人」「思考法」「清水寺」「スマホ」etc…これらのキーワードを見るだけでこの企業がいかに普通の建設業、塗装会社と違うのかが分かるだろう。

内容を書いてしまうとネタバレになる(特にモチベーション部分などについては「おわりに」をぜひ読んでいただきたい)ので、私が共感した言葉を紹介するに留めておこうと思う。

ただ、さすがにそれだけでは味気ないので、一言だけ付言すると、「キャリアは偶然はつくる」と指摘したのはスタンフォード大学のクランボルツ博士であったが、竹延さんはまさにその必然とも言うべき多くの偶然(プラスもマイナスも)を引き寄せ、咀嚼し、自分のものにし、そして最後は社会のために昇華させる、稀代の経営者であるということである(大袈裟ではなく)。

・1回笑うために9回失敗した。実際によって見て、転んで、したたか顔をぶつけても、挑戦することはやめなかった。失敗の原因がわかるように、顔をぶつけるう直前まで目を見開いてい他(p.5)

・私の座右の銘は「いまやらねばいつできる わしがやらねばだれがやる」である(p.6)。

・私は良い会社とは、「頑張っている人が成長でき、頑張っている人に報いることのできる会社」だと信じている(p.33)。

・「学歴?早稲田大学応援部卒です!」今も胸を張って名乗っている(p.57)。

・「案分」「一律」(中略)。職場で耳にすることがあるだろうか。これほど恐ろしい言葉はないと私は思う。効率化の名のもとに、一律削減という安易な方法を取るのは、最もやってはいけないことだ(p.63)。

・世の中の可能性(K)を未来(M)につなげる(p.80)

・高給をもらってデスクできれいな仕事をするホワイトカラーが「上」で、ものづくりの現場で汗を流すブルーカラーは「下」だというのか。この(中略)社会意識の克服こそ、私の戦いだと思った(p.91)。

・講演では常に生徒たちに投げかける問いがある。「将来、何になりたいですか?」そして、必ず「何のために働きますか」(p.98)。

・Impossible is nothing(p.103).

・「人材がいない」のではない。この業界は、自ら「人材の幅を狭めている」のだ(p.113)。

・私は「一流」に多大な敬意を払う。アドバイスは「一流の人」から受け、全員にはあえて意見を聞かない(中略)一流に学び、一流に育つ(p.130〜131)。

・「人材育成こそが、最強の経営戦略である」(p.149) 

・母が小さかった私にこう言ったのだ。「(中略)女性も安心して働ける保育所をつくりなさいね。社会の問題を解決することも社会貢献なのよ」(p.170)

・人を生かし、技に生きる。(中略)技を繋ぐ(p.188〜189)。

・「違うところ」から新しい知を取り入れて、既存の知と組み合わせる「知の探索」をすることによって、イノベーションは促進される(p.194)。

・「人材育成革命でものづくりの業界を救う」(p.203)

・(行動規範)①まずはできることが動いてみる、②自分で壁をつくらず、ダメ元でお願いする、③失っても痛くないところから広げていく。1勝9敗でいい、全敗だけは回避する、④ピンチはチャンス。チャンスと捉えればきっといつかピンチは終わる、⑤経営は止まれば終わり、ピボットでいいので絶えず進む(p.215)。

・「乾坤一擲、すなわち、やるかやらないか」。それがすべて(p.217)

・「努力し続ける人しか一流になれない。そういう人が報われる会社に、社会にしたい」

以上である。

ちなみに私が竹延さんと出会ったのは確か2016年。国土交通省から京都府に出向されていた方からの紹介であった。以来、国の委員会や飲み会をご一緒させてもらう中で、いつもいろんな刺激を頂き、勉強させてもらっている。蛇足だが、このコミュニティから現在3年間続いている日刊建設工業新聞の連載企画が生まれ、昨年度は一度竹延さんのKMユナイテッドを取り上げさせて頂いた。そういう訳で本書の「おわりに」(いわゆるライナーノーツ)でも名前だけを紹介を頂き、この度発売日(4月20日)前に献本頂いたのだろう。そう勝手に理解し、お礼の思いを込めてこのミニ書評を書いた次第である。

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最後に。

私が尊敬する東洋思想家の安岡正篤さんは、読書の処方箋として、①専門書、②時代を捉えた書、③人間学を学べる書を挙げていた。結論からいうと、この本はその三方から読まれる書になる、そんな気がする。すなわち、①として塗装業、広くは建設業の方がその先駆事例の書として、②としては人材育成や女性活躍、ダイバーシティ経営、IoTを活用した経営書として、③としては、婿養子で100人を超える職人を抱える企業を事業承継した経営者の奮闘記として、多くの分野の方が楽しんで読める。それでいて刺激的な一冊になると思う。お世辞ではなく各地域の図書館にもぜひ置いて欲しい。

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