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フジロックフェスティバル 2024

初めてフジロックに行ったのは2003年。アンダーワールドとビョークが出演した年の金土2日間。友達に誘われてノリで行ってみた。インターネットはまだ普及していなくて、東京駅でペラペラなレインコートを調達してジーンズにコンバースといういくらなんでも山のことを何も知らなすぎる軽装で突入してしまい、大雨に見舞われ惨憺たる結果となった。ただその頃の私は単独公演のライブなどにはほとんど行かず、とにかく効率よく沢山の音楽に触れる機会を求めてクラブミュージックにどっぷり浸かっていたので、いわゆる「ロックフェス」には縁遠いタイプであったものの、同時に小さなコミュニティの馴れ合いみたいなものに嫌気がさしていたし(30代前後の、ある程度の音楽を知った気になる年頃の傲慢さゆえの思考)、大勢の知らない人が集まる場所にあらゆるジャンルの音楽や他にもいろんな選択肢が用意され、その時の気分で好きに移動できるフジロックの自由な雰囲気がかなり新鮮だった。まだ20代で体力もあり、ハプニングも含めて何もかもが刺激的で楽しかった。

子育て繁忙期に差し掛かってからはしばらく足を運べなかったけれど、その経験があったおかげでブランク期間があってもまた音楽を求めて外に出ることができたと思う。さまざまな理由で足が遠のいていた人間にもフジロックは優しかった。家から数キロ圏内での行動しかできなくてもテレビやラジオや雑誌の広告などで開催日程を知らせてくれる。アンダーグラウンドな音楽こそ至高だと信じてきたけれど、生活習慣がガラッと変わったことで細かい情報を得る機会がなくなると、大きなコンテンツの行き届いた情報量のありがたみをひしひしと感じた。普段は家族の予定を優先していても、年に一度苗場に行くと決めているだけで何かしらのモチベーションに繋がる。言うなればフジロックに恩があった。

だから今年も行ってしまった。いろんなものが値上がりし、さすがにそろそろ卒業しようかと昨年も思っていたのに、結局また行ってしまった。チケット代は更に値上がりしたけれど、フジに関わらずここ数年の来日公演の値段は全体的にぐっと底上げされ、今や1万円前後が当たり前になっているし、いっぺんにこのラインナップを堪能できるのならむしろ安いのでは?とすら感じてきた。


今年も前夜祭のある木曜日から参加することにした。昨年と同じく友達のテントにお邪魔することにしたので準備は大体整っている。フルで行ければ理想的だが、日割りと睨めっこしながら泣く泣く金土の2日間参加に決めた。昨年は昼過ぎの新幹線の自由席の大混雑に巻き込まれてえらい目にあったので、その反省をふまえて行きのみ指定席を購入。おかげで東京駅ではスムーズに乗車でき、大宮から乗ってくる友達ともすんなり合流できた。越後湯沢に到着し、会場行きのシャトルバス乗り場まで向かうと、まったく人が並んでいない。シャトルバスの待ち時間ゼロなんてかつてあっただろうか!?……いやあったな、あのコロナ禍に日本人アーティストだけで開催された2021年。その前は並ぶのが当たり前で、酷い時には屋根のないバスターミナルで1時間以上も待たされたけれど、今年はバス料金がついに2千円に上がってしまったので(昔は5百円、昨年は千円)若干その影響もあったかもしれない。

15時前に苗場に着いた。雨雲がかなり怪しかった。これから事前に送っていた荷物を引き取ってテントの場所を探して建てなければいけないのに。いつもの苗場温泉近くのレディースサイトの空いてる場所を確保して荷を下ろしたところでポツポツと背中が濡れ始める。やばい!と慌ててレインコートを装着して急いでテントを広げたが、雨はさほど強くならずに済んだ。夕方の山の温度は快適で、テントの中も過ごしやすい。ほとんど疲れていないし汗もかいていないけれど、なるべく早く就寝して明日に備えるために前夜祭前のお風呂を済ませることにした。夜中の苗場温泉の長蛇の列に並ぶと寝る時間がかなり遅くなり、おのずと睡眠不足になるので、昨年からお風呂は夕方の空いている時間に済ませることにした。期間中は毎日早めのお風呂にしてみたら、並ばず入れるうえに体が一旦リセットされて夜のメインアクトを楽しめる余裕ができたし、テントに帰ってからもすぐ眠れるのでいいことづくめ。これはなかなか良い解決法だったと思う。夕方の露天風呂はなかなか気分が良い。


風呂上がりにビールを買ってテントに戻って飲んだ。山で呑むビールは格別に美味しい。いろいろ値上がりしているなかでビールは据え置き700円でホッとした。東京駅で買ったまま食べきれなかったZOPFのカレーパンを友人と半分こしながら前夜祭の出演者をチェックする。レギュラーのDJ MAMEZUKAの合間に誰がいるかな……え?どぶろっく!?どぶろっくって「もしかしてだけど〜」の?うわ、ちょっと観たいね、と盛り上がり、すっぴんのままオアシスへ向かった。毎年恒例のもち豚串を貪り、ビールで流し込んでからレッドマーキーの入り口に向かったが、どぶろっくを一目見ようと人が押し寄せ、会場内には入れず。仕方なく入り口付近で誰かの撮影するスマホ越しに曲を聴く。歌っている内容は下品でしょうもないのに、あの美声で絶妙なハモリを聴かせられたら感心してしまうというか、憎めない。場内もかなりウケていた。この日は多分アコギの演奏のみだったけれど、気になって後日Apple Musicでいろいろ聴いてみた。J-POP調だったり、ボサノヴァ風アレンジやエレクトロにも挑戦していたりと音楽的にもバラエティに富んでいるのに、歌詞は一貫して下ネタオンリーでくだらなくて面白かった。その後は岩盤エリアのDJ(名前がわからなかったが好きな感じだった)で踊って、ソーキそばを食べて暖まったら急に睡魔に襲われ、我らがSUGIURUMNのDJを少しだけ聴いてからテントに戻り、明日の為に早めに就寝。

交代一発目にミッシェルをかける杉浦さん


7月26日(金)

昨年と同じく朝日に照らされたテントの暑さで7時頃に目が覚めた。とてもじゃないけど寝られないのでテント内に風を通して前室で涼む。テント参加も4回目になるといろいろ対策ができるようになった。まず、朝のキャンプサイトの水道はかなり混むので、友人がポリタンクとバケツを用意してくれた。夜のうちに水を汲んでおけば、歯磨きや洗顔程度ならこれを使えば済むので並ばなくていい。フードエリアも当然混むので、軽く食べれるものを用意しておいて(今回は越後湯沢で購入しておいた笹団子)、とりあえず空腹を満たしてから出かける準備をする。日が昇るにつれ急激にテント内での温度が高くなるので、まだ耐えられるうちに出かける準備を済ますのも昨年の失敗から得た教訓。今日は観たいものが夜に集中しているため、午前中はピラミッドガーデンでゆっくりすることにした。

会場へと向かう人達に逆行するようにテントサイトのいちばん奥地のステージ、ピラミッドガーデンへと向かう。青々と生い茂った草、木、鳥の鳴き声。山の朝の空気は澄んでいて、歩いているだけで気持ちがいい。途中のどん吉パークあたりで「ビール」の文字に目を輝かせ、ついでにチーズボールもゲットして木陰のベンチで休憩。都会の喧騒からもメイン会場の熱狂からも離れ、ここは静かでのどかだ。時間の流れを忘れてしまう。隣の椅子でうたた寝をしている人の頭に止まっているトンボや、山の上あたりで記念撮影をしている若者たちを眺めながら、ああフジロックやっぱ最高……と入場ゲートを潜る前からしみじみと思ってしまった。


いつまでもいたい気持ちをぐっと堪えてその先のピラミッドガーデンへと向かう。ここもまた楽園のようだ。子供達の笑い声や揺れるハンモック、風になびく色とりどりのガーランドに迎えられて中まで入ると、去年並んだ美味しいパンケーキのお店の行列がなかった。人気店で行列必至なはずなのに何故だろう。さっき軽く食べたばかりでお腹は空いていないけれど、せっかくだし待たずに食べれるなら食べとく?とノリでパンケーキとレモネードを注文してしまった。これはフジロック12回目にして気づいたことだが、食事やトイレやお風呂などの混雑するものは空いているタイミングを見計らって早めに済ませるのがベストだし、後々移動が楽になる。おかげでお腹はパンパンだけれど美味しいパンケーキを今年も堪能して、外のステージのチャラン・ポ・ランタンの演奏を少しだけ聴いた。いつか全日参加した時はここで一日中ゆったり過ごす日があってもいいかなとすら思う。

あまじょっぱいパンケーキ最高〜!


さて、そろそろメイン会場へと向かおうか。ピラミッドガーデンからテントサイトをすり抜け、今年も無事にメインゲートを通過してフィールドオブヘブンへと進む。つまり会場の端から端へと移動することになる。なかなかの長距離移動だけれど、腹ごしらえをしたおかげかそんなに苦ではない。昨年のこの時間(昼前後)は歩いていると滝のような汗が流れるほど暑かったが、今年はそこまでではないのですいすい進んでいく。ホワイトステージ手前の橋のあたりで先にジプシーアヴァロンに向かうか一瞬迷ってやめた。ボードウォークの涼しげな装飾を抜けて順調にヘヴンへ到着。

田中ヤコブ率いる家主というバンドを一度観てみたかった。音楽の旨みをぎゅっと凝縮したような味わい深いメロディと、これぞオルタナティヴ!と拍手したくなる力強い演奏、時代に敢えて逆行するかのような美しいギターソロ。道を極めれば決して廃れないという説得力すら感じた。久々に純度の高いロックバンドを観た気がして顔が緩んだが、3曲ほど観てすぐ移動。ヘヴンの家主と隣のアヴァロンのThe fin.のタイムテーブルがモロ被りなのだ。The fin.はフジでもそれ以外でも何度か観ているから諦めてもよかったけれど、今回はサックスを含めた4人でのスペシャルセットだと知ってスルーできなかった。草が生い茂った蒸し暑い丘で聴く"Without Excuse"の清涼感!新曲も聴けたし、お馴染みの"Night Time"がゆっくりと高揚するアレンジでなんとも新鮮だった。わざわざ来てよかった。

アヴァロン横に出店しているお店で少し買い物をしてから、ビールを飲みつつ戻る。途中ホワイトステージで歌う大貫妙子を観た。ホワイトでの演奏をチラ見しながら移動できるとなんだか得した気分になる。トッド・ラングレン、ライズ、グリム・スパンキー、cero……歴代の豪華なチラ見アクトを振り返りながらボードウォークでゲート方面へと戻る。グリーンステージではちょうどシカゴのバンド、フリコが演奏していて、メンバーの佇まいが格好良くて見惚れてしまい、素通りするつもりが友人と立ち止まってしまった。

この人はサポメンかな?


魅力的なアクトをいろいろスルーして足早に出口へと向かったのは、この後の夜のスケジュールが詰まっていたからだった。テントへ戻る途中に物販を覗くと、昼間は長蛇の列だったのが解消されていたのでさっと寄ってみた。欲しかったTシャツはサイズがなかったので自分の分は諦めて、友人&今年不参加の息子にお土産を購入した。テントに戻ってすぐお風呂に向かい、汗を流してから少しだけ仮眠をする。湯上がりにコーヒー牛乳を飲んだせいかあまり寝れなかったけど、横になるだけでだいぶ疲れが取れた。支度をしてレッドマーキーへと向かう。


2日間を通して実は何よりも観たかったのがキング・クルールだった。何年も前からサウス・ロンドンの若い音楽家に魅了され続けてきて、過去の苗場でもいろんなアクトを目撃してきたが、ついにシーンの核となる人物をこの目で見ることができた。インディー・ロックとブルースの狭間をメロウにゆらゆらと酩酊状態で揺れ動く、現代のポスト・パンクの証明のようなアーチー・マーシャルの風格よ!吐き捨てるように告げるタイトルや、ロマンティシズムに酔いしれ倒れる仕草、深い青と赤の光を纏ったシルエットなどすべての表現が魅力的で痺れまくった。クライマックスの"Easy Easy"に思わず歓喜の声をあげた。夢中で観ていたせいで写真を撮るタイミングすらなかった。

興奮冷めやらぬまま、次のライブに備えてオアシスエリアで腹ごしらえをする。ここからが重要だ。以前友人から、ライブ前に餅米を食べておくとトイレの頻度を減らせるとの情報を得て試しにやってみたところ、ライブ前にビールを飲んでも耐えられたので、よし、ここは五平餅でしょ、とビールと一緒に食べることにした。昨日からまったく野菜を食べていなかったせいか、並んでいる途中でどうしても焼きとうもろこしが食べたくなって一緒に頼んでしまった。さてフローティング・ポインツだ。2020年の幻のフジのラインナップにも名を連ねていた彼を4年越しにやっと観れる。その頃はまだ『Elaenia』のようなジャズ的アプローチのライブをイメージしていたが、今回は9月にリリースされるアルバムからの新曲を軸にしたエレクトロ寄りのアッパーなセットで初っ端から飛ばす飛ばす。夜のマーキーに相応しい煌びやかなレーザーを駆使した、飽きない疲れないギリギリの濃縮1時間セット。音と連動するような中山晃子氏のペインティングも見事だった。

夜のレッドマーキーはいつだって最高


そのまま出口にてグリーンステージのキラーズを観に行くという友人と別れて、私は苗場食堂へとダッシュで向かった。少し前に新曲"三九"の7インチを購入してから毎日狂ったようにサマーアイを聴きまくっていて、ぜひ一度ここで観ておきたいと思っていたのだ。元シャムキャッツの夏目知幸の才能にはもちろん以前から気づいていたが、彼の持つ捻くれた甘さと少し下の世代の音楽というイメージから勝手に少し距離を感じていた。そんな風に一歩引いて眺める私みたいな人間を含めその場にいる全員の腕をぐいっと掴むような勢いでステージからはみ出し、全力で歌って踊って走り抜けるサマーアイ。ボサノヴァの緩さとレゲトンの陽気なテンションの融合。汗だくで「声出していこうぜ!」なんて言われたら応えずにはいられない。だってみんな楽しむためにここにいる。こんな山奥まで来ている!客席に用意された脚立に登って"双六"を歌う途中で"上を向いて歩こう"をワンフレーズだけ挿し込む場面にはグッときてしまった。バンドメンバーもみな個性的で素敵。あっという間に40分の熱狂が終わり、最後の「物販あります」の声にまんまと乗せられて、気づいたら隣のブースでサマアイキャップを購入して被っていた。音楽というのはつくづくタイミングが重要だと思う。

年齢へのカウンターって、ホントそれ


せっかく五平餅を食べたのに一緒に食べたカリウムたっぷりとうもろこしのせいで尿意対策は意味無し。慌ててトイレに行ってレッドマーキーにもう一度戻る。5月末にステージ割が発表された時に電気グルーヴが深夜のレッドマーキーに配置されているのを見て頭を抱えた。レッドマーキーは入場規制がかかる場合がある。人気のアクトはかなり混雑するし、グリーンステージのようなモニター画面もないので肉眼でしかステージを確認できない。タイミングを見誤ると観れない恐れがあるので、まだ1時間以上もあるけれどマーキー内で友人と喋りながら待つことにした。途中、なんでわざわざこんな場所まで来て30年以上前から好きで何十回も観ているグループを観るために長時間待っているのか?という気にもなったが、そんな疲労からくる負の感情は1曲目の"アルペジ夫とオシ礼太"が始まった瞬間に苗場の山に思いっきりぶん投げた。さすが飽きさせないぜ電気グルーヴ!そこからフェス客を置いてけぼりにしないように"Shangri-La"や"モノノケダンス"を要所に挟み、フェス映え抜群な"Shame"〜"Shameful"の流れ、ラストは"ジャンボタニシ"で終わっても大満足な盛り上がりなのに、立つ鳥跡を濁さずできちんと"富士山"で締めるサービス精神。この日の卓球氏は声の伸びがかなりよかった。あの歳になってもまだ伸びることなんてあるんだな〜、と友人と驚愕しながら辛いビリヤニを食べた。テントへ帰ってキャンプよろず相談所でお湯をもらい、持参したマグカップにフリーズドライのスープを入れて飲み、就寝。


7月27日(土)

暑い。テントが暑い。慌てて窓を開けたのにほとんど風がない。友人が持参した水に溶かすポーションタイプのアイスコーヒーとお菓子で軽い朝食を済ます。昨年があまりに暑かったので今年は雨対策よりも暑さ対策に重点を置いた。水で濡らす冷タオルを巻きながら出かける準備をしたら少しマシな気がした。ちなみに使い捨てタイプのビオレの冷タオルは即効性があってかなり使えた。汗を拭くボディーシートはメンズ用が一番冷たく、持ち運びサイズがコンビニに売っていると聞いて購入し、持参した。

長年フジに通ってみたうえで、持ち物や服装に関してやめたことがいくつかある。大きな要因はテント泊をするようになったことだ。2003年は運良く徒歩圏内の民宿に泊まれたが、それ以降の2019年までは会場からバスに乗る距離の宿または日帰り朝まで弾丸コースだったので、当然1日中歩き回るための服装や荷物を持参しなければならない。登山用の服にリュック、長靴。それらをすべてやめてみると、着慣れない服と大荷物で濡れる背中と通気性の悪い足元のストレスが疲労を倍増させていたことがわかった。何かあればいつでも着替えられるし荷物も取りに行けるという安心感から、昼と夜、天候に合わせて軽装で行けるようになったのは大きい。乾きやすい普段の服に、テバのハリケーンXTL2に靴下、あとは今年からリュックをやめて強撥水のショルダーバッグを導入した。これにスマホ、財布、レインハット、水などを入れるだけ。今年は雨量が少なく地面も乾いていたので昼間は椅子も持ち歩かず、入り口で配られるゴミ袋をシートがわりにした。


長靴をやめて本当に良かった。脚がむくみやすいため通気性の悪い靴が本当に苦手なので、テバの軽くて歩きやすいスポーツサンダルはむしろ疲れを取ってくれる。基本的に靴下を履いているので足は守れるし、少しぐらいなら雨が降ってもすぐ乾くし、もし濡れても靴下を脱げばいい。雨用に一応パラディウムの防水スニーカーと登山用のゲイターも用意してあるけれど、昨年に引き続き今年もテバのサンダルのみで乗り切れた。普段も別タイプのテバのサンダルにお世話になっているし、私はもうテバなしでは生きられないかもしれない。


前日と同じく早めに用意を済ませ、午前中のうちにドラゴンドラに乗ってデイドリーミングへ向かう。ここに来ないとフジロックに来た気がしないとすら感じるようになってしまった。それくらいお気に入りの場所。天国にいちばん近いステージのゲートに飾られた花、青い芝生、大きなジャポン玉、子供達のはしゃぐ声が私を迎え入れてくれる。ピースフルな空間に足を踏み入れただけで、歪んだ性格が直った気になる。解放感オンリーの場所。オーガニックビールを頼んでDJブースへ向かうと、突然横から「祐子さん……?」と声をかけられた。新潟の山奥の更に山の上のこんな場所で知り合いに会うわけがないね、空耳か……とちらっと目線を送ると、わー!!!Cross The Borderポッセの友人が!えっ来てたの!?と盛り上がる。しかも私は昨日買ったサマアイキャップにサングラスというかなり浮かれた格好だったのによく気づいたなー、というかよく会えたな!フジではいつも友達センサーをオフにしているので嬉しい。レストランアルムでチキンカレーを一緒に食し、出もしない小沢健二の話などで何故か盛り上がった。その後グラスビームを観に下山するというCTBポッセと別れ、ブースに戻るがうーんなんか期待してたのと違う。デイドリーミングには四つ打ちテクノ/ハウス成分を求めて遊びに来ていて、出演者は正直誰でもいいのだけれど、だからといってどうでもいいわけではなく、つまり好みの音じゃなかった。まあそれも想定済みなので友人が持参した大判レジャーシートを広げて芝生の上で昼寝をすることにした。下界より気温が低く、日差しも弱い場所だからこそできる贅沢。幸せを噛み締めながら眠りにつくと、しばらくして急にザーッと雨が。全身を空に向けたまま無防備な格好で寝ていた私たち。慌てて飛び起きてレインハットを被り、鞄に忍ばせておいたゴミ袋を羽織って一時的に雨を凌ぎ、ゴンドラで降りることにした。

概ね天国


テントに戻って早めにお風呂を済ませた。お湯をもらうためによろず相談所に向かうと、キャンプサイトのフードが空いていた。チェーンソーマン牛尾氏とスギちゃんがいたのに誰も気づいていないくらい空いていた。今のうちに食べとくか!とラーメンと明太子ご飯のセットとビールを欲張ってテントの前で食べた。何事も早めが吉と出る。お風呂と食事を済ませたおかげで体が就寝モードに入り、夕方の涼しいテントでしっかりと睡眠が取れた。18時に設定したアラームを止めてグリーンステージへと向かう。ここからはしばらく1人行動だ。

なんかすっごく美味しいお味

ベス・ギボンズは確かにそこにいた。日本の山奥の大きなステージで歌っていた。燃えるような赤と冷気のような青の照明をバックにあの妖美な声で歌っていた。昼間は邦ロックでガヤガヤと賑わっていたメインステージが一気に厳かな雰囲気に変わる。"Floating on a Moment"を歌い始めた瞬間、うわ、本物だ……と鳥肌がたった。曲が終わるごとに背中を丸めて水を飲み、ふらふらと揺れながら恥ずかしそうに笑うベスの姿に、人間らしさを垣間見れた気がした。グリーンステージは壮大で、ゆえに良くも悪くも自由な場所。移動しやすいように後方で観ていたら前の人は寝ているし、隣の2人はベスを観ずにずっと喋っている。ステージから醸し出される雰囲気と相まって孤独感に苛まれ、1日が終わってしまいそうな気分になったので、のちほどまたグリーンステージのクラフトワークを観に戻ることも考慮し、予定を早めてホワイトステージに向かった。私がいなくなった後にポーティスヘッドの"Roads"を歌ったという情報を後日知って若干打ちひしがれたりもしたが。


妖艶〜!


とはいえサンファを最初から観ておきたいと思ったその判断は間違っていなかった。"Plastic 100°C"からスタートし、昨年リリースのアルバム『Lahai』からの楽曲を中心にバンド編成でシームレスに繋いで"Spirit 2.0"に着地したところでもう大興奮してしまい、クラフトワークに遅れたとしてもこのステージは最後まで観なければいけないと悟った。繊細な高速ビートのドラムをはじめ、皆がステージ中央に向かって呼応するように演奏するさまは肉体的でありながら神秘的でもあった。スピリチュアルジャズとドラムンベースを織り交ぜたネオソウルの進化系というか、既存のジャンルを飛び越えてさらに高みを目指すような美しい儀式のようだった。ホワイトステージ特有の音響と会場の密度がフジロックでしか味わえない奇跡を生んでいた。ラストの"Blood On Me"まで目が離せない60分だった。

夢のような空間

気持ちを切り替えてグリーンステージに向かうためにボードウォークを進んだ。クラフトワークが始まるまであと10分。できれば登場シーンから観たい。気分が高揚したまま急ぎ足で向かったが、すでに"Numbers"が始まっていた。端の方から前へ進むと意外と空いていて、遅刻したのにわりといい位置を確保できた。ステージにはロボットのような姿のメンバーが4人、等間隔に並んでいる。またまた本物だ!(いや本物か!?)クラフトワークは電子音楽界でいうところのビートルズみたいなものなので、教養としていつの間にか耳に馴染んでいた曲ばかりで嬉しい。メンバー達が微動だにしないせいか、"Tour de France"のようなダンサンブルな四つ打ち曲でも観客はあまり踊っていなかったのが興味深い。先ほどの肉体的なサンファのステージとは真逆のアプローチの彼らを観ながら、様々な音楽への姿勢とその魅力を感じ取った。中盤で若かりし頃のラルフ・ヒュッターと坂本龍一の写真がステージに映し出され、追悼メッセージと共に"戦場のメリークリスマス"のカヴァーを披露し、そこから"Radioactivity"に突入した場面には胸が熱くなった。後日、この日のライブでMCがあった話をエレキング野田さんに話したら「MCあったの!?それは貴重なライブだよ!」と驚かれたのでなんだか妙に誇らしい気分になった。テクノ界のパイオニアであり重鎮であるドイツの大御所バンドをこの目で見ることができたのは、やはりフジロックという場所のおかげだとしみじみありがたく思う。

半世紀も前からハイテクな音楽を試みる
偉大さを噛み締めた


そういえば期間中の夜にオアシスエリアで小さい子供を2人連れたお母さんを見た。自分は子連れフジロックは無理だし、思うようにライブを観れないだろうになぜわざわざ来るのだろうと少し前まで不思議だったけど、今ならわかる。あまりライブを観れなくても、大変だとしても、多分この場所にいたいんだろうなと。フジロックの会場内には細部にまで配慮された心地のよい空間がいくつもあり、年に一度のこの日のために愛を込めて作り上げた仕掛けがあって、体験した記憶は明日になれば消えるものではない。そこが都市型フェスとは違うところである。だからみなのびのびして、おおらかで、それぞれの今を楽しんでいる。ここ数年は雨も少ないことも影響しているけれど、今年はボランティアの方々の清掃が行き届いていて仮設トイレもだいぶ使いやすくなっていたし(外国人客増加の影響か洋式トイレがかなり増えた)、あれだけの人がいてもゴミがほとんど落ちていないのは奇跡に近い。


23時。帰り道にROOKIE A GO GOで良さげなバンド(Nikoんというらしい)が演奏をしていたので立ち止まって2曲ほど観る。テントに戻りしっかりと仮眠をとってから、最後の目的である石野卓球のGAN-BANのDJに向かった。ライブやDJで毎年のように場内のどこかしらに出演をしている卓球氏の名前が昨年のフジの最終ラインナップに無かった時は残念だった。だから今年は両方観れて安心した。フジロック自体は明日もまだ開催されるけど、私達のフジはいつものように卓球氏のDJで終わりたい。そんな気持ちでいそいそと出かけた。ひとつ前のスギウラム氏がロック寄りのヒット曲連発で珍しく(本当に珍しく)繋ぎもいまいちだったので、卓球氏の正統派四つ打ちテクノ/ハウス成分が心底嬉しかった。昼間のデイドリーミングの鬱憤も晴らせた気がする。電気のオールドファンと見られる人や、苗場にわらわらと集まる現場至上主義みたいな魑魅魍魎が集まり、深夜の岩盤はテンションが高い。体に電飾をつけたクラフトワークのコスプレおじさん(外国人)もいた。いくつになっても夜遊びにしか得られない何かがある。ワンモアを要求することを要求する卓球氏の仕草に乗せられて、小雨の降るなか5時過ぎまでの延長にもしっかり付き合い、朝まで残ったゾンビのような同志たちとこの日の最後のアクトの終わりを見届けた。今年も楽しかったなあと呟きながらテントに戻り、夕方貰った水筒のお湯の残りでカップヌードルを食べた。少しぬるくて笑ってしまったが、ここでしか体験できない特別な味がした。




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