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【AOTY2020アドベントカレンダー Day2】Tame Impala 「The Slow Rush」

オーストラリアのサイケデリックロックバンドとしてこの10年間で確固たる存在感を放ってきたTame Impala(テーム・インパラ)。前作「Currents」の大ヒットを経て、バンドの首謀者ケビン・パーカーはレディー・ガガやカニエ・ウエストをはじめとした大スターとの共演を果たす。更にはコーチェラなどの世界的な音楽フェスティバルのヘッドライナーを務めた。そんな飛躍の5年間を反映した4枚目のフルアルバム。

徐々に飲み込まれるサイケデリックな渦に溺れていく音楽体験。その一方で直感的に踊れるリズムでファンキーに揺さぶる楽曲も。立体的に配置されたビートは時に軽快に時に壮大なスケールで響き渡る。


アルバムのタイトル「The Slow Rush」は直訳すると"ゆっくり急ぐ"という意味。目に見えないくらいゆっくりと流れ、しかし一瞬で過ぎ去り、気づいた時には砂時計の砂のように重たくのしかかる。曲目とアートワークを見れば分かるように「時間」がテーマの12曲だ。

また、時間をテーマにした背景にはケビンの結婚も大きく影響している。いつまでも続いて欲しい自由と、いつか迫り来る覚悟の境界を曲ごとに行き来しながら、心地よさとスリルの繰り返しに誘われる。

2曲目の「Instant Destiny」ではスウィートな歌声で永遠の愛を誓う一方で、4曲目の「Posthumous Forgiveness」では悲哀なサイケデリアで亡き父への想いをつづる。

"今日の空気も明日には塵になってしまう"と流れる時の速さをリズミカルなコンガで表現した「Tomorrow’s Dust」と、続く「On Track」のテンポを抑えた力強いビートで"いつだって順調なんだ"と自身を納得させるように歌うムードは対照的。

うねるベースラインが特徴的な「Lost In Yesterday」ではノスタルジーの誘惑を断ち切ろうとし、「It Might Be Time」では変則的で立体的なビートに迫られながら"今がその時かもしれない"と若さと勢いを失った自分に向き合う覚悟を示している。

そして、低域をブーストした力強いビートで切迫感と心の葛藤を描いた「One More Hour」でアルバムは締め括られる。ゆっくりと流れていた時間が気づけば重くのしかかるようになり、けじめを付けなければいけないと綴ったケビンの心情は、この先ライフステージの大きな転換を経験するであろう自分にもリアルなメッセージとして伝わった。


しかしだ。どれだけ時の流れには逆らえないとしても、2020年は音楽やライブ/エンターテイメントを取り巻く時計の針は止まってしまった1年ではないか。

Tame Impalaはこの5年ぶり傑作を提げて、本来であればフジロックのヘッドライナーとして来日する予定だった。今作がリリースされたのはバレンタインデー、夏までにはパンデミックもおさまり、苗場の大自然とビッグスケールのサイケデリックロックを堪能出来ると楽しみにしていたが、四季が1周してもウイルスの波はおさまる気配を見せない。

ただ、フジロックをはじめとした夏フェスの多くは"中止"ではなく"延期"という形をとっている。それはつまり1年遅れで開催されようがラインナップは極力変えないというメッセージではないだろうか。

自分なんて日頃から色んなことを先延ばしにしてきたし、楽しみは後にとっておきたい派。トリップするような音色とビートに乗せて全力で歌って踊れる瞬間が訪れるのなら、もう1年なんて余裕なんだ。



12/1〜12/25にかけて2020年のベストアルバムを毎日1枚ずつ発表していきます。


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