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明かり

正しいことを今までしてこなかったぶん、正しいことだけをしようと大人になった気がする。でもそれも最近できなくなってしまった。具体的にただしいこととはなんだろうか。朝起きて決まった時間に食事をして夜がきて眠りにつく。その決まったことを繰り返す中で正しい自分であり続けようとする。たとえば、だれかの前でははりついたような笑顔を作り、決まった音階の声をだす。思ってもいないような言葉を並べてその場をやり過ごす。でも自分だけは知っている。それは自分じゃないことを。どこかで見たことのあるようなひとをやって、きっとそのどこかで見たことのあるようなひとももしかしたら別のひとをやってるのかもしれない。

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もうずっと昔みたいに、こどものように寂しくなったり切なくなったり、朝がこなければいいと願うこともなくなったけどそれでも時折そんな日々を恋しく思ったりする。あのときの自分から、私、変われただろうか。何にも変わっていない気もする。目の前の環境が目まぐるしく変わって、そこにひとり置かれているような。そんなことをしながら30年が経とうとしている。あの頃、死にたいうたを歌ってたひとたちは今みんな希望のうたを歌っていて、自分も希望になりたくて、そんな風に生活を繰り返している。今でも私は希望じゃなくて、「希望になりたいひと」なのだろうなと思う。

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この靴、捨てたな。あのとき精一杯だった。最近の悩みはちょっと太りはじめたこと。私はもともと痩せ型で太れないのが悩みだった。いつだって細かったけど、今は自分のからだじゃないようにも思う。思いのままに生きた日々、今になってはよくやったじゃんって過去の自分を褒め称えたい。今は目の前にいる愛しくてたまらないひとに「たくさん食べてたくさん太っていいんだよ」と言われる生活を獲得した。あたりまえの日常がめちゃくちゃあたりまえじゃないことを私は知っている。呼吸もできない、電車に乗れない、歩けない、笑えない、水さえ飲めない心許ない毎日を決して忘れない。でも最近は忘れてた。これが幸せっていうのかもしれない。神経をしっかりと強化した結果、五感のすべてを閉じていたから、気づきも薄かったのかもしれない。

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そこには一体なにがあるんだろう、いつだってそんな気持ちで人と話したり、外へ出たりしている。出会って起きる「何か」だけを期待して、握り締めて生きている。恐れることもない、もうなにも怖くなくて、がんじがらめにしていた心はとっくに自由になっている。

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生きるぞ!という意気込みと生活のことを書いています。写真と創作のこともポツポツと。