見出し画像

にわか雨の車の中で

その日はとても暑かった。放課後の部活中、急に窓の外が暗くなり稲妻と雷鳴がガラスを震わせた。
「うわっ!早く帰らなきゃ」
急いで帰り支度をし昇降口に向かうも、どしゃぶりの雨で足止め。最悪。

でもこの手の雨はすぐに止むだろう。私は空を見上げてただ待っていた。バケツをひっくり返したような雨と時折光る稲妻。軒先には夕暮れの気配が漂い始め、だんだん心細くなってきた。「なかなか止まないな…」

待ちきれず雨の中に飛び出しずぶぬれになって走る男子の無鉄砲さに呆れていると、同じクラスの友だちが隣に並んで私に話しかけた。
「お父さんが車で迎えに来るから一緒に乗って帰ろう」
家まで送ってくれるというが、その子の家は正反対だったから遠慮した。
「いいよ大丈夫だよ、小降りになったら帰れるから」
そう言っているうちに彼女のお父さんの車が着いた。
「いいから早く乗って!」

半ば強引に私の背を押し、彼女は車に乗り込んだ。
「遅い!お父さん、この子の家○○方面だから。」
こんにちは、お世話になります。反対方向ですみません。

「……」
運転しながらお父さんは黙っていた。迎えに来たのにお礼どころか当然だと言わんばかりの娘の態度に、車の中で親子喧嘩が始まった。
「まったく、、店忙しいんだぞ。」「じゃ来なきゃいいでしょ!」

私はいたたまれず、あの、ここでいいです…と途中で降ろしてもらおうとしたが雨は一向に止む気配がなく、お父さんはブツブツ言いながら車を走らせた。彼女は彼女で、友だちの前でお父さんがふてくされている態度が気に食わず、負けずに言い返していた。

私はそんな父と娘のやりとりを聞くうちに、泣き出してしまった。
彼女は私の隣で「ごめんね」と背中をさすってくれた。「お父さんが怒ってるから!」

私は「ちがう、違うの…ごめん」と言った。
本当に違うのだ。お父さんが怒っているから泣いたのではない。

(何で泣いてるの私バカみたい)

その時、私は親子喧嘩を羨ましいと思ったのだ。
忙しいと文句を言いながら迎えに来るお父さん。ありがとうの一つも言わず甘えている娘。

子どもの頃から私には父がいないし母は車を持っていない。迎えに来てくれる人などいなかったが、そんなことは今まで苦にしたことがなかった。父がいなくて淋しいなんて思ったことは無かったのに、高校生にもなって初めてそんな気持ちになっていることが本当に不思議だった。しかも目の前の親子は人前でも平気で言い争いをする嫌味オヤジとわがまま娘である。

涙の理由をうまく説明することができず、私はただ「ちがう、ちがう」と言った。車内はただでさえ重い空気が一層どんより暗くなり、それが心苦しかったが「ごめん」と言う他無かった。

車が家の前に着き「ありがとうございました」と言って降りた。雨はいつしか小降りになっていた。見慣れぬ車が家の前に停まって母が外に出てくる前に、湿ったティッシュを急いでポケットにつっこんだ。

「ただいま。友だちのお父さんに送ってもらった。」

父親がいる友だちが羨ましくなって泣いたなんて、母に絶対悟られないようにとポーカーフェイスを決め込んだ。

「すごい雨だったからさ。」

逢いたくなったら瞼を閉じるの
夢でもし逢えたら素敵なことね

夢で逢えたら(大瀧詠一)



おやすみなさい。







この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?