見出し画像

キルンベルガー第2法

 ディーター・ヨハネスは65歳になる。職業はピアノ調律師。家族を持つことは出来なかった。しかし、彼にはいつだって音楽があった。

 幼い頃、ディーターはピアノ演奏に関して特別な才能を示した。9歳でショパンの練習曲Op10−4を完璧に演奏した。周囲は彼のことを天才と疑わなかった。しかしながら、ディーター自身は自分の才能、特に音楽的感性を信じることができなかった。
 それは例えば、ベートーヴェンのピアノソナタ8番「悲愴」を聞いても、タイトルに相応しい情感を感じ取れない。そういったことだった。
 彼は名の通った音楽大学に入学し挫折した。テクニックだけでは不十分なのだ。自分の感性を信じることができないようでは、人を感動させる演奏はできない。
 ピアノの演奏には少なくとも3人の人間が関わる。作曲家、演奏家、調律師。ディーターは、作曲するほど賢くなく、演奏するには才能が無さ過ぎた。

 学生生活が終わろうとしていた。ディーターは職業を選択する必要があった。無機質な事務所へ通い、黙々とパソコンに向かうような生き方は想像できなかった。そんなことが続けられるとは思えなかった。そんなことを続けたら死んでしまうと思った。
 彼にはピアノしか無かった。ピアノの側で人生を送りたかった。作曲や演奏で食べていくのは難しい。辛うじて残されていたのは調律師の道だった。

 どんな職業に就くにせよ、ピアノ科に入学し、ピアニストを諦めた人間のキャリアは失意の底から始まる。
 ディーターの調律師としてのキャリアも失意の底から始まった。それは、彼が音楽的感性と芸術家としての誇りを取り戻すための、長い旅路の始まりだった。

 ディーターの自宅には3台のピアノが置かれている。決して高価ではないが、3台とも手入れが行き届いている。もちろん彼自身が調律している。
 1台は「平均律」で調律されている。もう1台は「ヴェルクマイスター」で調律されている。最後の1台は「キルンベルガー第2法」で調律されている。
 毎晩、ディーターは1人きりの夕食を終えるとピアノに向かう。毎週金曜日の夜、彼は決まってベートヴェンのピアノソナタ8番「悲愴」を自分のためだけに弾く。ピアノはキルンベルガー第2法で調律されたものを使う。


◇◆


 ヨハン・セバスチャン・バッハが活躍した時代、音楽家は作曲、演奏、調律の全てが出来た。逆にいえば、全てが出来なければ音楽家として認められなかった。
 たとえば、演奏しかできない人間は楽士と呼ばれた。調律師に至っては独立した職業として存在していなかった。
 バッハは自分で調律を行った。その様子を同時代人であるヨハン・ニコラウス・フォルケルは、次のように書き残している。

 「バッハはチェンバロでもクラヴィコー ドでも自分で調律し、その仕事にきわめて熟達していたので、15分以上かかることはなかった」

 50歳の誕生日が目前に迫っていた。ディーターはちょっとした調べ物の折りに、このフォルケルの文章を目にした。15分で鍵盤楽器を「平均律」に調律するのは現実離れしていた。彼は疑問を抱いた。
 「バッハはどうやって15分で調律を終わらせたのか?」
 適切な問いは、往々にして答えよりも価値がある。

 平均律が理論的に考案されたのは西暦1636年のことだ。フランスの数学者マラン・メルセンヌによって導き出されている。しかし、広く一般に普及したのは19世紀後半、ここ100年ほどの出来事にすぎない。
 バッハが活躍したのは17世紀後半から18世紀。歴史的事実に目を向ければ、バッハの演奏した鍵盤楽器が平均律で調律されていたはずは無い。
 同様にモーツァルトやベートーヴェン、ショパンなどのピアノが平均律で調律されていたと考えることも難しい。
 適切な問いから推論を始めるなら、過去の偉大な作曲家達が使用した鍵盤楽器の調律は平均律ではない。
 なんらかの不等分音律、例えばヴェルクマイスター、あるいはキルンベルガーなどで調律されていたと考えるのが自然だ。


◇◆


 古代ギリシアの哲学者ピタゴラスは、直角三角形の斜辺の長さを求める方法を発見した。それは「ピタゴラスの定理」と呼ばれている。大抵の受験生は知っている。
 彼は斜辺の長さ以外にも重要な発見をしている。その中の1つに「音律」がある。それは「ピタゴラス音律」と呼ばれている。大抵の受験生は知らない。
 現代の平均律へと繋がる西洋音律の歴史は、古代ギリシアのピタゴラス音律から始まる。

 あるとき、ピタゴラスは数名の鍛冶屋がハンマーを振るう様子を見ていた。大小様々のハンマーから音が聞こえていたが、その中によく協和する音があると気付いた。
 調べてみると、ハンマー同士の重さの比が、単純な整数比で表現できる時、音が美しく協和していた。
 さらに一弦琴を使って調べると、弦の長さの比が2対3となるとき、つまり周波数の比が2対3になるとき、音が最も美しく協和していた。完全5度(たとえばCとG)の発見である。
 ピタゴラスはもう1つの重要な事実を見つけている。それは、弦の長さが2倍になると、似た性質の低い音が出ること、つまり1オクターブを発見した。

 完全五度と1オクターブを発見したのであれば、全ての音が完全に協和する完全五度だけを用いて(純正の音だけを用いて)12音階を作りたくなる。しかし、任意の基準音(A=440ヘルツなど)から始めて、たとえばC、G、D、A…と順に決めていくことでは、12音全てを純正に作ることはできない。全ての5度を純正に取ろうとすれば約24セントの余りが生じる。この24セントをピタゴラスコンマという。ピタゴラスコンマは2:3という比率から導き出される数学的制約である。

 乱暴に言ってしまうなら、音律の歴史とは、この余った24セントをどこに押し付けるかの歴史だといえる。たとえば、CとGを極端に狭くとるなどして、ピタゴラスコンマの全てをどこか1カ所に押し付けることもできる。もちろん、その音は純正から大きく外れ、聞くに堪えない不協和を生む。純正の音から大きく外れた音はウルフと呼ばれる。その名の通り、それはどう猛な狼となって和音を破壊する。

 平均律とは、余った24セントを均等に割り振った音律のことを言う。言い方を変えれば「平均律」は全ての音が「純正」から平均的にズレている。極端に狂った音(ウルフ)は存在しない。しかし、全ての音が微妙に狂っている。
 それに対して「不等分音律」は「純正」を含めることができる。24セントの重荷を不平等に分配することで、生かす音(純正)と犠牲にする音(純正から外れる音)を決める。考案者の数だけ音律が生まれる。

 平均律は鍵盤楽器から2つの音楽的性質を奪った。1つは既に述べた「純正」の音。そして、もう1つは24の調性格である。平均律に残されたのは「長調」と「短調」の違いしかない。古典音律が持っていた24の調性は、全ての音を標準化した「平均律」では失われてしまった。
 不等分音律では、例えば同じ短調であっても調性の違いが様々に現れる。シューバルトは18世紀に生きた詩人であり音楽家だが、彼はハ短調とヘ短調の調性格を次のように表現している。

 ハ短調:愛の告白、裏腹の失恋の嘆き、恋する魂の悩みと憧れ
 へ短調:際限の無い憂鬱、死者の嘆き、悲嘆の呻きを発し続ける声、弔いへの憧憬

 平均律ではこれらの調性格の差異は無くなってしまっている。
 

◇◆


 ディーターが最初に試みた「不等分音律」の調律はキルンベルガーだった。自宅のピアノをキルンベルガー第2法に調律した。ベートーヴェンを弾きたかったのだ。

 ベートーヴェンはキルンベルガーの著作「純正作曲の技法」を使って、作曲を学んでいる。この分厚い指南書の第1章の表題は「音階と、音階の調整について」 つまり、キルンベルガーは作曲について語るにあたり、音律の話から始めた。
 ベートーヴェンが学んだ内容や、彼が生きた時代を考えるならば、ベートーヴェンのピアノはキルンベルガー第2法で調律されていた可能性が高い。
 彼のピアノがキルンベルガーで調律されていたならば、調の選択には慎重になる。ベートーヴェンは作曲に当たって、間違いなく調性を意識して作曲をした。
 調性格の違いを前提として作曲されたベートーヴェンのピアノ曲を平均律で弾いたところで、楽曲本来の意図を引き出すことはできない。引き出したいなら、「悲愴」はハ短調の「調性」で弾く必要がある。平均律にはできないことだ。

 ディーターは自宅のピアノをキルンベルガー第2法に調律した後、あらゆるベートーヴェンのピアノ作品を弾いた。キルンベルガーのウルフが気になれば、ヴェルクマイスターを試した。
 ベートーヴェンだけではない。バッハを弾き、ショパンを弾いた。古典的な不等分音律で弾くとき、彼は自分の音楽的感性が正しく反応するのを感じた。大抵の場合、その感動は楽曲の最初の和音を鳴らす瞬間に訪れた。彼は魂が揺さぶられるのを確かに感じた。
 平均律が不要になったわけではない。なんといっても平均律は大切な仕事道具だったし、現代の無調音楽、たとえばシェーンベルクの小さなピアノ曲を弾くとき、ディーターは平均律を用いた。しかし、彼がロマン派以前の楽曲を平均律で弾くことはもう無かった。


◇◆


 少年は12歳になったばかりだ。家族の期待を一身に背負っている。彼にはピアノ演奏の天才的な技術がある。
 毎晩の夕食の後、少年は両親と5人の兄弟の前でピアノを弾く。今晩はベートーヴェンを弾いた。ピアノソナタ第8番「悲愴」
 演奏が終わると、家族は暖かい拍手と期待に満ちた眼差しを少年に向ける。少年は下を向いたまま拍手が終わるのを待つ。
 彼はテクニックには絶対の自信を持っている。しかし、自分の音楽的感性を信じることができない。音楽に感動できない。

 少年の弾くピアノの調律は、大手の楽器会社に委託されている。半年に1度、楽器会社と契約している町の調律師がやってくる。この2年ばかりは、隣町に住む若い調律師が担当だった。しかし今年は、ひどく老いた調律師がやってきた。楽器会社によれば、去年まで担当していた若い調律師は都会に引っ越したのだと言う。

 老いた調律師はピアノの状態をざっと確認すると、作業に半日ほどかかると言った。少年は老人が作業する様子を眺めていた。ピアノの複雑な内部構造を眺めるの好きなのだ。老人が確認のため時々和音を鳴らす。少年は老人に質問をする。

 「どうしてベートーヴェンは『悲愴』なんてタイトルを付けたんだろう?」
 「なんでそんなことを聞くんだい?」老人は言った。
 「よく分からないから」
 「分からない?」
 「聞いても、弾いても『悲愴』って感じがしないんだ」
 「私もね、君と同じぐらいの歳の時は、そう思ったものだよ」
 「大人になれば分かる?」
 「そういうものじゃない」
 「どうやったら分かるの?」
 「知りたいかい?」
 「うん」少年は大きな声で言った。
 
 老人はしばらく少年見てから静かに言った。「教えてあげよう」
 「ほんとに? どうすればいい?」少年は目を輝かせた。
 「毎日、ピアノを弾きなさい。そうすれば自然と分かるようになる」
 「毎日弾いてるよ」少年は不満げに言った。
 「それでいい。調律が終わったらベートーヴェンを弾くといい」
 「悲愴?」
 「そうだね。『悲愴』はいい。弾いてみるといい」老人は言った。
 
 老人はそれから30分ほどで作業を切り上げた。母親を呼び「終わりました」と報告した。
 母親はあまりに早く終わったことに驚き、少年に弾いて試すように言った。「悲愴を弾いてもいい?」少年は調律師に尋ねた。老いた調律師はゆっくりと頷いた。


END


◇◆特に人気のあった短編◆◇
人生の大半をラブホテルで過ごした女の話し
僕らはこうしてパスタに襲われる
頼むから返事をしてくれ

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

note.user.nickname || note.user.urlname

パンを買います

ありがとうございます!好きなお肉は豚肉です。
109
パンのみで生きてます。短編小説しかありません。

コメント14件

立花新具 様

コメント有り難うございます。楽しんで頂けようで良かったです。「キルンベルガー第2法」で調律されたピアノですが、これはどこに行けば聴けるかは分かりません。
希に個人のピアノを古典音律で調律されている方はいます。また、そういったテーマのコンサートもあるようです。MIDI音源であればわりとネットで見つけられます。

キルンベルガーで調律されたピアノをピンポイントで探すのは難しいのですが、平均律から外れた調律は意外と耳にしているかもしれません。
名演奏や名盤に出会うことがありますが、そういった演奏でのピアノ調律はピッタリ平均律では無い可能性があります。
込み入った話は専門書に譲りたいのですが、たしか何かの本で、名盤の調律を調べていて、グレン・グールドの調律はヴェルクマイスターだと結論していたかと。個人的にグールドが好きなので、記憶に残っています。記憶違いかもしれませんが。。
菊池とおこ 様

お読み頂き有り難うございます。楽しんで頂けて良かったです。
小説なので、もちろんフィクションです。ただ、リアリティは大切にしているので、本当っぽく感じて頂けたようで良かったです。
ちなみに、小道具として使っている音律、調律については、専門家の方から見れば突っ込みどころも多いと思いますが、大枠は本当です。音律を題材にした映画は良いですね。僕も見てみたいです。
スドウ ナア 様 ご丁寧なコメント返しありがとうございます。まずはyoutubeで探してみます。いろいろな調律の聴き比べも楽しそうですね。
良いお話をありがとうございました。
幻の名盤といわれている昔のレコードに録音されているピアノが
実はキルンベルガー第2で調律されていたと言う話を思い出しました。
Youtubeに上がっていたのを聴いたのですが、今探しても見つかりません・・・
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。