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「死にがいを求めて生きているの」を読んで②〜自分を取り巻く世界の変化に、あなたは対応できますか?〜

引き続き、「死にがいを求めて生きているの」についての感想です。
※1話については①の記事を参照ください。


2話と3話は前田一洋(智也と雄介の通う小学校にやってきた転校生)目線で描かれます。神奈川から札幌に引っ越してきたばかりの一洋は、出席番号が近く家も近所だった智也と雄介と仲良くなります。

①変化に順応できる人間、一洋

親が転勤族の一洋は、もう既に何度か転校を経験しています。とは言え神奈川から札幌への引っ越しは、驚きと戸惑いがいっぱいでした。

P43 何度転校したところで、昨日まで自分がいなかった教室にポンと放り込まれる感覚には、慣れない。(略)転校したばかりだと、担当の掃除の場所も、給食の片付けも、体育の着替えや準備をどうすればいいのかも、何もかも誰かに教えてもらうまで分からない。自分だけでできることが少ない場所で過ごす時間は、一秒一秒がすごく長いのだ。

“何度経験しても慣れない”とはいえ、上記のように一洋は“慣れない状態がどんなものなのか”を知っています。
“自分だけでできることが少ない場所で過ごす時間は、一秒一秒がすごく長い”
うんうん、分かる分かる…
バイトや会社に入ったばかりの頃は、まさにそんな感覚でした。
小学生で既にこの感覚を体験してるって、一洋はかなり人生先取りしてるなぁと思います。転勤族の子供って、コミュ力というか、人間力?が培われそう。

それだけでなく、一洋は“慣れていく過程はどんなものなのか”も知っています。

P51 ほんとに、転校したんだな。一洋はふとそう思った。(略)両目いっぱいに映る新しい世界と、自分の体に起こっている小さな変化。この二つが重なってやっと、自分に起きた変化を受け入れることができるようになる。

スキーの授業で雪を見て、雪に触れ、じんわり汗をかくことによって、一洋は「住む世界が変わったぞ」と認識します。実感します。
これがファーストステップ。

次に、帰宅途中に雄介と智也とソリで遊び、尻持ちをつきまくりながらはしゃぐことによって一洋はセカンドステップもクリアします。

P61  ようやく今、自分の暮らす場所が変わった、そしてこれからもこの場所で暮らしていくということをきちんと受け止めることができた気がする。この土地独特の遊びを通して抱いたお尻の痛みを、1人で感じるのではなく、誰かと共有することができた、今。新しい何かに出会い、その新しさに出会った自分の戸惑いを、誰かが笑ってくれた、今。

住む世界の変化に順応できる一洋の話は、この小説が先に進むにつれて下味のような効果を生み出します。
ネタバレになりますが、雄介は住む世界の変化に順応できない側の人間になっていくのです。
小学生の頃はクラスの中心人物的存在だった雄介が徐々に置いてけぼりになる様は、一洋とは対照的です。

②好戦的な雄介・非好戦的な智也

「死にがいを求めて生きているの」は、螺旋プロジェクトという8人の小説家による競作企画で生まれた小説だそうです。
伊坂幸太郎さん、乾ルカさん、吉田篤弘さんなどの小説家たちが“海族”と“山族”の対立をお題としてそれぞれバラバラの時代(古代・近代・未来)を舞台に物語を紡ぐという試みです。

つまり、この小説のメインテーマは【対立】だと明言されているのです。
朝井リョウさんは【日本の争いの歴史は全て、海族と山族の対立によるものだった!…という都市伝説がまことしやかに囁かれる平成】を舞台に選びました。

雄介は対立、つまり争うことが好きな人物です。勝ち負けがモチベーションに繋がるので、優劣のハッキリする運動会に並々ならぬ意欲を出します。

智也は対立を好まない穏やかな人物です。強引な雄介の行動に苦言を呈することなく受け入れ、ともすると言いなりのようにも見えます。

P59 ソリ遊びに飽きると、雄介は一洋にちょっかいをかけてくる。ちょっと乱暴なところもあるけれど、それが友達って感じがして、一洋は嬉しかった。

運動神経が良く声も背も大きい雄介は、クラスメイトや先生からも一目置かれる存在です。ちょっと乱暴だけど、良く言えば天真爛漫。
父親の“リスク統括室長”という肩書きが大好きなアニメキャラの役職に似ていると誇らしげに自慢する姿は微笑ましくて可愛い。
大人しくて小柄な智也より、雄介の方が断然多くのチョコレートを女子から貰っていそうです。

しかし「おや?雄介くん、それはちょっとやりすぎじゃない…?」という乱暴な一面も、最初から散りばめられています。
人のものを勝手に自分のものにしたり、お菓子が食べたい!何かないの?と智也に命令したり…

「とは言えまぁまだ小学生だしね」「元気なのは良いことだ」なんて自分に言い聞かせて読み進めていると、ラストでゾクッとする場面が待ち受けています。
並々ならぬやる気を見せていた運動会の棒倒しが、安全面の理由で中止になるかもしれない、と宣告される場面です。
雄介は体育教師に猛烈に盾突きます。
それだけでなく、サッカーで自分が勝手に転んだのを「棒倒しに勝ちたいからワザと足を引っ掛けたんだろ!」と親友(のはず)の智也に言いがかりをつけ怒鳴るのです。
その様子は、鬼気迫るものでした。

1話の友里子編では“親友に尽くす心優しい青年”に見えた雄介が、2・3話で「え、雄介ってやばい奴じゃない?もしかして智也が植物状態になったのって雄介のせいだったりする?」と、印象がぐるんとひっくり返るのです。



智也かわいそう…智也常識人…
こんな雄介とずっと仲良くしてあげるとか、まじ聖人…





って思ったら、朝井リョウの思うツボ!!!


なぜ智也は雄介の側に居続けたのか…?
智也は本当に非好戦的な人物だったのか…?

是非、読んで確かめてください。

次回は、朝井リョウは【対立】というテーマをどう調理したのかについて書きたいと思います。

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