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down the river 第二章  第三部〜再誕⑦〜

人間眠くても死ぬ事は無い、よく冗談で言う言葉であるが今のユウは絶命寸前だ。歩く事すらままならない。
夏休み中3年生を対象に希望者を募り補習を行なっている。
言うまでもなくユウは参加しているのだが、浦野との約束があるので午後も補習を受けているのだ。
午後からの補習は敬人も参加して、浦野が担当教員として勉学に励んでいる。
午後3時、午後の特別補習を終えたユウと敬人は地獄の様な日射しの中フラフラと帰路に着いていた。

「お、おい、ユウ、ユウ!大丈夫かよ!おい!」

左右に揺れながら道路を歩くユウを心配した敬人が大声を上げた。

「んあ?おぉう…あ?え?」

ユウの目は半開きになり、口の端には涎の痕跡が白く浮かんでいる。

「ユウ、お前…。凄い集中力だな。」

「あ、あ?あぁまぁ目標があるからね。」

「目標?」

「うん、断ち切るんだよ。俺の性欲に溺れた部分をさ。下村先生曰く、昇華って言うらしいよ?」

「それと勉強の何が関係あるんだ?」

「うんとね…ううん、なんか、…説明したいけど…頭が…回んねぇや…。」

「あぁ!いやいや、いいんだ。すまんすまん。さぁ早く帰ろう。」

ユウは敬人と別れてからもフラフラと歩き続け、気が付くと自宅の玄関前に着いていた。
何を考え、何を思い、何に注意して歩いてここに辿り着いたのか、ユウは本当に全くわからない。
煙草をいつもの物置きに隠し、玄関の鍵を開けると重い足を上げて中に入った。
高い外気温をタップリと吸収し、陽炎が見えそうな程暑い家の中はいつもと変わらず、空気が全く流動しておらず浴室の換気扇が不気味な音を奏でている。

「嘘だろ…マジか…マジかよ…。」

ユウは玄関から外へ出ると玄関のドアを力いっぱい閉めた。

「ハァハァ…嘘だろ…またいるぞ」

またあの気配がする。明らかに前に遭遇したあの気配と同じだ。

「亮子なのか?亮子?違う…女…女は絶対に女だ…。一体なんで…」

前に遭遇してからしばらく影を潜めていたが、今日はまた一段と毒気が強い様に感じる。
ユウは家の中に入るのを諦めた様にその場に座り込んだ。

「おいおい…早く冷房効かせて寝たいのに…はぁ暑い…。眠い…。なんで今日に限って…もう勘弁してくれよ、なんだかわかんねえけど…。」

そう言っている間にもジリジリと夏の西陽がユウを焼き、体力を奪っていく。

「うぅ…んのやろう…。」

体力、恐怖、怒り、全て天秤に掛けたユウは怒りに重きを置いた様だ。
ユウは奥歯をギリッと一度噛み締めると玄関のドアを開いた。
そこにいる。先程とは比較にならないほど近くに「ソレ」がいる。

「うぅ…。なんだこのやろう…。」

『前の俺とは違う。俺は…違うんだよ!』

ユウは玄関の中に入り、バタンとドアを閉めた。

「おい…てめえ!なんだよ!ここは俺んちだ!ハァハァ…誰だよてめえは!あぁ!?」

外へ漏れない程度の大声でユウは叫んだ。近所で噂になり母親に知れでもしたらまた要らぬ心配をかけてしまう。
怒りに身を任せた様に見えてユウはまだ周りに気を使う余裕はあったのだ。

「あ、あれ?…え?」

懐かしい様な、暖かい様な、心地良い風がフワリとユウの頬を突然撫でた。

『なんだろ…落ち着くっていうか…なんか懐かしいっていうか…。』

風がユウの頭を撫でて上昇していくと、我に返った様に汗が吹き出てきた。
そして「ソレ」の気配は静かに消えていたのだ。

「な、なんだよ…なんだよ…クソ…。」

ユウはドスドスと足音を立てて家の中に入ると、家中の照明という照明を点けて回りエアコンをつけて最大出力にした。
そしてユウはエアコンの吹出口の真下に立つと顔を上に向け、目を閉じた。

「亮子じゃない…浦野先生でもないな…。でも、…女の人…。柔らかくて…懐かしい…そして強く…優しい…。タハハ…んな奴いねえよ。」

ユウは苦笑いするとテレビの電源を入れると、音量を上げた。
夕方のワイドショーが何の興味も惹かない時事ネタを放送している。

「フン、つまんね。」

ユウは鼻で笑い飛ばすと教育テレビにチャンネルを合わせた。
すると昔懐かしい音楽で、男女が楽しそうに踊っている。

「ハハハ…。懐かしいな。これお母さんと見た記憶あるなぁ…。フフフ…懐かしい…あの頃はなんだか…何でも楽しく感じたなぁ…。フフフ…ンフフ…。」

そう言うと、ユウは寝転がりタオルケットを腹に掛けると眠りコケてしまった。
母親から頼まれた仕事をしていなかった為に、帰宅した母親から怒鳴り散らされたのは言うまでもない。

・・・

「新田くん、今日帰り少し職員室に寄ってくれる?大丈夫かな。」

補習が終了すると浦野がユウの机に近付き、話しかけてきた。
今日の補習は浦野の都合で午前中で終了だ。
午後の補習が無いので、敬人とも会う予定は無い。

「職員室…はぁ…わかりました。」

「頼むわね。」

他の生徒がいるからであろうか、ユウに対しての後ろめたさを誤魔化す為であろうか、厳しい表情と声色でユウに迫ってきた。

「はぁい!皆!今日の補習はお終い!追加課題が欲しい人は帰る時に先生とこ来て。いいかな!?」

浦野の高く、大きな声が教室に響く。
流石に3年生だけあって自ら追加の課題を貰いに来る生徒がほとんどだ。
ユウは列の最後に並んで順番を待った。

「新田くん、待ってたよ。はい、課題。」

「あ、ども。」

「じゃあ一緒に行こうか。」

「はぁ…。」

ユウは追加課題を鞄に入れると、浦野の後に付いて歩き始めた。

「新田くん、1学期の成績随分上げたね。期末テストも順位かなり上がったし。凄いよ、本当に。」

後ろを見ずに浦野はユウに語りかけた。
浦野は今日も小綺麗な格好だ。
生地が薄い黄色のシャツの背中側は恐らく黒色であろう下着が透けている。
そしていつものキュロットスカートを履いていて、白く艷やかな生足が汗ばみ、より輝きを増している。

「まぁ母親は褒めてくんなかったっスけどね。俺は頑張ったと思うんだけど。タハハ…。」

ユウは浦野の透けている下着と生足を交互に見ながら答えた。

「ンフフ…。だから先生が褒めてあげたじゃん?いや本当に凄いと思う。まさかこんなに一気に順位上げるとは思ってなかったから。」

相変わらず浦野はユウの方を見ない。

「浦野先生のお陰ってのもありますよ。約束通りしっかり教えてくれるし。約束通り。」

ユウが放った約束通りという言葉に合わせて浦野の肩がピクッと反応している。
浦野は言葉での反応を示さずに職員室までの歩みを進めた。
そして遂に浦野はユウの方を見る事なく職員室へと辿り着いたのである。

「失礼しまっス。」

ユウは浦野以外誰もいない職員室の空間に向かい、適当に決まり文句を言うと、浦野の後に続いて中へ入った。

「はいはい、座って。はぁ暑いね。」

浦野はいつもの1本に結んだ髪を解き、両手で後ろ髪をたくし上げた。

「はぁ…。」

ユウはその仕草を横目に、浦野の席の横にある事務机の椅子に座った。
ユウが座ったのを確認した浦野はシャツと同色のシュシュを口に咥えると脇を大きく開けて髪を結い直し始めた。
日焼け止めクリーム、化粧品、制汗剤、それらの香りをかいくぐって、ほのかに鉄分を含んだ様な、しかし不快ではない大人の女の香りがユウの鼻を通り、脳へと届く。

『やめろ…なんて匂いだ。匂いだけで性欲が湧いてくる…。クソッ!いつもいつもなんなんだこいつは!クソッ!』

髪を結い直した浦野は瞬きをゆっくりとしながらユウの方を向き、何とも色っぽい咳払いをした。
そしてユウはその喘ぎ声とも取れる咳払いにビクッと反応してしまった。

「新田くん、前にも聞いたけどお礼は補習だけでいいの?私は良いんだよ?まだ結婚してないし…。」

『グッ…この野郎…。ぶり返すんじゃねえよ…ったくよぉ…』

「い、い、いやぁ、悪いじゃないですか。そんなの。しかも先生なんだし。先生ですよ?教師。」

「先生が興味あるんだもん。」

『クッ…クソッ!このやろう!』

「何にです?」

「新田くんに…。だって何人もの男子を虜にしてるのよ?男に愛される身体よ?何人もの精を吸い取ったその身体…凄い興味あるのよ。」

「…。」

ユウは下を向いて無心になり固まった。

「あ、ごめん。ごめんね?無神経だった。ごめん。本当にごめん。」

「いや、まぁ別にいいですけど。」

『この…こんのクソ野郎!』

「ん…本当にごめんね?いつでも…待ってるよ?結婚するまでは私をどんな風にしても構わないから。」

「話はそれだけ?」

ユウは浦野を睨み付けて無愛想に言い放った。

「ううん?それだけじゃない…。来て?」

浦野は立ち上がると放送室へ歩いて行った。
ユウはその場で呆然と座ったままでいると、浦野は放送室の扉から顔をチョコンと出し、艶めかしい表情でユウを手招きしたのだ。

『な、な、なんだ?』

ユウはフラフラと立ち上がると、何かに背中を押される様に身体が自然に放送室へと向かってしまった。

『おいおいおいおい…なんだよ…身体がか、か、勝手に…。』

ユウは浦野に導かれるままに放送室へと入ると、何とか自身のコントロールを取り戻そうと身体を強張らせ、奥歯を噛み締めた。

「ここは、声が外に漏れないの。」

そう言うと浦野は右手の人差し指と中指を揃えてユウの顎下に這わせた。

『ぐぁあ!止めろ!!』

完全に浦野はユウを誘っている。
ユウは昇華を成功させているという自信に満ち溢れていたが、相手が悪い。

「ねぇ…私をめちゃくちゃにするのはまた今度でいいわ。キスだけ…キスだけしちゃダメ?」

浦野は上唇を舐めた。
ユウも敬人を誘惑するのにこの仕草をしていたものの客観的に、女性のそれを見るのは初めてだ。何とおどろおどろしく、何と毒々しく、何といやらしい仕草だろうか。

「ぬ…く、クソが…。」

ユウは浦野に聞こえるか聞こえないか程度の声量で呟いた。

「んん?なぁに?どうしたの?」

浦野は舌を出してユウがその舌先に吸い付いてくるのを待ち構えている。

「先生は!!」

「え?」

「先生は!何ら目的なんれしゅか!?」

ユウは緊張と苛つきと沸き起こる性欲に耐えながら言葉を発したので舌を噛んでしまった。

「プフ!ンフフフ!あっはっは!なぁに?新田くん!アハハハ!」

浦野の艶めかしい表情は一気に少女の様なあどけない笑顔に戻り、しばらく堪えていたものの吹き出してしまい、大笑いし始めた。
しかし、ユウは険しい顔のまま続けた。

「先生は何でそんなに敬人を学校に来てほしかったんですか!?」

「アハハハ!前に言ったじゃない。皆キチンとした進路をキチンと歩んでほしい、そして皆でキチンと卒業…」

「嘘だね!!」

ユウは浦野の語尾に被せて大声を出した。

「え?」

「そんなわけないでしょ!?そんな事の為にどうして結婚前の身体をこんなガキに捧げる事ができんですか!?浦野先生、俺を舐めないで下さいよ!?知ってんですよ!俺は!身体で取り引きを仕掛ける奴は絶対何かを企んでるって!俺が…俺がそうだったから!!」

「新田くん…。」

「あ、あ、相手が悪かったっスね!その辺のガキならコロッと浦野先生に落とされてたんだろうけどさ!残念ながら俺は先生が言ってた様に何人もの男に身体を捧げてきた人間だ!知ってんですよ!先生の行動に裏があることくらいね!知ってんですよ!!」

「私はそんな…。」

「言えよ!わかってんのにわざわざ利用されるほど俺はお人好しじゃねえ!!」

「でも利害は一緒じゃない?新田くんは気持ち良くなるだけでいいわけだし。」

「言えよ!白状しろ!」

「わかった。言うよ、新田くん。そしたらキスしていい?」

「は?」

「先生もリスクを犯して新田くんに全部言うんだよ?それ相応のモノを貰わなくちゃね。そうでしょ?」

「う、うん…そうかな…。」

「約束して?話したらキスだけ…。」

「わ、わかりましたよ…。」

ユウは腑に落ちない雰囲気を出したが、期待に胸は大きく膨らんでいた。

「止めた。」

「え?」

次の瞬間、浦野の唇がユウの唇に重ねられてしまった。
浦野の唾液と共に、うねうねと舌がユウの口の中に入って来る。

「ムヌグクッ!!」

ユウは必死に抵抗するが浦野の両腕が首に絡み付いている上に、浦野の唾液を飲み込むその都度力がヘナヘナと抜けていってしまう為、最早抵抗と呼べる代物ではない。
浦野はユウの舌を吸い出し、ソフトクリームの様に優しく舐めると、ユウは目を閉じて膝を付いてしまった。
浦野は涎を拭うとユウを嫌な目つきで見下ろした。

「新田くん?新田くんこそ私を舐めないでね。身体で取り引きを仕掛ける奴は絶対何かを企んでるって?企んでるわよ?当然。」

浦野はユウの顎下を右手で掴み、ユウの顔を上向きにさせた。

「口を開けて。」

ユウはもう抜け殻の様になり浦野の言いなりだ。
浦野の指示通り間抜けな顔で口を開いた。
すると浦野はその開かれたユウの口に粘度の高い涎を垂らした。
ゆっくりと、数秒かけてその糸は全てユウの口の中に収まると何も強制していないのにユウは喉を鳴らした。

「新田くんに私の企みなんか関係無いわ。そんなの話す必要無いし、新田くんがそれで損することも無い。黙って気持ち良くなってればいいの。わかる?」

「あ、あ、あ、あぁ…」

「よし、これからもちゃんと補習したげる。有田くんももちろん一緒にね。さぁ立ちなさい?」

ユウは操り人形の様にフラフラと立ち上がった。
その目にはもう生気がない。

「ンフフ…。」

浦野はユウの足元に跪くと不気味な微笑みを浮かべユウのベルトを外した。

「新田くん。私の企みなんか忘れなさい?わかった?わかったらズボンとパンツを脱ぎなさい。」

ユウは涙を浮かべて指示に従った。

『なんで…性欲なんてもんを作ったんだ神様。これのせいで…俺は男からも女からも嬲り殺しだ…。そしてまた…負けるのか…俺は…』

「フフフ…いい顔よ?新田くん…。」

その蛇女は舌舐めずりをすると、巣立ち直前のひな鳥を下半身から丸飲みをした。


※いつもありがとうございます。
次回更新は本日より3日以内を予定しています。
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※未成年者の飲酒、喫煙は法律で禁止されています。
本作品内での飲酒、喫煙シーンはストーリー進行上必要な表現であり、未成年者の飲酒、喫煙を助長するものではありません。

※今シリーズの扉画像は
yuu_intuition 氏に作成していただきました。熱く御礼申し上げます。
yuu_intuition 氏はInstagramに素晴らしい画像を投稿されております。
Instagramで@yuu_intuitionを検索して是非一度ご覧になってみてください。



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