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救世主が創ってくれた青春の証。

10月13日火曜日、欅坂46は5年間の歴史に幕を閉じた。
そして10月14日水曜日、櫻坂46としての歴史に幕を開ける。

欅坂46が櫻坂46に改名してから、早1ヶ月が経とうとしている。10月までにこのnoteを完成させて投稿するつもりだったが、思ったよりも自分の思いをまとめることができずに今日という日を過ごしている。

きっと自分がこの改名という大きな一つの区切りを受け入れることが出来なかったということを意味しているのだろう。

元々乃木坂46が好きだったので、オーディションが行われていることは知っていた。でも気になることは無かった。

欅坂46

欅坂46という存在を知ったのは、合格者が決まったという2015年8月のニュースからではなく、「サイレントマジョリティー」というデビュー曲をリリースしたという2016年4月6日のニュースからだった。

今までにないアイドルグループで、当時中学2年生だった僕はその魅力に、世界観に引き込まれたのだ。


特にセンターの平手友梨奈は中学3年生で、グループ最年少とは思えない、そしてなんとも言葉にできない表現力、眼力、パフォーマンスに衝撃を覚えた。

2016年4月6日から一切飽きることのないパフォーマンス、様々な種類の楽曲、色んな世界観のライブ、個性溢れるメンバーにどんどんハマっていく。

1st singleから9th singleまで沢山の楽曲が僕の人生を救ってくれた。

生き方の種類、愛の種類を教えてくれた。物事の儚さを教えてくれた。様々な物事に対する感情を教えてくれた。逃げ方を教えてくれた。人とのぶつかり合いの大切さを教えてくれた。

色んなものを救ってくれて、色んなものを教えてくれた。欅坂46が存在していたから僕は生きてこれた。大袈裟かもしれないが、紛れもない事実なのだ。

21人の欅坂46も28人の欅坂46も、どんな欅坂46も大好きで、色んな形で卒業していっても色んな場所で活躍しているメンバーが大好きで、大好きで大好きでたまらなかった。

2020年1月23日

この日を一生忘れることはない。絶対ない。死んで生まれ変わっても記憶に残る。

推しである平手友梨奈の脱退。そして織田奈那、鈴本美愉の卒業。佐藤詩織の休業。いきなりの運営からの発表。「この発表をもってグループを卒業、脱退。」存在しない日本語ではないかと何回も読み返した。まさかの存在する日本語で倒れそうだった。

その日のSOLでは平手友梨奈が出演していて、欅坂46を脱退するという言葉を本人から聞かされてやっとこれは現実なのだと思った。涙が止まらなかった。あの日言っていた「脱退の件については、自分が話したいと思ったときに、どこか機会があれば話す」という言葉を胸にこれからも応援していこうと決心した。

多分話が脱線しかけているので戻します。

今まで大好きなメンバーが色んな事情で関されていったので、普通に関し恐怖症になりました。

2020年7月16日の欅坂46として初めての無観客・生配信ライブでは、とうとう欅坂46というグループが関されてしまうという、これも一生忘れることのない出来事が起こった。

まさかグループが関されるとは思わんやんけ...............



キャプテンの菅井友香からの言葉やその周りのメンバーの表情で涙が止まらなかった。そのあとのラストシングルの披露でもっと涙が出てきて、欅坂46が存在しなくなるという現実を受け入れることが出来なかった。

まだ自分の気持ちに区切りがついていないのにまとめようなんて無理なので今から畳みかけます。一気にエンディングです。綺麗な構成と文章でまとめたかったけど無理みたいです。拙い文章ばかりですみません。

救世主

欅坂46として活動してくれたあなたたちが、色んな人の人生を救った。色のない人生に色を付けてくれた。欅坂46は僕の永遠の救世主であり青春の証です。

5年間本当に本当にありがとう。櫻坂46としての活動では、自分たちのペースでゆっくりと花道だけを歩いていってください。僕らが全力で守るし支えます。

欅坂46の楽曲をこれから披露することがなくなったとしてもずっと聴きます。これからもずっと愛し続けます。記憶にもっと刻みます。

欅坂46ずっとずっと大好きです。本当にありがとう。

拙い文章ばかりですみません。
ここまで読んでくださりありがとうございます。

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