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「過去未来報知社」第1話・第93回-最終回-

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>>第92回
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<<第1回
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「六合に来たのは、大家さんとの約束のためですか?」
 笑美の問いに、慶太は目を丸くした。
「なんで知ってる?」
「10年後の大家さんと、なんであんな約束をしたの?」
「……あいつ、喋りやがったのか」
 慶太はフッ、と目を反らす。
「俺との約束?」
 大家はしばし考えると、小さく笑った。
「そうか……。そういう手に出たか」
 笑美は慶太の腕を掴む。
「ダメ。そんなことしちゃ、ダメ」
「約束は、約束なんだよ」
「そうだ、約束は守らないといけない」
 スッ、と大家は笑美を指差す。
 ふわり、と笑美の体は浮き、慶太の腕の中に納まった。
「……え?」
 慶太の手を借り静かに地面に立ち、大家を見つめた。
「……俺が未来のお前と何を約束したのか、分かったのか?」
「ああ」
 朗らかな笑顔で頷く大家。
「……とても本当に分かったとは思えない」
「そいつの代わりに俺を殺せ、と言われたんだろ?」
 笑いながら言う大家に、慶太と笑美は眉を顰める。
「……それは、笑いながら言えることなのか?」
「言えるさ。いつも思ってることだからな。
 死にたくなる。でも、いつも思うだけだがな」
 ネコが毛を逆立てる。
「誰かが終わらせてくれるのなら、それがいい」
 大家は谷の淵に立つ笑美と慶太の前に降り立ち、
 爪を立ててしがみついているネコを引き剥がす。
 谷底を背に、両手を広げてみせる。
「……なんのマネだ」
「押せよ。それで終わる」
「……お前は、飛べるだろう?」
「猫の力を借りなければ、何も出来ない。
 言っただろう? 六合も猫の力を借りた、と。
 管理者が餌になったことは今まで、無い。
 もしかしたら、これでこのくだらない餌づけは終わるかもしれない」
「……でも、それじゃ、大家さんが!」
「もう、嫌なんだよ!」
 大家の声に、笑美はビクッと身体を震わせた。
「人を見れば、そいつの過去が、未来が、見える。
 それを背負うのも真っ平だが、餌の品定めをするのもうんざりだ!」
 慶太は笑美の肩を引き寄せる。
「俺が過去視や未来視を楽しんでやっていたと思うのか?
 冗談じゃない。町のため、猫のため、六合のため。
 そいつが迎える不幸な過去を知っていても、忠告もできやしない!」
「忠告……」
「ここへ来るな、ということすらできない」
 大家は心臓の辺りを手で掴む。
「だが、自分で自分を消すことも出来ない。
 俺がいなくなった後は、誰が六合を管理する?
 今までの管理人が耐えてきた想いはどうなる? そして……」
 大家ははっ、と口をつぐむ。
「……そんなわけだ。
 さあ、10年後の俺との約束だろ。
 この肩を一突き、押してくれ。
 それで全てが終わる」
 慶太は笑美を押しのけて、一歩前に出る。
 笑美は慌てて慶太の腕を掴む。
 慶太はゆっくりと振り返る。
「10年後のあいつは、俺との約束を守った。
 俺も、約束を守らなければならない」
「……そんな」
「なんでここに来たか、と聞いたよな」
 頷く笑美。
「俺はな、お前と話がしたかったんだ」
「え……?」
「お前が谷に飲み込まれるまで、俺はお前のことを知らなかった。
 お前が喋れなくなった後から最後まで、俺はお前と一緒にいた」
 笑美はベッドで宙を見つめていた、未来の自分を思い出した。
「周りは贖罪だの同情だのと言ったが、俺にはそんな感情は無かった。
 ただ、俺の時間の側にいてくれる人だったんだよ、お前は」
 ベッドの傍らに座り、ずっと笑美に語りかける慶太。
「俺の声はお前に届いていたのか、俺の想いはお前に届いていたのか。
 受け入れられても受け入れられなくてもいい、それが知りたかった」
「……」
 慶太は両手を広げて立つ大家を見つめる。
「そんな、絶対に適わない想いを、未来のアイツはかなえてくれた。
 俺は、その気持ちにこたえなければならない」
 慶太は笑美を見つめる。
「それに……。そうすればお前の未来も変わるからな」
 慶太は笑美の手を優しくほどき、大家に歩み寄る。
「そうだ。それが一番だ」
 大家は深く頷く。
 慶太の腕が大家に伸び……。
「ダメ!」
 笑美は慶太の腕に飛び掛る。
 同時にネコが大家を突き飛ばした。
「あっ!?」
 笑美と猫は、もつれながら谷底へ落ちていく。
 大家と慶太の伸ばした手は、届かなかった。

 谷底へ落下しながら、笑美はネコを抱きしめる。
 ネコは笑美の胸に軽く爪を立てて捕まった。
「ネコさん!」
「大丈夫」
 ネコは笑美の顎に軽く鼻面を当てると一声鳴いた。
 その声に呼応するように、谷の淵から次々と猫たちがなだれ落ちてきた。

「なんだ?!」
「……猫たちが」
 谷の淵で大家と慶太は呆気にとられてそのさまを見つめていた。
 緑の谷底に滝のように流れ落ちて行く猫の大群。
「ニャア」
 声に足元を見れば、見慣れた三毛猫が鳴いている。
「三宅?」
 大家の問いに三毛猫……三宅は身体を摺り寄せる。
「大丈夫。あたしらに任せておいてよ」
「任せる?」
 大家の問いに三宅はニッ、と笑って見せた。
「そう簡単に、あたしらから逃げられると思ったら大間違い」
 それだけ言うと、三宅は谷底へ飛び込んでいった。
「素直じゃないですよねぇ」
 慶太の肩に這い登ってきたネズミがチュウ、と鳴く。
「……この町では、ネズミも喋るのか」
「猫がしゃべるんですから、ネズミだって喋りますよ」
「……根津か」
 大家は小さくため息をついた。
「どいつもこいつも、俺の夢の邪魔をする」
「夢?」
 根津は小さな鼻を持ち上げてチチッ、と鳴いた。
「人間ってのは、素直じゃなくて面倒ですね。
 まだ三宅さんの方が素直で可愛いですよ」

 次々と飛び込んでくる猫に、六合は戸惑っているようだった。
 谷底の顔が歪んで見える。
「苦しんでいるの?」
「いいえ、戸惑っているのよ」
 いつの間にか笑美の体は、ふわりと浮いていた。
「戸惑う?」
「猫たちは、六合と遊びたいだけだもの」
 ネコの白い身体は変化して、いつもの着物姿の女性になる。
「遊び……」
「最初に六合が来た時だって、そうだったの。
 でも六合は、遊ぶために力を使ってくれなかった。
 遊ぼう、って言われて、嬉しくなかったわけじゃないのにね」
「六合は、一人でいたかったんじゃないの?」
「そりゃあ、一人でいたいわね。
 周りにいたのは六合のことなんかどうでもよくて、
 『俺たちと同じになれ』って言ってくる連中ばっかりだったのよ。
 なんで自分をやめて相手にならなくちゃならないの」
「一人でいたかったんじゃなくて、『自分』がそこにいることを
 認めて欲しかったってこと?」
「自分しかいなければ、自分がいることは証明できますからね」
「でも、猫たちは、最初から『六合と』遊びたかったんですね」
「そうよ。六合その人が良かったのよ。
 でも六合には、もうそれが嬉しい事だってことが、分からないの。
 猫たちに受け入れられた、ってことがもう、分からないのよ。
 自分を受け入れられることこそ、彼が望んでいたことなのにね」
「……大家さんの『自殺』を止めたのも、それが理由ですか?」
 ネコは小さく目を見張ると、にっこりと笑った。
「死にたくない。それが大家さんの本音、なんですね」
「誰だって、そうでしょう?」
 笑美の脇を、猫の大群が落ちていく。
「あ」
 その中の一匹に笑美は見覚えがあった。
「おばさん……」
「あの人の本音を教えましょうか?」
 笑美は小さく頭を振った。
「そう、もう、分かっているのね」
 ネコは笑美の瞳を覗き込む。
「じゃあ、あなたが本当にしたいことも、もう分かっているのね」
 笑美は、ゆっくりと頷いた。
 六合が吠える。ネコは谷底を見つめた。
「往生際が悪いわね。今回の『鍵』はもうあなたの餌にはなりませんよ。
 誰かとの繋がりを絶つことも、呪いで繋がることも望んでいないのだから」
 谷底から、緑の丸い塊が飛び出す。
 塊の中央には男の顔が張り付いている。
 顔は叫びながら、笑美に向かって突進してくる。
 笑美は固まりに向かって手を伸ばした。
「大丈夫。受け止めるから」
 谷を揺るがす衝撃とともに、塊は笑美の胸に飛び込んだ。
「さあ、あなたたちの望みはなに?」
 笑美を背後から抱きしめ、ネコは優しく囁いた。
『自分の……名前を取り戻したい。
 嫌なことからも逃げないで、乗り越えたい』
 谷は莫大な光に飲み込まれ、消えていった。


【エピローグ】
 雀のさえずる朝。
 六合荘の前をネコはホウキで掃き掃除していた。
 前方の坂を上ってくる、若い女性がいる。
「おはようございます」
 女性は笑顔でネコに挨拶をする。
「はい、おはようございます」
 ネコは丁寧に頭を下げた。
「今日から六合荘に入る方ね」
「はい、よろしくお願いします!」
「お名前、なんて仰ったかしら?」
 ネコは軽く小首をかしげる。
「高嶋。高嶋小宵と申します!」
 荷物を抱えて女性は朗らかに答えた。
「あ、もし私宛に人が訪ねてきたら、
 部屋に通していただけますか?」
「あら、ご家族がいらっしゃるの?」
「いいえ、多分、友達のお母さんが来ると思うんです」
「あらあら?」
「ずっと、お世話になってるんです。家族同然なんです!」


「いらっしゃいましたよ。挨拶ぐらいはしてきたらどうですか?」
 ネコの言葉に、管理人室で安楽椅子に座っていた大家はぶすっと頬を膨らませた。
「結局、名前も変えず、あのご婦人から逃げないでも
 笑美さん……小夜さんはここに来てくれたじゃないですか」
「来なくていい。もう用はない。また、死にぞこなったし」
 その膝の上で、黒灰ゴマ猫がニャア、と鳴いた。
「相手の気持ちも、受け止め方で結果は変わる。
 どうやら今回は、いい方向に転んだようだな」
「六合荘の住民に何事もなく、何よりです」
 ネコはにっこりと微笑んだ。
「六合は触れる異界によって形を変えてしまうからな。
 管理人としては気苦労が耐えんよ」
 大家は首を鳴らす。
「結局、俺はいつ映画の撮影を見ることが出来るんだろうな?」
「今の笑美……小夜さんが、
 慶太さんの『闇』を解けたら、じゃないですか?」
「まったく、異物が多く来る町だよ」
「六合ですから」
「あー、もう、死にたい。死にたいな~。
 そう思うだけだけど」
「はいはい、分かりましたよ」
 ネコは手にしたホウキでドン、と床を突く。
「死ぬなら掃除が終わってからにしましょうね」
「はいはい。
 さて、役場で東谷でもからかってくるかな」
 大家は黒灰ゴマ猫を抱いて立ち上がった。
「どんなに時間をいじっても、
 あいつだけは全部の記憶を持っているからな」
「それはそれで大変ですね」
「まったく化け物だよ」
 黒灰ゴマ猫が再びニャア、と鳴く。 
 お前らもな、と聞こえたが大家は聞こえないことにした。
【終】


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