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「過去未来報知社」第1話・第16回


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 ずんぐりした丸い形に、黒と灰色のゴマ状斑の毛むくじゃら。
 濁った金色の目が眠たげに笑美を見据えてこう言った。
「にゃお」
「え?」
 笑美は思わず手元の資料写真を見る。
 黒灰ゴマの猫。間違いなく、大家だ。
 いや、正確には、大家が抱えている猫だ。
「……入江崇史さん、ですか?」
「役所の犬が、何の様だ」
「ご本人確認をしたいので、ソレ、どけていただけないでしょうか」
 笑美はツンツン、と猫の鼻の頭をつつく。
 猫は物珍しそうに指先の匂いを嗅いでたが、
おもむろに大きく口を開け、ぎらり、と光歯で噛み砕く。
「ひゃっ!」
 一瞬早く、男が笑美の手首を掴んで引き剥がす。
 猫は残念そうに欠伸をすると、またウトウトと目を閉じ始める。
「こいつは何でも食ってしまうから、構わない方がいい」
 のほほんとした口調で、猫を顔に被った(?)まま、大家が忠告する。
「そんな危険物を人につきつけないで下さい!」
 慌てて手を庇うと、笑美はこほん、と一つ咳をした。
「ひとつ、聞いてもいいですか?」
「依頼なら今受けてない」
「いえ、人生相談ではなく」
 笑美はぐるり、と周囲を見回す。
「なんでこの部屋、鏡張りなんですか。
 そして、なんで猫を抱えて喋ってるんですか?」
「質問は一つじゃなかったのか。それに答えるとは言ってない」
 ふん、と猫を抱えて後ろを向く大家。
 猫に気を取られて気付かなかったが、着物を着ている。
 年齢も男とさほど変わらないようだ。つまり、若い。
 真っ赤な短髪をひっつめにしている。
 ピン、と伸びた背筋や六合荘の佇まいに、その色だけが笑美には特異に見えた。
「あのー、せめてこっちを向いて、目をあわせてお話しませんか?」
「なんで、そんなことしなければならんのだ」
 絶対に振り向くもんか! その背中が如実に語っている。
「あなたが出てこないって、皆心配しています」
「なんだ、あんたは。役場のご老人見廻り組か!
 間に合ってる、まだ死なない! 年金もちゃんと納めてる!」
「だから、税務署じゃなくて市役所だっての!」
 いい加減面倒になって叫ぶ笑美の肩を、男がポン、と叩く。
 見れば、根津や三宅も同じ様な顔をしている。
「こいつは、人とまともに喋らん」
「そんなんで、どうやって大家をやってきてるのよ!」
 男の声を聞いた大家の背が、ピクリ、と動いた。
「お前、誰だ。
 それにお前ら、どうやって、この部屋に入ってきた」
 笑美たちは男を見つめる。男は背後を振り返る。
「ドアノブを回して入った」
「……ドアを開けた?」
 大家はじっと何かを考えてる風だった。
「……ネコは?」
「ネコさんなら、少し前から姿が見えませんよ。
 あ、僕は店子の根津です」
「いない……」
 大家は綺麗に根津を無視して考え込む。
 しゅん、とうな垂れる根津。
「ネコを連れて来い」
「は?」
「そうしたら、お前達のことを考えないでも……ないでもないでも、ない」
「どっち?!」
 詰め寄る笑美に男は首を振る。
「無駄だ」
「分かったわよ! ネコさんを見つけてくればいいんでしょ!」
 笑美は大股でずかずか部屋を出て行く。 
 男と根津もそれに続き、後を追おうとした三宅がふと振り返る。
「そういえば、誰も入れなかったこの部屋に、なんで今日は入れたんだろう」
 大家は黙って黒灰ゴマ猫を撫でている。
 笑美たちが去った後に自然と灯りが消えた部屋の中で、
猫の鳴き声がにゃあ、と響いた。

>>第17回

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