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「過去未来報知社」第1話・第88回

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>>第87回
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<<第1回
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 ふ、と気がつくと、笑美は町中に立っていた。
 大きくも小さくも無い。でもそこかしこに人の息遣いを感じる町
 歩行者が行きかう道を、遠慮がちにスピードを落として自動車が横切る。
 足早に駅に急ぐ社会人の横で、小学生がふざけあいながら登校している。
 甲高い笑い声に振り向けば、女児二人が仲良く手を繋いで歩いていた。
「小宵ちゃんといっしょ、いっしょ、いっしょ」
 おかしな節を作って声を上げる女児。おそらく自作の歌なのだろう。
 一緒に手を繋いだ女児も声を上げる。
「みなみといっしょ、いっしょ、いっしょ!」
「あ……」
 笑美は思わず口に手を当てた。

 みなみ。

 忘れていた言葉が、くるくると頭の中で回りだす。
「佐伯みなみ……」
 忘れていた親友の顔が、鮮やかに蘇る。
「いっしょ、いっしょ、いっしょ!」
 声高に歌いながら、女児たちは笑美に向かって歩いてくる。
 笑美の背後に、踏み切りの警告音が響く。
「待って! そっちにいっちゃだめ!」
 女児に立ちふさがる笑美。
 女児……小宵がぱっと顔を上げて叫ぶ。
「あ、ゴローだ!」
 ワン、と響く大型犬の鳴き声。
「いぬ……怖いよ」
「へーきだよ。ゴロー!」
 小宵はみなみの手を振りきって走り出す。
「ダメだったら!」
 小宵を抱きしめようと伸ばした笑美の手は、するり、と小宵を通り抜けた。
「……え?」
「あなたがあの時みなみの手を離さなければ、犬に駆け寄っていかなければ、
 みなみは今、あなたと同じ年ぐらいでしょうね……」
 背後から聞こえた声に、笑美は振り返る。
 化け物……みなみの母親・佐伯夫人が微笑みを浮かべて立っている。
「みなみは、踏み切りの前ではちゃんと止って待つ子だったの。
 絶対に、カンカンなってる踏み切りには近づいちゃだめよ、って教えていたから」
「おば……さん?」
「あなたは、みなみの初めての友達だった。
 その友達に初めて手を振り解かれて、みなみがどれだけ不安に思ったか、分かる?」
 佐伯夫人の顔は笑顔のままだ。
「そんな……だって……手を離しただけよ?」
「初めて繋いだ手を初めて振り解かれたら、子供はどう思うかしらね?」
「そんな……」
 笑美は思わず一歩下がる。
 同時に、町がふっ、と消えた。
 暗い空間に、笑美と佐伯夫人の二人が立っている。
 佐伯夫人の顔には、相変わらず微笑が浮かんでいる。
「いいのよ。あなたも子供だったんだもの。分かるわけがないわ」
「嘘。そう思っているのなら、なんで私に付き纏うの?
 どうして、私の後を追ってくるの?」
「だって、もうあなたは大人じゃない」
 両手を差し伸べて、佐伯夫人は笑った。
「子供を責めることはしないわ。でももう大人になったんだから、
 自分の責任はちゃんと果さないとね」
「責任……?」
「みなみの分も、私の子として生きること」
 ゾッ、と背中に悪寒が走り、笑美はさらに一歩下がった。
「子供のあなたには、そんなことを言わないわ。子供だもの。
 でも大人のあなたには、その責任があるのよ。もう、分かるでしょ?
 子供の頃分からなかったことが、どれだけ罪深いことなのか」
 佐伯夫人が一回り大きくなる。
 笑美はいやいや、と首を振りながら更に下がる。
「それなのに、あなたは私を更に傷つけた!」
 笑美の脳裏に現金書留を送りつけた自分が映る。
 更に、それを送りつけられた佐伯夫人の姿も。
 次の瞬間、場面が変わる。
 ため池に、何かがたくさん浮かんでいる。
 よく見ると、それは現金書留の封筒。
 池の表面を覆った封筒の合間から、何かが浮かび上がってくる。
 それは……。
「いやっ!」
 笑美は両手で顔を覆った。
「なぜ、目を反らすの?」
 背後から、ぬれた足音が近づいてくる。
「あなたは知っていたはずよ?」
 ポン、と笑美の肩に手が置かれる。
 肩が濡れていくのを笑美は感じた。
「だって、お母さんから連絡があったものね。
 もう、心配する事はないのよ、って。怖いものはもういないのよ、って」
「私のせいじゃない……、私のせいじゃ……」
「分かってるわよ」 
 声の主は微笑んで笑美の耳に口を寄せる
「あなたが名前を変えたのは、そのすぐ後だもんね」
 ひっ、と息を飲んで笑美は振り返る。
 そこにいたのは、ずぶ濡れの自分、だった。


>>第89回

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