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「過去未来報知社」第1話・第83回

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>>第82回
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 そらに少し欠けた月が浮かんでいる。
 なんだか、失敗したホットケーキみたいだな、と笑美は思った。
 不思議と、あの悪夢の月は浮かんでこない。
 それは……、
(一人じゃないから、かな……)
 隣を歩く慶太を盗み見る笑美。
 自分から引っ張り出してきたくせに、慶太は何を言うでもなく、
 そっぽを向いて笑美の横を歩いている。
 そこかしこに猫の気配がするのは、もう六合のお約束だ。
「にゃあ」
 足元に擦り寄ってきた三毛猫を、
 笑美は手持ち無沙汰を埋めるように抱き上げた。
「あの、さ」
 それが合図になったかのように、慶太は口を開いた。
「来週の撮影、な」
「は? 撮影?」
「ほら、あの、映画の」
「ああ、アカシが出るアレね」
 アカシの名前に、慶太はびくり、と反応した。
「なに? ひょっとして……」
「な、なんだよ」
「あなたも、アカシのファン?」
「んなわけあるか!」
 声を荒げると、ふん、と慶太は横を向く。
「どっちかって言うと、逆だ」
「アンチ?」
「そこまではいかない」

 てくてくと歩きながら、いつかの公園につく。
 慶太に促されて、笑美は慶太の隣のブランコに腰を下ろした。
「あんた、その撮影、行かないと、だめなのか?」
「はあ? 仕事ですから、当たり前じゃないですか」
「他の奴に代わってもらう、とかさ」
「うちの部署は、私以外は課長と別部署の応援のお姉さんしかいないんですよ。
 他の人って、誰ですか」
「そもそも、あんたの部署の仕事じゃないだろ?」
「回ってきた仕事をやるのが、うちの部署なんですよ」
「……」
 沈黙が流れる。三毛猫がにゃあ、と鳴いた。
「あんた……、怖くないのかよ」
「え……」
「聞いた。化け物のこと」
 視線を合わせずに言う慶太に、笑美は顔を強張らせた。
「撮影の日に、何かが起きるんだろ?
 だったら、その場に行かなきゃいい」
「そうです……ね……」
 笑美は三毛猫を撫でながら、月を見上げた。
「私、逃げてきたんですよ」
「うん」
「嫌なこと全部から」
「ああ」
「自分から」
「……」
「これ以上逃げたら、何が残るのか考えたら、
 逆に怖くなってきちゃって」
「……」
「怖いですよ。怖い。また逃げちゃいたい。全力で。
 でもそうしたら、今度は『私』ってもんがなくなっちゃう気がするんです」
 笑美は寂しげに微笑み、三毛猫を抱きしめる。
「せめて、六合で生活していた私だけは、残したいなって。
 だから、逃げちゃだめだ、って思うんですよ」
 腕の中の三毛猫が顔を上げ、笑美の頬を舐めた。
「ここは変な町だけど、もしかしたら、私、ここで逃げるのやめられるかもしれない。
 だから、行かなきゃって思うんです」
 キッ、と顔を上げる笑美。
「例えそれで『私』が消えても、私がここにいたこと、は残るかなって。……あっ」
 笑美の肩を慶太が強く掴む。
「なにを……」
「消えない。消させない。俺が、守る」
 慶太は腕の中に笑美を引き寄せる。
「え? え? え?」
 身動きできないほど、笑美は慶太に強く抱きしめられた。
「俺は、そのためにここにきたんだからな」

>>第84回

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